第25話「吹き荒れるピンクの嵐」(3)

文字数 3,018文字

「ちっ、随分離されたな!」
 クトゥーらに敵対しているが、勝利条件が異なるA組のステラ・リアらは、すでにコースの半分以上を超え、ゴール直前に迫っていた。
 シューペリオンらも厄介だが、これでステラ・リアに負けても、そっちはそっちでさあに厄介な状況になる。
「走るぞ!」
「はい!」
 意外と息の合った走りで、徐々に距離を詰めていこうとしたが……
「待てい、外道の輩!」
 思ったよりも早く復活したザハガード組が、追走してくる。
「ええい、ハインツ、ねらえ!」
「ははっ」
 彼らに勝利条件は、「クトゥーを倒すこと」である。
 ゴール云々は関係ない。
 したがって、手段を選ばなくていい。
 ハインツは腰に下げていた折りたたみ式ボウガンを素早く組み上げると、矢の照準をクトゥーの頭部に向ける。
「いけない!?」
 しかし、寸前でそれに気づいたライムが、矢が放たれる前に、クトゥーとの間に立ちはだかった。
 矢は、クトゥーにこそ当たらなかったが、彼女の胸に突き刺さる。
「ライム!?」
「だ、ダイジョブです……」
 ライムはスライム族である。
 ちょっとやそっとの刺傷は、致命傷にはならない。
 矢が当たったくらいでは、死にはしない。
 しかし、彼女が当たった部分は、人間ならば心臓に当たる部位である。
「テメェ………」
 その瞬間、クトゥーの頭に血が登った。
 彼は、概して自分の加えられる危害には、無頓着なところがある。
 あらゆる人間から無条件に嫌悪される暗黒式魔導師として生きてきたせいか、悪意や害意や敵意、殺意すら、陽の光を浴びるのと同列にしか感じないのだ。
 だから、自分に刃を振るわれても、彼は本気では怒らない、怒れない。
 しかし――自分以外の者となると、話は変わる。
「俺の生徒になにしてくれてやがる!!」
 彼自身、無意識のうちに発した言葉。
 喩え死ななかったとしても、殺すつもりで矢を放ったのだ。
それだけで、怒るに十分なものがあった。
呪文を詠唱することなく、最短最速で魔術の構成を編み、手のひらに溜めた力を、瞬時に開放し撃ち放つ。
暗黒式魔導の一つ、空間破砕の魔導。
 その一撃を、シューペリオンとハインツにぶちかました。
「のおおおおおっ!?」
「ぐぅ―――!!」
 まとめて吹っ飛ぶ二人。
 ついさっきまで、ガルディナへの影響を慮り、攻撃をためらっていたが、そんな考えは一瞬で消し飛んだ。
 考えるまでもなく、怒りで体が勝手に動いてしまった。
「あ、やべ」
 それだけに、放った後に、自分が何をしたか気づく有様であった。
「先生……?」
「あ~~~~まずい」
 色々な意味でまずかった。
 一応休戦条約中に、人類種族の王族をふっ飛ばしたこと――だけではない。
 クトゥーの仕掛けたトラップは、生物の「気」に反応して発動する。
 そしてトラップ自体の感知機能に、自身の「気」を覚えさせることで、クトゥーには反応しないようにしている。
 だが、それは、通常の話。
「走るぞ!!」
「はい!?」
 強力な破砕魔導の一撃で、感知機能が働く以前に、仕掛けられたトラップが次々と強制的に起動し、連鎖的に発動する。
 地面から次々と繰り出される丸太、丸太、丸太。
 打ち出される丸太。転がる丸太。爆発する丸太。
 五体合体して、丸太ゴーレムとなって襲い掛かってくる丸太。
 まさに丸太地獄であった。
「なんでこんなに丸太にこだわったんですか!?」
「バカヤロウオメェ、丸太は最強の聖剣なんだぞ!」
 叫びながら、とにかく逃げる二人。
 この状況下で、異常なまでに息があったのか、単独で走る以上の脚力でゴールに向かう。
