第11話 「陰謀家たちの黄昏」(2)

文字数 4,226文字

 数時間後――ガルディナとレティシアは、隊商を目的地まで送り届ける。
 商人や兵士たちからはとても感謝され、二人は休憩とばかりに、街のカフェに入った。
「ふぅ……なかなか、はぐれ魔族が減らないわね」
 紅茶を一口含ませて、レティシアは言った。
 二人が危機にひんした隊商のところに現れたのは、決して偶然ではない。
 彼女たちは、休戦協定が締結された後、各地を回り、今回のようなはぐれ魔族を討伐していた。
 他にも元パーティーのメンバーであったメンツは、人類種族領のあちこちに飛び、彼女たち同様はぐれ魔族を退治している。
「仕方ないわよ。戦争中に作られた、あの手の魔族どもがどれだけいると思っているの?」
 ガルディナが、「今さら言ってもしょうがない」とばかりに答えた。
 今回のゴーレムのような、「心なきからくり人形」的なはぐれ魔族は、生産が簡易であったこともあって、大量に作られ、大陸のあちこちに放たれた。
 その数は、千か二千、万にも及ぶと言われている。
 レティシアたちが寝る間も惜しんで退治を続けても、根絶の日は遠いだろう。
「だから、休戦協定を結んだ時、あの手の連中の引き上げも条件に入れればよかったんだよ」
 協定締結の際、双方の領地に残った双方の戦力は、それぞれの領地の者が対処するということに決まった。
 つまり、人類種族領に残されたゴーレムなどのはぐれ魔族の始末は、人類種族の責任となってしまったのだ。
「仕方ないでしょ、あの時は両軍を撤退させることが最優先だったんだから」
 少しでも早く兵を退かなければ、またいつ戦いが勃発してもおかしくない。
 人類種族と魔族の関係は、それほどまでに厳しい状況だったのだ。
「それにしてもねぇ……」
 だらしなく、かつお行儀悪く、ガルディナはテーブルに突っ伏す。
 いつまでやっても成果が実感できない仕事ほど、若者にとって辛いことはない。
「ん………なに読んでるの?」
 顔をあげると、レティシアがなにやら手紙を読んでいた。
「誰からの手紙?」
「クトゥーじゃないわよ」
「なんでアイツの名前出てくるのよ!」
 実は図星をさされ、少し顔を赤らめるガルディナ。
「ねぇガルディナ……あなた、最近ザハガードでなにかした?」
「へ!?」
 いきなり出てきた国名に、ガルディナの声が裏返る。
「なななな、なにもしてないわよ!?」
「あなたってホント正直」
「うぐぅ……」
「前回の件の後、私言ったよね? もうこういうことしちゃダメって」
 前回の件とは、ザハガードから兵を借り、魔族領内にあるヨルムンガルドに、武力干渉を行った一件である。
「あの時は、私が魔王と話を着けて、なかったことにしてもらったけど……後もう一歩で、戦争が再開しちゃうとこだったんだよ?」
「あの……ホント、なにもしてないって……」
 レティシアは、その百万人が認める美しさと、分け隔てなく接する八面玲瓏さから、勇者としての武名だけでなく、人類種族全てののアイドルでもある。
 ただの美人とは訳が違う、まとっている空気が、オーラが違う。
 その前で追求されれば、どんな人間でも、心の底まで見透かされたような気持ちになるのだ。
「きっかけみたいなことは、したんじゃない?」
「う―――」
 親に怒られた子どもでも、ここまで縮み上がらないであろうほどに、ガルディナは萎縮していた。
「その……大したことじゃ、ないんだけどね……」
 ガルディナは、数日前のザハガードの王子、シューペリオン・マッケイとの話を語った。
「あの暑苦しい王子がさ、アタシにずっと求婚しているのは知ってるよね?」
「ええ、ガルディナはクトゥーが大好きだから、絶対振り向くことはないのにね」
「だからアイツの名前出さなくていいから! ……んで、あんまりしつこいからさ。言っちゃったんだ……」
「なにを?」
「く………あ、アタシは、昔クトゥーに辱めを受けたので、その屈辱が晴らされないうちは、誰とも結婚できません……って」
「…………………」
「えっと………」
「ガルディナ?」
「ごめんなさい」
 レティシアは語気を荒げたり、睨みつけたりはしていない。
 ただじっと、悲しげな顔をしているだけである。
 それだけで「謝らなければいけない」空気にするのは、彼女の持つ気迫のなせる業だろう。
「辱めって……なに?」
「いや、あの、それはね……」
「処女のあなたが、童貞のクトゥーになにをどう辱められたの?」
「アタシの処女は関係なくね!?」
 真っ赤な顔で立ち上がるレティシア。
 外見は露出度も高くその妖艶な姿から、さぞかし奔放な恋愛事情の持ち主と思われるガルディナだが、意外と純情かつ古風で、身持ちは固いのだ。
「うん、それはわかっているわ。異性との交友関係の数が人間の質を測る物差しになるとかいう考えは、私も違うと思うから……じゃあ、なに?」
「う……」
 再びじっと見つめられ、言葉を失うガルディナ。
「厄介事を、押し付けたわけね?」
「ううう………」
 情けなく肩をすぼめるガルディナだったが、彼女も考えなしに言い出したわけではない。
