第6話 「ウンドウカイのおしらせ」(5)
文字数 2,560文字
そして同じく、もう一方――
そこは、魔族領ではない。
大陸の東方、人類種族領の大軍事国家ザハガード帝国の王城。
「何度言えば分かるのかしら……王子サマ?」
褐色の肌に豊満な胸、無駄に露出度の高い服装に、華美にすぎる装飾品をまとった女魔導師ガルディナは、ため息を吐きつつ言い放つ。
「なんでだガルディナ? 僕のなにがいけないというんだい!」
彼女の前に立つのは、隆々とした鍛え抜かれた体と、白い歯と眩しい瞳が印象的というか、やかましいくらいに自己主張している青年――このザハガードの王子、シューペリオン・マッケイであった。
そのあまりの威風堂々とした雰囲気、戦場においては千里先まで届くと噂されるよく通る声から、「太陽の王子」とあだ名されている。
(あ~~~~うっとい)
ガルディナは、元勇者パーティーの一員。
かつてはクトゥーと――非常に仲が悪かったが――仲間であった女である。
その彼女はひたすら、シューペリオンのくどい求愛と求婚の声に悩まされていた。
「何度も言いますけど、アタシとあなたじゃ、身分の差があるじゃない? ね? 王子サマなんですしぃ」
「そんなものは関係ない! 二人の間に愛さえあれば!!」
何を言っても最後には「愛さえあれば不可能はない」的な文言が帰ってくる。
(だからその愛がねーんだよアンタとは!)
ガルディナは頭をかきむしりたくなるほど苛ついていた。
(ああもういっそ、こいつ燃やして逃げてやろうか!)
これがそこらの十把一からげの男どもなら、得意の精霊魔術を発動させて燃やしてやれば済む話。
しかし相手は人類種族屈指の大国の王子である。
燃やしてしまえば、死ななかったとしても、ガルディナは人類社会のお尋ね者となり、逮捕、拘禁の後、死刑もありえる。
シューペリオンの求婚は、今日に始まったことではない。
すでに一ヶ月連続で行われている。
元々短気なガルディナは、自分でも感心するほど忍耐に忍耐を重ねてきたが、そろそろ限界であった。
「大丈夫だガルディナ……君のことは僕が守る。この命に替えても!」
「いや、だから、その……重い……」
熱く語るシューペリオンを前に、ガルディナはただただ辟易としていた。
目の前の男の二つ名は「太陽の王子」――だがそれは褒め言葉だけではない。
この無駄に暑っ苦しい容姿と性格と行動、千里先まで聞こえる声は、耳元で吐かれればちょっとした拷問である。
(まいったわねぇ……こんなやつに借り作ったのは不覚だったわ)
数ヶ月前に、ガルディナは魔族領にあるヨルムンガルドに、武力介入を行った。
その際の兵隊を、ザハガードから借りたのだ。
だが、一国の軍隊を、たとえそれが小規模でも、簡単に貸し借りできるものではない。
それこそ、「その国の王子の後ろ盾」でもなくば――
(これも全部、あの根暗バカのせいだ!)
表情では愛想笑いを浮かべつつ、ガルディナの脳裏に浮かんだのは、目の下に始終くまを浮かべている、陰険根暗喪男クトゥーであった。
彼女の武力介入も、元はクトゥーを捕縛――という名目で、彼を保護し、人類種族領に連れ帰るためであった。
「責任取れバカー!」
「はい? ガルディナ?」
苛立ちのあまり声に出てしまったガルディナに、シューペリオンがたじろぎ、前進しか知らぬと言われた「太陽の王子」は後ずさる。
「あ、いえ、こっちの話です……おほほ」
慌てて取り繕うガルディナ。
(ったく……責任取れバカ……責任……責任……)
今さっき、「いっそ燃やして逃げてやろうか」と考えてしまったせいか、「もしこの暑苦しい王子を黒焦げにしてお尋ね者になり、魔族領に亡命したとしたら……」という妄想をしてしまった。
(そ……そしたら……あいつ、責任取るかな……)
わずかに、ガルディナの褐色の頬が赤くなる。
大変に珍しいことながら、彼女はクトゥーの十年来の幼馴染であると同時に、彼に片思いをしている、唯一の人類種族なのだ。
(ま……期待するだけ無駄か……)
とはいえ、クトゥーと顔を合わせればケンカばかりしているため、その事実を知る者は少ない。
実はそれ、目の前の王子からの求婚を拒む最大の理由なのだが、それこそ意地っ張りのガルディナが口にできることではなかった。
「どうしたんだガルディナ……頬なんて染めて」
「え、いや、別に……」
人の話を聞かないのに、相手のわずかな変化に気づくシューペリオン。
「そうか……ふふ、君も照れているんだね。もっと素直になり給え! 僕は君の全てを受け入れることできる!」
「…………………」
相手の変化に気づきながら、それを察することも、読み取ることもできない王子さまの戯言に、ガルディナは見えない角度でため息を吐く。
(なんとかしないとなぁ………)
相手は借りもある王国の王子。
振るにしても、それなりの理由と手段を選ばねばならない。
婉曲的な表現では通じない相手に、なんとかする方法は――
(あ、そーだ)
そことピコンと、ガルディナは名案を思いつく。
(もとはといえばあいつのせいなんだから、あいつに責任を取らせよう!)
その発想自体がすでに八つ当たりの部類なのだが、ガルディナはそんなことで止まらない。
「王子……あなたのお気持ちは、大変嬉しいのですが……」
わざとらしく「よよよ」と崩れ、わざとらしい演技で悲しげな姿勢を取る。
「なんだ!? どうしたんだガルディナ!」
はたから見れば下手な芝居なのだが、王子には通じた。
「アタシは、あなたの気持ちを受け入れることができないの……なぜなら、アタシは辱めを受けた穢れた女……」
「辱め……それは一体?」
おもしろいくらいにあっさり引っかかるシューペリオン。
「実は、ある男が……」
この時の、ガルディナの発言が、境界線の向こうにいる、ヨルムンガルドのクトゥーに、想像以上の厄介ごととなって降りかかることとなるのだが、そのことを彼女が、知るよしもなかった。