第16話「棒読みのスポーツマンシップ」(3)

文字数 4,684文字

 かくして始まった、ウンドウカイ――
「さぁー、始まりました! 第一回、ヨルムンガルドダイウンドウカイ! 果たして勝つのはA組か、はたまたB組か、種族を超えたプライドをかけた一戦が、今始まります!」
「ノリノリだなオマエ」
「やれって言ったのクトゥー先生じゃないですか!?」
 職員席――またの名を実況席で、マイク片手にアナウンスをするラーヴェルトは、勝手なことを言うクトゥーにツッコんだ。
「いやぁ、この手のものに実況は付きものだと、やらせてみたら、オマエの意外な伸びしろの多さに俺も驚きだ」
「なにを食べたらそんな勝手な物言いができる性格になるんですか……」
 そんなやりとりをする二人に、ステラ・リアが不機嫌そうな顔で言う。
「なんで私もここに並んで座っているの? 解説ってなによ!?」
「文字通り、競技の状況を見て、適当になんか言う役割だ」
「だからどうして私が――」
「どうせ競技中は教師のできることは限られている。オマエも一緒にここにいろ」
「このニンゲン……!」
 不遜な言い草のクトゥーに、不機嫌さをさらに高めて葉を軋ませるステラ・リア。
(やるなぁ、クトゥー先生)
 それを横目に見るラーヴェルトは、なにげに感心していた。
 クトゥーは、立場的にこのウンドウカイの主催者だ。
 これから行われる競技の準備は、全て彼の指揮のもとに行われた。
 したがって、彼自身は、騒動の発端であるにも関わらず、中立に位置におらねばならない。
 対してステラ・リアの場合は、自由に行動し、自身がA組生徒たちの指揮を直接取ることも可能なのだが……この実況席に縛り付けていくことで、それを防ぐことができる。
(一応これで、条件的には、ライム君の負担はだいぶ軽くなる)
 このことを本人が自覚して行ったのか、それともただの嫌がらせの結果なのかは、わからないが――
「まぁまぁまぁお二人とも、とりあえず座って、生徒たちの活躍を見守りましょう」
 笑顔で二人に着席を進めるラーヴェルト。
 彼自身は、クトゥー以上に中立の立場なのだが、心情的にはB組寄りである。
 あくまでこっそりと、援護射撃をすることにした。
「それでは第一競技は……200メートル徒競走です!」
 ラーヴェルトのアナウンスと同時に、校庭に備えられた、二つの入場口から、A組B組双方の生徒たちが現れ、スタート地点に立つ。
「徒競走というと……よーいドンで走る感じですか?」
「他にねぇだろ」
 問われて、くだらなそうに返すクトゥー。
「ふん! 単純な筋力なら、ウチのクラスの生徒の圧倒的有利よ」
 そして勝ち誇るステラ・リア。
 勝ち誇るのも無理はない。
 B組の選手は、ゴブリンのゴブ田くんに、ケットシーの猫山くん。
 双方ともに、すばしっこい魔物ではあるが、相手が悪い。
「A組の選手……あれは?」
「ケツアルコアトルとガルムよ!」
 ラーヴェルトに問われ、ステラ・リアが胸を張って答える。
 普段は野暮ったい服装の彼女だが、意外と胸があることが分かるほど反り返る。
 どちらも、神速を売りにする魔族である。
「双方ともに、光のように、影のように高速で走るわ! 飛ぶこともできればもっと速いけど……」
 規則により、「徒競走は、常に足が地面についていること」と定まっているため、二人の飛行は禁じられている。
「あんな連中には、絶対に負けないわ!」
 勝ち誇るステラ・リアに、クトゥーはくだらなそうに返す。
「なぁアンタ……『うさぎとかめ』ってお話、知ってるか?」
「はぁ?」
 居眠りしたうさぎが、あとから来た亀に抜かれて敗北する、人類種族に伝わる寓話である。
「うちの生徒が油断してお昼寝しちゃうって言うの? 200メートルの間に? ねぇ……ニンゲンってどれだけバカなの?」
