第8話 「引きこもりの少女たち」(2) 

文字数 6,348文字

 それから数時間の後――ライムとロッテは、ヨルムンガルド敷地内の女子生徒学生寮に向かっていた。
 自分の部屋に戻るのではない。
 彼女たちの部屋のある棟とはことなる、別棟が存在する。
 二人はそこに向かっていたのだ。
「なんでラーヴェルト先生がいるんですか?」
「クトゥー先生に言われたからですよ……」
 尋ねるロッテに、疲れた声のラーヴェルト。
「ラーヴェルト先生はもう少し断ることを覚えたほうがいいですよ」
「僕だって断れるものなら断りたいですけどねぇ」
 やや辛辣なライムのツッコミに、ハーフエルフのイケメン青年は、少し涙をにじませた。
「で、ライム君? 一体こんなところになんの用ですか?」
「はい、もうすぐウンドウカイなわけですよ。なので戦術を立てました」
 ライムは、競技内容を二つに分けた。
「勝ち目のない競技、勝てそうな競技、それぞれの配置です」
 それに基づき、ライムは生徒たちにそれぞれ種目を振り分けた。
「勝てそうにない競技……技術や戦術が通じる要素が少なく、単純な体力勝負には、捨て枠にして、最初から勝ち目のない生徒を配します」
 勝ち目のない生徒と言っても、正しくは「他の競技で主力となるため、無理をせず、体力を消耗させない」ための措置である。
 そうすることで、「相手の戦力を無駄遣いさせる」という役割もこなすのだ。
「で、様々な方面から考えて、勝てそうな競技と勝てなさそうな競技……同数なんですよね」
「ほう?」
 少し感心するラーヴェルト。
 B組の生徒たちを見下すわけではないが、上級魔族揃いのあのクラスの生徒と、運動の勝負で、戦う前からそこまでこぎつけるとは、大した作戦指揮官っぷりであった。
「なので、勝てそうな競技を少しでも増やすため、戦力補強をすべきだと考えたんです」
 クイと、眼鏡を上げるライム。
「戦力補強……?」
 彼女の言っている意味がわからず、問い直すラーヴェルト。
「ウチのクラスに、ずっと授業に出てこない生徒がいるんです」
 ライムが説明を補足した。
「その子の適性は、ある競技において、抜群の資質をもっているんです。なので、なんとか参加してもらえるように今から説得に向かうわけです」
「そういうことかぁ……」
 ようやく納得したラーヴェルト。
 同時に、考えを巡らす。
 どんな理由があるかわからないが、授業に出てこない――否、出られない生徒というのは、なにかしら問題を抱えているものだ。
 その中でも最大の問題は、シンプルかもしれないが「出たくても、出るきっかけがない」というものだったりする。
 ホンのちょっと、一歩でも足を踏み出す。
 それだけで、見える景色は少し変る、今までとは異なる世界が見えるようになる。
(ウンドウカイが、不登校の生徒が立ち直るきっかけになるのなら、それはとても素晴らしいことだ……!)
