第28話「吹き荒れるピンクの嵐」(6)
文字数 1,945文字
「来るなと言っている! あっちに行け!」
走りながら、ステラ・リアは、魔力を衝撃波に変え、群がる男たちに叩きつける。
しかし、彼らは止まらない。
中には自分のクラスの生徒もいる。
知った顔の者たちが、正気を失い、自分の体だけを目当てに群がってくる。
「くそっ……」
そろそろ限界だった。
どれだけ止めようとしても、自分の体から溢れ出す、生物の理性を奪う、このピンクの霧を止めることが出来ない。
それどころか、本能が理解していた。
これは、自分の体が望んだ光景だと。この霧は、自分が望んで放出しているのだと。
好きなだけ「精」を貪り食らうことができる世界。
これこそ、自分の本能が、体が、欲し恋い焦がれてきたものなのだろう。
「私は……なんのために……」
今までステラ・リアは、人間はおろか、魔族も、動物の精気すら奪い取ったことはない。
それをひたすら拒み、人知れず、木々や草花から、精を分け与えてもらっていた。
「ちくしょう……」
だが、それでも心のどこかで生ずる飢餓感。
それが、クトゥーの登場でより顕著になった。
彼女が人類種族を“ニンゲン”と呼んで罵るのは、欲望の裏返し。
本当は“ニンゲン”の精を吸いたいという欲求を、認めたくないゆえの葛藤。
「ぐははははははっ!! 捕らえたぞ! 捕まえたぞ!!」
群がる男どもの中のひとり、ザハガードの王子、シューペリオンが、血だらけの顔で、ステラ・リアの腕を掴んだ。
(ああ、もういいか……)
彼女の中に諦めの感情が生まれる。
もう、自分の本能に流され、吸い尽くしてやろうか。
彼女が全てをあきらめかけたその時――声が聞こえた。
「はいやぁー!!」
あの憎き“ニンゲン”、クトゥー・アインデルセンが、自走式宝箱に乗って、獣と化した男どもをなぎ払い、自分の元に迫っていた。
「な、なんで………」
呆然とするステラ・リア。
なぜクトゥーがこの段階で、自分の前に現れるのかわからなかった。
助けに来た? わけがない。
彼が自分を助ける義理はない。
「退けバカ王子!!」
なのに、怒鳴りつけるや、クトゥー破砕魔法を食らわせ、シューペリオンをふっとばす。
「よう女教師……助けに来てやったから感謝しろ」
それどころか、はっきりと「助けに来た」と言い放った。
「なにを……言ってるの! この……“ニンゲン”が!」
「こっちにも事情があってな、“サキュバス”?」
不敵に笑うと、その手のひらをステラ・リアの額に押し付けた。
「ひっ―――!?」
悲鳴を上げるステラ・リア。
童貞アレルギーたる彼女にとって、服の上から触れられてもこの参上なのに、直接肌と肌を接触させれば、もう自制は完全に効かなくなる。
「正直に言うとな、俺はオマエをあんまり憎めん」
「へ?」
混乱の中、クトゥーの声は妙にはっきり、ステラ・リアに聞こえた。
「オマエは嫌がるかもしれんがな。俺の力とオマエの力は、実はよく似ている」
全ての人間に無条件に嫌悪されるクトゥーと、全ての男を正気を失うほど魅了させるステラ・リア。
引き起こされる結果は真逆だが、人の心に作用する点では、同類と言える。
そして、希求する者も、忌避する者も、ともに、自分を見ているわけではないという点でも。
「だからこそ、こういうことができる!」
「なっ、なにを……!?」
次の瞬間、クトゥーは手のひらから、ありったけの「闇」の気をステラ・リアに注ぎ込んだ。
「オマエのこの力の暴走は、“飢餓”だ! サキュバスでありながら、一度も人の精を喰らわなかったオマエの体が、求め欲した結果だ!」
「あ、あああああっ!?」
「なら、それをくれてやる! たらふく喰らえ!」
現在魔族とされている高位魔族たちは、かつて神と呼ばれた者たちであった。
ある者は戦いの神であり、ある者は海の神であり、ある者は人間種族を守るために、傲慢なる神を殺した結果、神殺しの罪を受け、魔族となった者もいる。
そしてサキュバスの長、“淫靡卿”もまた、かつては豊穣の神と呼ばれていた。
「性」は「生」に通じる。
生きようとする力は、実りをもたらし、地に恵みを満たす力なのだ。
「オマエは、実は『光』の側に根源が近い。だから、魔族なのに俺を嫌えたんだろうな」
そして、それゆえに、彼女の魅了の力は、クトゥーには通じなかった。
「光」の力の暴走、「光」を根源とする飢え。
そこに、膨大な『闇』の力を注ぎ込めば――
「うわあああああああっ!!!」
起こるのは、対消滅。
