第7話 「引きこもりの少女たち」(1)

文字数 4,380文字

 かくして、魔王立学校ヨルムンガルドにて、創立以来初となる「ウンドウカイ」が開催される運びとなった。
 しかし、ここで問題が一つ。
 魔族たちは基本的に人類種族の文化に疎い。
 運動会など、聞いたこともなければ見たこともなく、やったことのある者など誰もいない。
 一体なにを用意して、なにを準備すればいいのかわからない有様だった。
「安心しろ。そこんとこは俺がどうにかする」
 唯一、校内において「ウンドウカイ」を知り、「ウンドウカイ」を経験したことのあるクトゥーは言った。 
「だがさすがに一人だと手が足らんからな、生徒の何人かを手伝いに回してもらう」
 男子生徒の大半を引き連れて、校庭に入場門やらステージやらの建造を始めた。
「当日何やるかはこれを参照にしろ」
 そう言って配ったのは、各種目の簡単な内容の説明を記載したプリント。
 普段まともに授業しないくせに、変なところで芸が細かかった。
 とはいえ、やることが決まった以上、生徒たちは――正確には、A組を率いるステラ・リアと、B組を率いるライムは、各自準備を始めた。

 B組の教室――
「そんなわけで皆さん! 打倒A組です! がんばりましょう!」
 ウンドウカイの準備に席を外しているクトゥーに代わり、ライムが生徒たちに激を飛ばす―――も。
「って言ってもよ、委員長」
 生徒たちは皆、困惑気味の表情であった。
「ウンドウカイってなにやるの?」
「え~っと、それはですね」
 やる気はあれど、ライムもウンドウカイとはなんなのか、具体的によくわかっていない。
「クトゥー先生から渡されたプリントによると、要はスポーツで、優劣を決めるもののようですね」
「え~~~~」
 生徒たちから、一斉に落胆の声が上がる。
「委員長そりゃ無理だよ」
 声を上げたのは、ケットシーの猫山田くんだった。
「俺らはB組だぜ? 基本的な身体能力は、高位魔族のA組には手も足も出ない」
 高位魔族は生物的にも高い能力を持つからこそ、高位に位置する。
 瞬発力、持久力、耐久力、どれをとっても、まともにやって勝ち目はないだろう。
 そう、まともにやっては――
「言いたいことはわかります。しかし、お手元のプリントを御覧ください」
 クトゥーから渡されたプリントは、コピーして生徒たちに配布済みである。
「実際に、徒競走や持久走など、単純な体力が物を言う競技ならばそのとおりでしょう。ですが、例えば……この『障害物競走』や『玉入れ』などは話が違います」
 技能が絡む競技ならば、練習と、適正具合で、勝敗は変わる。
「この……パン食い競走って、なによ?」
 尋ねてきたのは、セイレーンの魚住さん。
 教室に水槽を持ち込み、半身を覗かせている。
「文字通り、パンを食べる競争です」
「に、人間って……変な遊び思いつくのねぇ」
 魚類に近い生態で、三食海産物、好きな食べ物はホタテ(殻付き)な彼女には理解しかねる話だった。
「とりあえず、各員の適正に応じた配置を決めた上、作戦を立てましょう!」
「こんなにやる気な委員長は初めて見るだぁよ………」
 拳を固めるライムを前に、ゴブリンのゴブ田くんが息を呑んだ。
「生まれ持っての力を自慢するしかない連中には、努力と工夫と知恵と勇気で当たってこそ文化の力です! 思い上がった者ほど、足元がおろそかなもの……」
 ライムの口調は、どこかクトゥーのそれに似ていた。
「その足元をひっかけて、盛大にすっ転ばす! それこそが勝利の鍵です!!」
 B組の生徒たちは、大なり小なりあれど、人類文化に憧れを抱いている。
 人類種族は、生物的な力は魔族に大きく劣るが、文明と文化を発展させ、魔族と千年の戦争をするほどの力を有した。
「弱き者が強き者を倒すには、叡智を結集してこそです! 今こそ、わたしたちの日頃の成果を見せる時!」
 そして、それこそがステラ・リアに、認識を改めさせる唯一の方法と信じ、ライムはさらなる激を飛ばした。
「う~む……俺たちの力でA組をやっつけるか……」
「分が悪い勝負だなぁ」
「でも、できたらおもしろそうだな」
 生徒たちにもようやく、彼女の熱意が伝わり始める。
「よーしいっちょやるかー!」
「その意気です!」
 立ち上がる生徒たち、ともに拳を振り上げ、士気を高める。
「打倒A組!」
「「「お――!!」」」
 見事に生徒たちを団結させるライムを見て、ロッテがあらためてつぶやく。
「なんか……ライムちゃんが一番先生の影響受けているよねぇ」
 赴任当日、生徒たちにアジテーションをかましたクトゥーの姿と、かさなる光景であった。