 純朴なるラーヴェルトは、ライムの考えを心から賞賛した。
 が――
「え?」
 ようやく到着した、女子学生寮別棟を前にして、彼の顔は固まった。
「ここは………?」
「女子学生寮別棟です」
「うそだぁ!」
 目の前にあったのは、寮というより、「呪いの館」であった。
 壁いっぱいに怪しげな植物の蔦が絡み、窓ガラスは割れ、中からはうめき声が響いてくる。
 ついでに言えば、ガションガショーンというなにか奇っ怪な作動音まで聞こえる。
 さらに言えば、屋根にはご丁寧にカラスが飛んでいた。
「こんなところに女の子が住んで大丈夫なんですか?」
「基本魔族ですから、暗くて湿っぽくて陰々としたところが好きなんですよ」
「それにしても限度があると思う……」
 別棟の入り口には、「封」と書かれた紙が貼られていた。
「この中入っちゃいけないヤツですよ」
「まったあの娘ったら、こんなものまで貼って、人と会うのを嫌がるなんて」
「自分で貼ったヤツですかこれ?」
 呆れたため息を吐くライムと、別の意味で呆れた声を上げるラーヴェルト。
「ラーヴェルト先生……クトゥー先生から、わたしたちの手助けをするように言われてきたんですよね?」
「う、うん……まぁそうなんだけど……」
「ならちょうどいいです。この扉を開けてください」
「え、この扉を!?」
 思いっきり「封」と書かれた紙が貼られた正面の両開き扉。
 鉄製で、ずっしりと重量感あふれるそれは、いかにも「開けたらなんかおきそう」であった。
「ではお願いします。あ、ロッテ、あれを」
「はいな」
 ラーヴェルトに託すと、ライムはロッテが担いでいたなにかを構える。
 それは、盾であった。
 鋼鉄製の、かなりの頑丈さを誇りそうな盾であった。
「ちょ、なんですかそれ!?」
 あきらかな、なんらかの危険が起こることを想定した装備に、ラーヴェルトが声を上げた。
「本当は犬に縄を付けて引っ張らせようと思ったんですが」
「マンドラゴラ抜くんじゃないんですから!?」
 抗議の声を上げるラーヴェルトだったが、今更断ることもできない。
 渋々という風に、ドアノブに手をかける。
(ライム君……変なところでクトゥー先生に似てきたなぁ)
 ガチャリとドアノブを回し、扉を開く。
 と同時に――
「なんだぁああああ!?」
 開くと同時に、扉の向こう側から、無数の触手が伸び、ラーヴェルトの体を絡め取った。
「らめええええええ!?」
 絶叫を上げつつ、引きずり込まれるラーヴェルト。
「今です! ロッテ、行きますよ!」
 しかしそれは、ライムの想定の範囲内だった。
 むしろ、この瞬間を狙っていたと言ってもいい。
 再び扉が閉まる直前、二人は別棟の中に飛び込んだ。
「さてと……」
 室内に無事潜入に成功したライムとロッテ。
 内部は、外見の異様さにふさわしくはあるが、意外と普通のエントランスであった。
 だがむしろそれが逆に異様。
 なぜなら、引きず込まれたラーヴェルトも、彼を引きずり込んだ触手の群れも、影も形もなくなってしま――
「………たぁ~すけて………」
 エントランスのさらに先、廊下の向こうから、か細くラーヴェルトの悲鳴がこだました。
「あの先にいますか……」
 ゴクリとライムはツバを飲み込む。
 彼女は、この別棟……いや、むしろ「呪いの館」とでも言うべきこの建物の主を知っている。
 相手がいかなる種族の魔族かも知っている。
 知っている上で、ラーヴェルトを使って、相手の――彼女の生態を利用した。
「聞こえているのでしょうミシルティア!! わたしです! B組の委員長のライムです!」
 声を張り上げるライム。
 その声は響き、館内のあちこちに反響するが、返答は戻ってこない。
「あなたの力が必要なのです! 出てきてください!!」
 再び声を上げるが、やはり返事は帰ってこない。
「ミシルティアちゃん……やっぱ出てきてくれないね」
 周囲を警戒しつつ、ロッテが言った。
「筋金入りの引きこもりですからね」
 ミシルティアが引きこもりを始めてから、幾度となく彼女を登校させようと、説得部隊が派遣された。