「……………」
 嘲笑うステラ・リアに、クトゥーはただ無言で返した。
「それではスタートです!」
 アナウンスと同時に、審判であるコボルトが合図の太鼓を叩いた。
 同時に走り出す、四人の魔族の生徒――
 そして同時に巻き起こる大爆発。
校庭は爆煙と爆風に包まれる。
「へ…………?」
 唖然とするステラ・リア。
「なっ……なにをしたんですか!? クトゥー先生!?」
 悲鳴のような声で問いただすラーヴェルト。
 自然に爆発が起こるわけはない。
 どう見ても人為的なものであり、会場の設営をしたクトゥーの仕業以外ありえない。
「マジカルボムだ。火精石を特殊な分量で配合した火薬に、呪法を仕込むことによって爆発する……まぁ魔法地雷だな」
「そんなもん埋めてたんですか……」
 呆れすぎて、ものも言えなくなるラーヴェルト。
「あ、アンタ……このニンゲン! どういうことよ! さてはこれが狙いだったのね!」
 中立を気取り、校庭にトラップを仕掛け、A組生徒の競技妨害をする――と、ステラ・リアは思ったのだが、状況はやや違った。
「よく見ろ」
「え?」
 指さされた先を見ると、そこには、黒焦げになりうめき声を上げるA組のケッツクアトルとガルム、さらにその隣に、ゴブ田くんと猫山くんも転がっていた。
「キチンと両方ともふっ飛ばしたぞ」
「いばるなぁああああ!!!」
 怒鳴りつけるステラ・リアに、ラーヴェルトが声をかける。
「だいたいなんで爆発させるのよ、もろとも!?」
「オマエ……俺がなんで今回わざわざ手間ひまかけて運動会開催したと思ってんだ?」
「え?」
 クトゥーがその理由を話した時、ステラ・リアは丸太で頭をどつかれ気絶していた。
「俺はかつて、運動会でこれでもかという苦い思いをした。運動会などこの世から無くなればいいと、切に願った!!」
 ぐぐぐと拳を固めるクトゥー。
「だがしかし!」
 これでもかという、強い意志をこめた目で叫ぶ。
「自分がもう出なくていいと思ったら、是非ともこの嫌な気持ちを後世の者たちにもちゃんと味わってもらわねばと思ったのだ!!」
「思うんじゃないわよ!! 典型的な嫌な年長者じゃない!」
「そのとーり!」
「認めるなぁ!」
 体育会系な環境によくありがちな、「自分が経験した苦役を、後輩にもやらせないと、自分だけが損した気になる」という、お世辞にも健やかとはいえない理由を、堂々と話すクトゥーに、ステラ・リアは青筋を立てて怒鳴る。
「あ……ちょっと待って下さい」
「なによ……ん?」
 倒れていたはずのB組の生徒――ゴブ田と猫山が立ち上がる。
「そんなバカな……」
 爆発の威力が同じなら、防御力の高いほうがより早く回復する。
 しかし、身体的に上回るA組の二人は未だに気を失っているのに、B組の二人のほうが先に立ち上がったのだ。
「やれやれ……委員長の言ったとおりだっただぁよ」
 ちょっとあちこち焦げているが、あの爆発を直撃したとは思えない軽傷である。
 体操服をめくるゴブ田、そこには無数の呪符が、まるでさらしのように巻かれていた。
 二人は立ち上がると、未だ気絶したままのA組の生徒を他所に、ワンツーフィニッシュを決める。
「ふっふっふっ……こんなこったろうと思いました」
 そこに、B組の席から、勝ち誇るライムの声が響く。
「先生がこういう姑息な罠をしかけていると、予想できないわたしと思いましたか!」
 ゴブ田たちが巻いていたのは「耐火」の力を有した護符。
 一枚一枚は「火の用心」クラスだろうが、数を揃えれば、能力は飛躍的に上がる。
「ほう、やるじゃねぇか」
感心するクトゥー。
「ライム君、よくあんな呪符の使い方知ってましたね」
「ああ、俺が教えた」
 以前授業の途中で脱線し、「身の回りにあるもので如何に人を呪殺するか」という方法を語ったのだ。
