第30話 終章「それはとても小さく、とても大きな変化」(1)

文字数 2,278文字

 ウンドウカイでの騒動が終わって後、ちょっとした変化と、大きな変化があった――
 ちょっとした変化としては……ザハガード帝国が崩壊した。
「う~ん、最近いろいろ忙しかったから、こうやってゆっくりカフェでお茶できることに幸せを感じるわ」
 ザハガード“共和国”首都のカフェにて、輝くばかりの笑顔でお茶を楽しむ勇者レティシアと、その顔を複雑な顔で眺めている、女魔導師ガルディナ。
「アタシはアンタが、なんでそんな朗らかな顔でいられるかがわからないわ……」
 王子シューペリオンがヨルムンガルドを襲来していた間、王都では革命が勃発していた。
 長きに渡って権力を握り、独裁にも近い支配を続けてきた王室に、民衆や良識派軍人、さらに現王室に有能故に遠ざけられていた傍流の王家筋が立ち上がり、クーデターが果たされ、王制から共和制国家に生まれ変わった。
「その革命を、たった三日でやっちゃうなんて……アンタ、バケモノね……」
「あら、そんな驚くことでもないでしょ? 歴史上には、たった十人で、しかも一晩で一国の城を落とした軍師の話もあるのよ」
 この革命がなされた大きな理由は、立ち上がった革命軍の先導者として、レティシアが立ち上がったからであった。
「これがアンタの“悪巧み”だったとはねぇ………」
 人類種族最大のカリスマにしてアイドルである彼女が味方についたことで、革命軍の士気は高まり、民衆は次々と彼らを味方し、周辺諸国すら新政権を支持した。
 その結果、歴史上まれに見る、軽傷者は数人、死者0という、文字通りの無血革命が果たされたのだ。
「元々、王室は腐敗の極みにあったわ。私が何かしなくても、そう遠くないうちにこうなったわよ。私はちょっと、それを早めただけ」
 涼しげに言うレティシアであったが、それが余計に、ガルディナに冷や汗をたらさせた。
「アンタ……実は前々から、これを準備してたんじゃないわよね?」
 ザハガード王室の無能は、国内のみならず周辺諸国にも深刻な影響を与えていた。
 その大きなものとして、人類種族領に残っている、ゴーレムなどのはぐれ魔族問題である。
 軍を派遣するなどして、街道の保護に出なければならないはずだったが、流通量が制限されたことで、買い占めと売り渋りで暴利を得た闇商人たちから賄賂を得ていたザハガード王室は、彼らに配慮して、積極的に動かなかった。
 ろくな予算を回さず、それでも動こうとする者になどあからさまな嫌がらせを行い、ある時など補給された武器の箱を開けたら、木の棒しか入っていなかったということさえあった。
「アタシらが地道にゴーレム退治してもいつ終わるかわからない。だから、無能な国のトップを入れ替えて、戦後復興策に積極的な政権にすげ替えた……違う?」
 ガルディナの問いに、レティシアは答えない。
 ただニコニコ笑っているだけ。
 だが、ザハガード新政府は、戦後復興の推進を確約、各街道に大規模な治安維持部隊が送られ、首都の食糧不足は治まりつつあった。
「まぁまぁ、いいじゃない。でもお陰で……もうあの王子サマ――もとい元王子サマは、クトゥーにもあなたにも手出しできないわ?」
 ヨルムンガルドから這々の体で逃げ帰ったシューペリオンが目にしたのは、国家体制の変わった母国。
 かつて王子で会った頃に行った、非道の数々が明るみに出て、そのまま捕縛され、現在裁判中。見せしめの意味も込め、死罪にはならないだろうが、十年単位で牢に入るのは免れない。
「あの元王子サマ、宮廷魔導師に命じて、人の理性を奪い取る媚薬を作らせていたそうね」
 それを誰に飲ませる気だったのか、考えるまでもない話である。
「レティシア……アンタ、それも知ってたんじゃないの? それで、クトゥーとアタシを助けるために……?」
「ふふふ」
 レティシアはやはり笑っているだけで、ガルディナの質問には答えない。
 だが、普段は勇者としての社会的な立場を利用することを控える彼女が、今回は積極的にそれを行使した。
 彼女にとって、今回がそうすべき理由のある、特別な事態であったのは間違いのない話であったのだろう。
「だって、クトゥーは私の大切なお友だちですもの。ガルディナ、あなたもね? 私のお友だちにひどいことをしようとする人には、私もちょっと、怒っちゃうな」
「怖い……ホント、アンタ底知れないわ……」
 レティシアの本当の恐ろしさは、神の加護でも、桁外れのカリスマでも、卓越した剣技でも、自慢の「光の剣」でもない。
 この、神がかった智謀こそ、彼女の本当の武器であり、力なのかもしれない。
「うふふ」
 にこやかに笑うレティシアであったが、その笑いが、ほんのわずか陰った。
(ただ、彼女だけは、捕らえられなかったのが気になるわね……)
 シューペリオンなど、ほっておいても、再び権力の座につくことはない。
 捨て置いても、世界への影響は微々たるものだろう。
 だが彼女……いち早く今回の事態に気づき、他国に逃亡した、シューペリオンの側近ハインツ――アンネリーゼ・ハインツを逃したのは、少しだけ気になる話だった。
(またこれが厄介の種にならなければいいけど、ね……)
 自分の謀略の手から逃れたということは、自分の思考のさらに一歩先にいたということ。
 彼女のほうが、元王子よりも遥かに世界に影響を与えかねない。
(手は、打っておいたほうがよさそうね)
 目の前の友人に心配をかけさせないように、顔には出さず、心の中でのみ、レティシアは呟いた。

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