 先の自分の起こした一件がある以上、ましてや大国ザハガードの王子という立場のある人間が、協定違反を起こすことは出来ない。
 王子がクトゥーを一方的に恨み、ガルディナに代わって屈辱を晴らさん――と思ったとしても、クトゥーが人類種族領に戻ってこない限りはなにもできない。
 そうして時間稼ぎをしているうちに、王子サマの熱が冷めるか、上手くはぐらかして逃げおおせればいいと、考えたのだ。
「なるほど、だからこんなことになったわけね」
 そう言うと、レティシアは持っていた手紙を、ガルディナに見せた。
「なにこれ……圧縮紋様?」
 そこには、一文字で数千文字の意味を成す、圧縮言語が書かれていた。
 本来は、長文の呪文詠唱を文字化し、圧縮することで、呪符や護符などに用いるものだが、そこに書かれた文字は、ガルディナをもってしても「解凍」できないほど、高度な圧縮がほどこされていた。
「なにこれ……こんな圧縮紋様、誰が書いたのよ……」
 人間社会なら、大賢者クラスが数人がかりで作るような紋様であった。
「魔王よ」
「はぁ!?」
 レティシアの答えに、ガルディナの声が二、三周は裏返った。
「たまに手紙のやり取りをしているの」
「アンタこそなにやってるのよー!?」
 休戦協定が結ばれたとは言え、公式のやり取りを除いては、基本的に人類種族は魔族との接触を禁じられている。
 ましてや勇者が、魔王から手紙を受け取っていたなど、それこそ大陸を大混乱に追い込みかねない、大事件である。
「大丈夫よ、気づかれるようなヘマしてないし」
「そんな問題じゃ………持っているのを見つかっただけで、どうなるか!」
 人類のアイドルが、人類の裏切り者として、異端審問の果てに火あぶりで殺されてもおかしくない。
「見つかったから……どうなの?」
「え?」
「ここに何が書いてあるか、あなたにもわからないでしょ?」
「え、あの、えっと、そーだけど……」
「なら、問題ないじゃない。これが魔王からの手紙だってことすら立証できないんだから」
「アンタって娘は………」
 可愛い笑顔で、とんでもない食わせ者、それが勇者レティシアであった。
「はぁ……ホント……いい根性してるわよ、アンタ」
「そうじゃなきゃ勇者なんてできないわよ」
「で? なんて書いてあるの?」
 改めて、手紙の内容について尋ねる。
「ザハガードが、魔王に公式ルートで、魔族領への期間限定の滞在許可を求めてきたの」
「はぁ!?」
 どうやら、件の「太陽の王子」は、本気でクトゥーに天誅を下すため、魔族領に入ろうとしているらしい。
「そんなの、許されるわけないでしょ」
「ところがそうでもないの……あそこには、人類種族領の“飛び地”があるでしょ?」
 飛び地とは、境界線を超えた場所に存在する領地のことである。
 クトゥーがいるヨルムンガルドの直ぐ側にそれが存在し、前回の一件では、ガルディナはそれを利用して、武力干渉の口実とした。
「ザハガードは、その飛び地を、返還すると申し出たのよ」
 領有権を主張するのではなく、領有権を返上すると言い出したのだ。
「その代わり、その領地に住んでいた者たちの、遺品の回収を行いたい……とのことよ」
「そんなの……ただの口実よ!」
「そうでしょうね……でも、魔王は断れない」
 領土を返すと言われ、それを拒めば、今後もその飛び地は人類種族領であると、魔王が公認したに等しい。
 そんなことになれば、休戦派と交戦派で分かれる魔王軍は、要らぬ波が立つだろう。
「相手の思惑を全て見通せていても、選択肢が限られてしまうことというのはあるものよ。熱血で有名な『太陽の王子』も、頭は随分とクールなものね」
 魔王はクトゥーをかなり買っている。
 だが、王の地位にいる者は、人であろうが魔族であろうが、理で動かねばならない。
 彼を狙う刺客とわかっていても、拒めないのだ。
「くっ………!」
 悔しげに一声上げると、ガルディナは立ち上がり、カフェから出ようとする。
「どこに行くの?」
「…………………」
 レティシアは問うまでもなく、彼女がどこに行こうとしているかはわかっていた。
 魔族領にある、ヨルムンガルド――このことを、クトゥーに伝えようと……もしくは、彼を狙うシューペリオンを倒すため。
「二度目はないわよ」
 それをわかった上で、レティシアは告げる。
 先の領土侵犯は、レティシアと魔王のお目こぼしもあって、なかったコトにされた。
 だが二度はない。
 次も行えば、魔王は容赦なくガルディナを殺すだろう。
「アタシ……こんなことになるなんて………!」
 泣きそうな顔で、ガルディナは肩を震わせていた。
「座りなさい……ガルディナ」
 レティシアは、静かな声で、彼女に着席を促す。
「この手紙はね、『何かが起こる』ってことを、わざわざ知らせてくれたものよ。なら、この後私たちがすることは一つでしょう」
 冷めかけた紅茶を口に含み、レティシアは笑う。
「さぁ、悪巧みの話をしましょ」
 その笑顔は、いつもと変わらぬ、人類種族のアイドルにふさわしいものであった。
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