第10話 「陰謀家たちの黄昏」(1)

文字数 3,807文字

 人類と魔族が休戦協定を結び、薄氷の平和が訪れた。
 しかし、全ての戦禍がなくなったわけではない。
 人類社会において法を犯した者が、官憲の手から逃れようと魔族領に逃げ込むこともあれば、戦争中に作られた魂なき魔の眷属が、未だなお人類種族領をさまよっていた。
「た、たすけてくれぇ!!」
 大国間をつなぐ主要街道の一つ。
 そこを進んでいた隊商に襲いかかる巨人ゴーレム。
 岩と土の人形に仮初の魂を植え付けられたそれは、製造者である魔族の導師よりの命令を、休戦協定が締結されたことなど知ることもなく、遂行し続けていた。
 命令――人類種族を殺せ。
「BURUUUUUUUUMU」
 うめき声のような、うなり声のような、はたまた、岩の隙間を風が通り抜けるような、そんな感情なき声をあげながら、ゴーレムは迫る。
 休戦中とはいえ、まだまだ危険の多い国家間の旅。
 隊商側もそれなりの数の兵士を雇っていたが、矢も刃も通じぬ相手を前に、足止めもできずにいた。
「逃げろ、なにしてんだ! 死にたいのか!」
 護衛の兵士が、隊商の長を怒鳴る。
「だが、荷物が……!」
 隊商の馬車は十台を超え、積んでいる荷物も大量である。
 ゴーレムに踏み荒らされれば、大損害となろう。
「そんなもんほっとけ! 自分の命を考えろ!」
「アンタこそ何を言ってるんだ!」
 だが、そんな兵士に、商人は怒鳴り返す。
「やっと、やっと戦争が終わって、まともに荷を運べるようになったんだぞ! この積み荷の食料を、必死の思いで待っている人たちが山ほどいるんだぞ!」
 商人が必死になっていたのも、ただ損害を恐れてのものではない。
 長きに続く魔族との戦争で、国家間の物流は甚大なダメージを受けていた。
 農耕地で採れた作物も、都市部に届けることが出来ず、出来たとしても量は少なく、また莫大な輸送料がかかるため、庶民の手にろくに届かない。
「いつまでワシらは、子供らにおがくずで水増ししたパンを食わせにゃならんのだ!」
「アンタの気持ちはわかるが……」
 そうしている間にも、ゴーレムは迫る。
 彼らが必死で、あともう一歩のところまで運んだ、小麦袋の積まれた荷馬車を蹂躙しようと近づいてくる。
「せめて半分……いや一台だけでもいい、守ってくれ、頼む!」
「くっ……わかった!」
 商人の意を受け、兵士たちは奮戦する。
 荷馬車を引く馬に鞭を打ち、ゴーレムが追いかけにくい、森の中に逃げ込もうとした。
 だが、その前に、無情な現実が立ちはだかる。
「GUOOOOOOOMU!!!」
 もう一体、石の巨人が現れたのだ。
「なんてこった……」
 絶望と失望に、商人も、兵士たちも膝を折りそうになる。
 飢えた子供らに、食い物を届けてやりたいという願いすら叶わないのかと、悔しさに涙をにじませかけたその時、事態は急変する。
「NUGOOOOOU!?」
 突如として起こった爆発が、ゴーレムの頭部に炸裂した。
「なにやってんの、さっさと逃げなさい!」
 女の声、丘の向こうから、風のように――否、まさに、風の魔導を駆使し、風よりも早く飛んで現れた、女魔導師ガルディナの声であった。
「あ、アンタは……?」
「アタシの名前聞くより、先にやることあるでしょ!」
 褐色の肌の女魔導師は、叱るように言うと、手に持ったワンドをゴーレムに向ける。
「ちっ……岩と土のゴーレムか」
 ガルディナは精霊導師、地水火風の精霊の力を使い、魔導を発動させる。
 しかし、人間である以上、どうしても偏りは有る。
 彼女は、火炎魔導や風絶魔導といった、「派手」な術を好み、エントロピーを減少させる氷結魔導や、地力を用いる土魔導などの「地味」な術は苦手なのだ。
「いっそ一発でぶっ飛ばせれば……」
 地水火風の精霊は、相克相生の関係にある。
 彼女のお得意の爆炎魔導では、土属性で作られたゴーレムに効果を及ぼすには、相当の大火力を必要とする。
「無理かぁ……」
 ちらりと視線を向けると、まだ退避に手間取っている隊商の者たちの姿がある。
 爆炎に巻き込まれ……そうでなかったとしても、高熱化した空気を吸えば、常人なら喉や肺を焼かれ、死に至ってしまう。
「なら……しょうがない!」
 意を決し、地面に降りると同時に、手のひらを地に当てる。
「全ての命の源よ、優しき力、母なる大地よ……その生命の力、今我に貸し与え給え!」
 素早く魔術詠唱、大地に魔力を注ぎ込み、魔術の発動駆式を構成し、魔導を発動させる。
「行けぇ!」
 地面を伝導し、ガルディナの魔術が発動する。
 地面に生えていた無数の雑草が、急激な速さで伸び、ゴーレムの足に絡みつく。