「本来は呪いの方法なんだがな。それを身を守る手段に使うとは」
「あなたをなにを教えているんですか……」
 呆れるラーヴェルト。その後ろで、ステラ・リアがさらなる怒りに肩を震わせていた。
「なるほどね、そういうことだったの……これがあなたの目的だったのね!」
「何を言うとるんだオマエ」
「しらばっくれないで!」
 ステラ・リアは、クトゥーが罠だらけの運動会を開催し、自分の生徒にだけはこっそり回避方法を教えていた……と考えたのだ。
 だがそれは大きな勘違い。
 あまりにもクトゥーという男を知らないからこそ出てきた発想。
「なんて卑怯なニンゲン!」
「ふふふふ」
 だがクトゥーは、愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
「オマエ、なにもわかっていないなぁ」
「な、なによ……」
 悪びれるどころか、相手の底の浅さを心から嘲る顔であった。
「俺がそんな優しい真似をすると思っているのかァ? 言っただろ? 俺はあいつらに、俺が味わったのと同じ、運動会の苦痛を味あわせてやるために懇切丁寧に手間ひまかけて今日の日を迎えたのだ!」
 言うまでもない話だが、クトゥーが実際に経験した運動会で、爆発騒ぎなど起こってはいない。
 だが彼の味わった、運動会での精神的苦痛を、物理的な苦しみに換算すると、これくらいになるという話なのだ。
「アイツらは、俺の行動を予想して、対策を立てたに過ぎん。それだけの話だ」
「で、でも……!」
 相手は自分が見下す“ニンゲン”、そのはずなのに、圧倒的な負のプレッシャーを前に、ステラ・リアは後ずさる。
「それともなにか? 優秀なエリート様であらせられる、お前さんご自慢のA組の諸君は、下賤な人間ごときの思考の先回りもできず、いともあっさり罠にかかるということか? それはそれでお粗末な話だなぁ」
「それとこれとは話が違う……! こんな卑怯な戦いに、付き合う義理は――」
 ない、と言う前にクトゥーは先んじて言葉を吐く。
「ああ、“逃げても”かまわんぞ?」
「逃げる……ですって!?」
「ああそうだ。一応こいつは勝負だからな、ちゃんと勝ち負けはきっちりしとかなきゃならん。自分たちが不利になった途端に逃げ出すというのなら、今回はこちらの不戦勝だ。さぁどうする?」
「くっ………!」
 ついさっき、クトゥー自身が言ったことである。
「口ケンカの時は、相手の話を聞くな」――
 こちらの都合だけゴリ押しし、相手の揚げ足をとり、一方的な自己の勝利を宣言する。
 見事なまでに、それを実行した。
「ふざけるんじゃないわよ! アンタたちの卑怯な作戦なんて、私たちが実力で打ち破ってあげるわ!」
「はっはっはっ、楽しみだなぁ」
 悪の親玉のような人間と、正義の戦士のような魔族の会話が繰り広げられていた。
(う~む……)
 そして、そのやり取りを横目で見ながら、ラーヴェルトは改めて感心する。
(これがクトゥー先生の本当の目的、だったのかな?)
 魔力体力精神力、全てが上のA組の生徒たち。
 知恵と勇気と創意と工夫を総動員しても、B組が立ち向かうのは分が悪い。
 だが、それは“まとも”な勝負の話。
 性根が腐っているクトゥーがあらん限りの嫌がらせを詰め込んだこのウンドウカイにおいては、話が変わってくる。
(むしろこの勝負、クトゥー先生と付き合いの長い、ライムくんたちの方が、罠の先読みができる分、圧倒的有利……!)
 生まれついてのアドバンテージを無理やり引き下げられたA組は、苦戦を強いられるだろう。
「はぁーはっはっはっ、パーティーはこれからだ!」
 正真正銘悪の魔導師であるクトゥーは、豪快に高笑いをあげたのであった。

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