 だれあろうライムも、半年前、委員長に就任した際、部隊を率いてこの館へ向かい、ミシルティアの説得を試みた。
「半年前は……部隊は壊滅、わたしも為す術もなく追い返されました」
 ミシルティアはその生態故に、引きこもりを選び、他者との接触を嫌がるにも関わらず、自らの領域に入り込もうとした者を捕らえる習性がある。
「確か…一回は捕まっちゃたけど、次の日には『吐き出され』たんだよね?」
「ええ、屈辱でした」
 ロッテはその時の部隊には参加していないが、翌日、館の外で気を失っていたライムたち説得部隊の救助を行ったのだ。
「あの時は手も足も出ませんでした……しかし、あれから生態を研究し、対策を練りました。今度はそう簡単には行きませんよ!」
 そう言うと、ライムは手のひらサイズの水晶を取り出す。
 それは、魔力による探査装置であった。
「ふむ……この反応から察するに……“本体”は二階にいますね」
 水晶には、小さな光点が光っている。
 それは、予めラーヴェルトに貼り付けておいた、探査用呪符の反応。
 習性故に、入り込もうとしたラーヴェルトを、ミシルティアは捕らえた。
 ならば、そのラーヴェルトのすぐそばに、ミシルティアはいる。
「行きますよロッテ!」
「はいな!」
 この日のために用意した探索グッズの入ったバッグを背負い、二人は二階へと向かう。
 階段を登る二人……ギシギシという、床板の軋む音が響く。
 この館そのものが、ミシルティアの体に等しい。
 二人が自分のそばに近づいていることも、おそらく彼女は気づいている。
 ライムは前を、ロッテは後ろを警戒しながら進む。
 館の中は、窓はあるものの、全てが硬い戸板で封じられ、陽の光も月の光も入って来ない。
 そのはずなのに、室内はほのかに明るい。
 ある程度近づけば、人の顔が分かる程度には明るい。
「む………?」 
 暗がりの中、人影が見えた。
「なんだ……鏡ですか」
 階段の踊り場部分に備えられた、古ぼけた鏡が、ライムの姿を映していた。
 そのまま通り過ぎようとしたところで、ロッテが叫んだ。
「ライムちゃん! 後ろ!」
 通り過ぎたはずなのに、鏡に映ったライムの姿がそのまま残り続けていた。
 それだけではない、その顔がニタリと嗤うと、鏡面を乗り越えて手を伸ばしてくる。
「やはりあなたでしたか、呪いの鏡のパープル野さん!!」
 しかし、ライムがバッグから、それを出すほうが早かった。
「ぬぅ!?」
 声を上げる、鏡から出ようとしていたライムの姿をしたなにか。
「来なさい! “合わせ鏡の悪魔”七つヶ原くん!」
 ライムの取り出したのは手鏡であった。
 壁にかかっていた鏡と、手鏡の間に、無数にして無限の鏡像が展開される。
「そ、それはぁっ!?」
 鏡に映ったライムの姿をしたなにかが叫ぶ。
 無数の鏡像の中に、ポツリと浮かんだ一点の影。
 それは、鏡の世界に住まう小悪魔であった。
「会いたかったぜぇ~……パープルちゃんよぉ……」
 鏡の世界を跳ね回りながら、その悪魔――七つヶ原くんが、パープル野と呼ばれた、なにかに飛びかかった。
「ひぃひいいいいい!? やめろぉおおおおお!!」
 泣き叫び逃げ惑うパープル野にしがみつく。
「あとはお二人で仲良く語らってください」
 手鏡を壁の鏡にくっつけて、ライムは言った。
「呪いの鏡のパープル野さん……こんなところにいたんだね」
 パープル野は、ロッテが言ったとおり、「呪いの鏡」という魔族である。
 そこに映ったものの姿そっくりに化け、相手に襲いかかり、鏡の世界に引きずり込む。
「以前の探索のときには、ここで三人の隊員がやられました」
 悔しげにつぶやくライム。
 予め彼女は、対策として、同じ鏡の魔族である「合わせ鏡の悪魔」が入った手鏡を持ってきていたのだ。
 彼ならば、同じ鏡の魔族であるため、「呪いの鏡」の力は通じない。
「確か……七つヶ原くんが、あんまりにもしつこいから、パープル野さん、学校来なくなったんだよね……」
 ちなみに、七つヶ原はパープル野に一方的に片思いをしている。
「パープル野さんにも責任はあるんですよ。思わせぶりなふりして、七つヶ原くんをパシリ扱いしてましたから」