「GUROOOMU!!」
 しかし、相手は岩と土の固まりであるゴーレム。
 圧倒的な質量を前に、この程度では足止めにもならない――ことは、ガルディナは先刻承知であった。
「トーヘン・メルベ!!」
 魔導発動の鍵となる最後の言葉を唱える。
 同時に、ゴーレムの足に絡みついていた草は、一斉に根を張った。
 一見一枚に見える岩でも、そこには無数の、微細な亀裂が走っている。
 植物の根はそれを見逃さない。
 あっという間に根を侵食させ、亀裂を更に広げる。
 一つ一つは小さなものだが、何百、何千、何万に至れば、莫大な量の亀裂となる。
「GURO………!?」
 そうなると、武器であった圧倒的質量は、仇となる。
 ヒビを走らせた足では、自重を支えることも能わなくなり、ゴーレムの足は膝から砕け、文字通り「崩れ落ち」た。
「GUGUGUGUU………」
「しっつこいねぇ!」
 だが、それでもゴーレムは止まらない。
 巨大な腕を振り上げ、地を掴み、さらに進もうとする。
 彼らの命は仮初めの偽りのもの。
 ゆえにそこに保身はなく、命への執着もない。
 あるのはただ、最初に命じられた命令を遂行しようとする意志のみ。
「ちっ!」
 そうしているうちに、もう一体のゴーレムも動き出す。
 彼らに、仲間を助けようという思考はない。
 目の前の、最も襲い易い敵を葬る。
 そしてその目の前には、まだ逃げ切れていない隊商の荷馬車があった。
「ああもう!」
 牽制の意味も込めて、周囲に影響を及ぼさない程度の威力で爆炎魔法を放とうとしたガルディナであったが、その前に、決着がつく。
「はぁっ!!」
 まるで、空間を切り裂いて駆けつけたように、ゴーレムの背後に現れた少女が、その手に持った光の刀身の剣で、一刀でゴーレムを両断する。
「一撃かよ………」
 思わず、言葉を失うほどの見事さ……否、美事さであった。
「すいませんガルディナ、遅れました」
 現れたのは、美しい金色の髪の少女。
 まるで天界の花がそのまま人の形に変わってこの世に降りてきたかのような、神々しいまでに美しい少女――勇者レティシアであった。
「終わらせます」
 一言いうや、地面を飛ぶように跳ねると、またしても一刀の下に、未だあがき続けていたもう一体のゴーレムも斬り倒した。
(次元が違う……)
 それを見て、ガルディナは戦慄にも近い感情を覚える。
 レティシアの持つ「光の剣」、それは、人間の意志の力を刃とする武具。
 だが、常人ではあれだけの刀身どころか、果物ナイフ程度にも刃を生み出すことは出来ない。
「光」の祝福を受けた、超人的な神的存在である彼女だからこそ、その力を十全に使うことができるのだ。
(アタシら魔導師は、意志力を魔力に変換し、駆式を編み、主物質界に干渉する……)
 ガルディナも精霊魔導師としては、人類では五指に入る使い手である。
 だが彼女の力でも、岩の塊の巨人を倒すには、自分の魔力を媒介に精霊の力を借り、精霊が起こした物理攻撃によって破壊するしかない。
 力というものは、全てにおいて共通だが、原動から発動までの経路が短ければ短いほど、より強い力を発する。
(だがあの娘はその途中段階をすっとばして、直接自分の意志力を相手に叩き込んでいる……)
 極論するならば、レティシアは、自分の「相手を倒す」という意志を刃の形でぶつけ、相手の「この世に存在しよう」とする意志そのものを破壊しているようなものなのだ。
 その攻撃は、人間よりもより高度な精神生命体でもある魔族には、絶大な威力を誇る。
 彼女が、魔王に唯一互角に渡り合える人類と言われるゆえんである。
 少なくとも、人類種族で、彼女に太刀打ちできるものはいない。
「いや、一人いるか……」
 ポツリと、ガルディナはつぶやく。
 たった一人、レティシア以外に、同源の力を使える人類種族がいる。
「闇」を司る暗黒式魔導の使い手であり、彼の「闇」の力もまた、直接相手に「滅び」を叩き込む力である。
「…………」
 ふと、ガルディナは疎外感を覚えた。
 幼少の頃から鍛錬を続け、相応の力は持った。
 人並み以上の才能と、努力はしていたはずだ。 
 だが――圧倒的な「天才」たちには、どうしても一線超えられない。
 それが、少しだけ寂しかった。
(だからアイツは、アタシじゃダメだったのかな……)
 数ヶ月前、目の前の天才に告白し、壮絶にフラれて、魔族領に行ってしまった、幼なじみの天才のことを思い、ガルディナは少しだけ、胸が痛かった。
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