ステラ・リアの絶叫の後、空間そのものが爆発したような衝撃波が校庭に走り、ピンクの霧は、四散して消え去った。
走りながら、ステラ・リアは、魔力を衝撃波に変え、群がる男たちに叩きつける。
しかし、彼らは止まらない。
中には自分のクラスの生徒もいる。
知った顔の者たちが、正気を失い、自分の体だけを目当てに群がってくる。
「くそっ……」
そろそろ限界だった。
どれだけ止めようとしても、自分の体から溢れ出す、生物の理性を奪う、このピンクの霧を止めることが出来ない。
それどころか、本能が理解していた。
これは、自分の体が望んだ光景だと。この霧は、自分が望んで放出しているのだと。
好きなだけ「精」を貪り食らうことができる世界。
これこそ、自分の本能が、体が、欲し恋い焦がれてきたものなのだろう。
「私は……なんのために……」
今までステラ・リアは、人間はおろか、魔族も、動物の精気すら奪い取ったことはない。
それをひたすら拒み、人知れず、木々や草花から、精を分け与えてもらっていた。
「ちくしょう……」
だが、それでも心のどこかで生ずる飢餓感。
それが、クトゥーの登場でより顕著になった。
彼女が人類種族を“ニンゲン”と呼んで罵るのは、欲望の裏返し。
本当は“ニンゲン”の精を吸いたいという欲求を、認めたくないゆえの葛藤。
「ぐははははははっ!! 捕らえたぞ! 捕まえたぞ!!」
群がる男どもの中のひとり、ザハガードの王子、シューペリオンが、血だらけの顔で、ステラ・リアの腕を掴んだ。
(ああ、もういいか……)
彼女の中に諦めの感情が生まれる。
もう、自分の本能に流され、吸い尽くしてやろうか。
彼女が全てをあきらめかけたその時――声が聞こえた。
「はいやぁー!!」
あの憎き“ニンゲン”、クトゥー・アインデルセンが、自走式宝箱に乗って、獣と化した男どもをなぎ払い、自分の元に迫っていた。
「な、なんで………」
呆然とするステラ・リア。
なぜクトゥーがこの段階で、自分の前に現れるのかわからなかった。
助けに来た? わけがない。
彼が自分を助ける義理はない。
「退けバカ王子!!」
なのに、怒鳴りつけるや、クトゥー破砕魔法を食らわせ、シューペリオンをふっとばす。
「よう女教師……助けに来てやったから感謝しろ」
それどころか、はっきりと「助けに来た」と言い放った。
「なにを……言ってるの! この……“ニンゲン”が!」
「こっちにも事情があってな、“サキュバス”?」
不敵に笑うと、その手のひらをステラ・リアの額に押し付けた。
「ひっ―――!?」
悲鳴を上げるステラ・リア。
童貞アレルギーたる彼女にとって、服の上から触れられてもこの参上なのに、直接肌と肌を接触させれば、もう自制は完全に効かなくなる。
「正直に言うとな、俺はオマエをあんまり憎めん」
「へ?」
混乱の中、クトゥーの声は妙にはっきり、ステラ・リアに聞こえた。
「オマエは嫌がるかもしれんがな。俺の力とオマエの力は、実はよく似ている」
全ての人間に無条件に嫌悪されるクトゥーと、全ての男を正気を失うほど魅了させるステラ・リア。
引き起こされる結果は真逆だが、人の心に作用する点では、同類と言える。
そして、希求する者も、忌避する者も、ともに、自分を見ているわけではないという点でも。
「だからこそ、こういうことができる!」
「なっ、なにを……!?」
次の瞬間、クトゥーは手のひらから、ありったけの「闇」の気をステラ・リアに注ぎ込んだ。
「オマエのこの力の暴走は、“飢餓”だ! サキュバスでありながら、一度も人の精を喰らわなかったオマエの体が、求め欲した結果だ!」
「あ、あああああっ!?」
「なら、それをくれてやる! たらふく喰らえ!」
現在魔族とされている高位魔族たちは、かつて神と呼ばれた者たちであった。
ある者は戦いの神であり、ある者は海の神であり、ある者は人間種族を守るために、傲慢なる神を殺した結果、神殺しの罪を受け、魔族となった者もいる。
そしてサキュバスの長、“淫靡卿”もまた、かつては豊穣の神と呼ばれていた。
「性」は「生」に通じる。
生きようとする力は、実りをもたらし、地に恵みを満たす力なのだ。
「オマエは、実は『光』の側に根源が近い。だから、魔族なのに俺を嫌えたんだろうな」
そして、それゆえに、彼女の魅了の力は、クトゥーには通じなかった。
「光」の力の暴走、「光」を根源とする飢え。
そこに、膨大な『闇』の力を注ぎ込めば――
「うわあああああああっ!!!」
起こるのは、対消滅。
ステラ・リアの絶叫の後、空間そのものが爆発したような衝撃波が校庭に走り、ピンクの霧は、四散して消え去った。