 さらに、ちなみにパープル野はそんな七つヶ原の恋心を利用し、彼をいいように利用していた過去を持つ。
 その恋バナがこじれた挙句、パープル野は学校に来なくなり、この館の中で、ミシルティアの支配下に入り、ともに引きこもり生活をしていたのだ。
「こんな人たちが、まだたくさんいるんだよねぇ……」
「ええ、いますとも」
 館の中にいるのは、ミシルティアだけではない。
 彼女と同じく、登校を拒否している生徒たちが、彼女の支配下に入り、一大引きこもり拠点を作った――それがこの別棟の本当の恐ろしさだった。
「カエレ………」
 二階に上がったところで、どこからともなく声が聴こえる。
「カエレ……カエレ……」
「カエレカエレ……」
「カエレカエレ……カエレ!!」
 その声が、連鎖的に増えていき、あたり一面にこだまする。
「むぅ……これは……ポルターガイスト!」
 壁にかけられた絵画、ランプにテーブル、椅子に机にタンス。
 フロア全ての扉が、開いては閉まり、閉まっては開く。
「姿を現しなさい! ポルターガイストのぽん吉さん!」
「アタイをその名で呼ぶなぁああああ!!!」
 姿なき霊が、怒りの声を上げた。
 この館の中にいるのは、魔族の中でも「死霊系」と呼ばれる者たちである。
 ぽん吉くんはその中の一人、「ぽん吉」という名前をからかわれ、登校拒否になってしまった生徒である。
「あなたのご両親があなたを思って付けてくれた名前でしょう?」
「知るかぁああ、アタイはこんな名前嫌だったんだぁ!」
 近年魔族の中でも、個性を重視して、奇抜な名前をつける親が問題となっているのだ。
「で、でも、私はきらいじゃないよ、ぽん吉……かわいいじゃない?」
「女なのにぽん吉なんて名前、かわいくてもなんの意味もねぇよ!!」
 こんなこともあろうかと用意したヘルメットをかぶったロッテがフォローをいれるが、悩める思春期なポルターガイストには通じない。
 ちなみに、ぽん吉はれっきとした女子である。
「そんなにその名前が嫌ですか?」
「嫌に決まっているだろう!」
「日常生活を送るのも困難なほど?」
「ああ!」
 ライムの問いかけに、ぽん吉はヤケクソのように答える。
「アタイはもう一生、この館の中で、名も無きポルターガイストとして生きて死ぬんだ……それはアタイの運命なのさ……」
 死霊が口にするのをあまり耳にしないセリフだが、本人は本気で悩んでいた。
 それはライムにも十分理解できた。
 理解できたからこそ、提案もできた。
「改名できますよ」
「えー――?」
 その一言に、それまで暴れまくり、乱舞していた家具や調度品が動きを止め、床に落ちる。
「通常、改名は簡単にできませんが、社会生活を送ることに支障をきたすレベルであれば、しかるべき機関に申請し、改名許可を得ることは可能です」
「まじで?」
「最近魔族も、そこら辺の命名問題が激しいんで、法改正が行われました」
 ポルターガイストにぽん吉と名付けるなど可愛い方。
 中には、魔族のスラングで「この◯◯野郎」的な名前を付けられる女の子の魔族も多く、親の無知蒙昧に子どもが巻き込まれるのはあまりに哀れと、制度改正が行われたのだ。
 ましてや、女性でありながら、男性のような紛らわしい名前を付けられたのだ。
 これは立派に、改名理由となる。
「だからこの館から出なさい。じゃないと手続きもできません。わたしがお役所までいっしょに行ってあげましょう」
「やったー! マジかよ! やったぜ!」
 姿なき声だけの存在だが、歓喜の空気が伝わるほど喜びにあふれるポルターガイストがいた。
「ではここを通していただきます!」
 宣言すると、ぽん吉の縄張りを超え、さらに二回の奥に向かう。
 探査用の水晶を確認する。
 光点の位置はすぐそば、廊下の角を曲がった先である。
「あの先に、部屋は一室だけ……」
 あらかじめ、館の見取り図は頭に入れている。
 慎重に廊下を曲がったところに、それはいた。
「――――!?」
 突如、刃が突き出され、ライムの胸が貫かれた。
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