「ええっ!?」
 背後の異常に気づいたステラ・リアが振り向き、必死の形相で駆けるクトゥーとライム、そしてその背後で巻き起こり、自分たちに迫りくる丸太地獄を目の当たりにする。
「なんなのよニンゲン!? なにしたのよアンタ!」
「正直これはすまんかった!」
 謝るが、時すでに遅し。
 背後から迫る、火砕流のごとき丸太の津波が、一同を襲った。
「のえええええ!?」
 もみくちゃにされるクトゥーたち。
 無我夢中で、必死で、近くにあるものを掴んだ。
「ひゃん!?」
 激流の中で、その妙に可愛らしい声は、奇妙なほどはっきりと、クトゥーの耳に入る。
「ん?」
 疑問に思う前に、彼は、その掴んでいる何かごと、ふっとばされた。
「がはっ!?」
 幸い、丸太の破壊流に飲み込まれることはなかったが、激流にふっとばされ、地面に叩きつけられてしまった。
 だが、ここでも悪運は働いたのか、なにか柔らかいものがクッションとなった。
 そうでなくば、基本は人間であるクトゥーは、打撲で骨の数本は折れていたかもしれないし、内臓の一つも破裂していたかもしれない。
「ああ……やばかった。自分のかけたトラップで死んでちゃシャレにならんぞ」
体そのものが柔軟素材なスライムのライムは、おそらく無事だろう。
そういえばザハガードの連中は、どうしたろうと思ったが、死んでも生きても自業自得だから、考えるのをやめた。
「A組の、あの女教師はどうなったか……」
 誇り高き高位魔族サマならば、この程度で死なないだろう――と、そこまで思ったところで、自分のクッション代わりになった何かに気を向ける。
「え?」
 そこにいたのは、それこそ、今さっき彼が口にした、A組の誇り高き高位魔族の女教師、ステラ・リアだった。
「う、ううん………」
 またしても丸太が頭に直撃したのか、わかりやすいたんこぶを頭にこさえて気絶していたが、小さくうめき声を上げると、まぶたを開ける。
「あ……その……スマン」
 大変気まずそうな顔と声で、とりあえず謝罪した。
“ニンゲン”に触られることすら嫌がる彼女に、全身で抱きつく形になってしまった。
 それどころか今現在、クトゥーの右掌は、まったく完全に意図せぬ偶然で、ステラ・リアの胸を揉みしだくような形になっていた。
「あ………あああ………」
 その事態に気づき、ステラ・リアは震える。
(あーまずい、これはまずい!!)
 痴漢、セクハラ、わいせつ罪――なんと呼称されるかわからないが、絶対に自分が悪役になるであろうことを、クトゥーは経験から知っていた。
 この後ステラ・リアは悲鳴を上げ、回りが「なんだなんだ」と駆けつけ、事例が発生し、自分が公権力に捕縛されるのだ。
 確信にも似た予想を立てた彼だったが、当の本人の様子がおかしいことに気づく。
「ん……おい?」
 ステラ・リアの顔が、真っ青になっている。
 それは、「死ぬほど嫌な相手に触られた」程度のぬるいものではない。
 そんなものより、もっと取り返しのつかない何かが起こった顔。
 最も近しいものであるなら、封じられし禁断の扉を開いてしまったような顔。
「触ったな……貴様が……」
「いや……つい、偶然……」
 震えるステラ・リアの目は、絶望に彩られていた。
 その目を前に、クトゥーですら言葉を失いかける。
「童貞が……私に触ったなぁああああああ!!!」
「はぁ?」
 意味の分からぬ叫びを上げるステラ・リア。
 クトゥーの疑問に答える前に、彼女の双眸は赤く輝き、どす黒い――いや、ワインレッド――いや、ピンク色の波動が、周囲一帯を覆い尽くした。
 
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