 一方その頃隣のA組では――
「と、いうわけで皆さん! B組に勝つわよ!」
 隣のA組の教室でも、B組同様、ステラ・リアが生徒たちを鼓舞していた。
「「「……………」」」
 だが、反応は悪い。
 B組の生徒も最初からやる気に溢れていたわけではなかったが、それでももう少し反応はあった。
 生徒たちの顔は皆一様に、不満だらけ、取り付く島もないというありようであった。
「な……どうしたのよ、あなたたち」
 さすがにこの反応の悪さには、ステラ・リアも戸惑った。
「なんでB組の連中とまともに勝負してやらなきゃいけねぇんだよ」
 そう答えたのは、アークデーモンの生徒であった。
「あいつらと同レベル扱いだなんて……地元の連中に知られたら大恥なんだけど」
 さらに声を上げたんのは、ベリアル族の生徒。
「ぬぅ……!」
 わずかに呻く、ステラ・リア。
 高位魔族たちは、皆プライドが高い。
 自分の生まれに誇りを持ち、同時に、低級の生まれの者を見下す。
 B組相手に「同じルールの下で競う」という事自体が、彼らのプライドが許さないのだ。
「私、パスー」
「やりたいやつだけやりゃいいんじゃね?」
「たるい……」
 誰ひとりとして、前向きな意見を述べる者はいない。
 これが、A組の日常的な光景であった。
 彼らのエリート意識は、B組に対してだけではない。
 同じクラスの生徒同士でも、常に「上か下か」を見定め合う。
 少しでも自分の立ち位置が下がることを恐れるから、自発的な行動は起こさない。
 成功しなければ“上”には上がれないが、失敗しなければ“下”には下がらない。
 彼らは皆、後者を選んだのだ。
(これは……思った以上にやっかいね……)
 生徒たちがこの反応を示すことは、ステラ・リアには予想できていた。
 彼らの担任を務めてきただけに、その生徒たちの性分も理解している。
 プライドが高い臆病者である彼らを、なんとかして動かす方法――それは、一つしかない。
(この方法だけは……使いたくなかったわ……)
 この三年間、A組の担任をしていた間、一度も使わなかった禁じ手を、彼女は使うことにした。


 そしてさらにもう一方――校庭で、運動会の設営準備をしているクトゥー。
「先生―、丸太届きました」
「おーし、そこに積んどけ」
 オークの男子生徒が、近所の山から採ってきた丸太の山をチェックする。
「こんなに大量の丸太、なんに使うんです?」
「まぁ見てろ、おもしろいから……クククッ」
 問いかけるラーヴェルトに、これでもかと意地の悪い笑みを浮かべながら答える。
「丸太ってのはオメェ、なんにでも使えるからな。アレだぞ、かつては勇者の聖剣として用いられたくらいだぞ」
「どこの勇者ですか………?」
 本気か冗談かもわからないクトゥーの言葉に、ラーヴェルトは困惑する。
「あの~……僕もウンドウカイのことはよく知らないんですが、こんなに入念な準備をしなきゃいけないものなんですか?」
 校庭はあちこちが掘り返され、様々な「なにか」が埋められたり、あちこちに壁やら柱やらが敷設され、やはりそこにもなんに使うものかわからない「なにか」が設置されている。
「あれは……なんなんですか?」
「くくくくくっ……」
 ラーヴェルトの問いに答えず、クトゥーはほくそ笑んでいる。
「そうしていると完全に悪の大魔導師ですよ」
「いや、俺、ふつーに悪の大魔導師だぞ?」
「そーいやそーでしたね」
 人類種族を裏切り、人類破滅のために魔族の仲間入りしたのだから、れっきとした悪の大魔導師である。
「む?」
 そんな風に二人が話していると、突如校舎の方から、凄まじい怒声が響いてきた。
「なんだあの叫びは?」
「さて……なんでしょう?」
 それはさながら、野獣の咆哮に似ていた。
 一人二人ではない、一クラス全員が、獣になったような唸り声である。
「B組じゃねぇな……A組か? あの女教師、なにやったんだ……」
 わずかだが、「闇」の力の波動を感じた。
 瞬間的ではあったものの、凄まじく高密度ななにかを、感じ取ったのだ。
「ふーむ………おい、ラーヴェルト」
「なんです? 買い出しですか?」
「いや、違う」
 クトゥーにしては珍しく、少しばかり真剣な顔だった。
「オマエ、念のために、A組のヤツら……委員長の方、面倒見てやってくれないか?」
「は……いや、担任はクトゥー先生なんですから、自分が行けばいいでしょう?」
「俺はここの監督をせにゃならん」
 クトゥーの手には、彼自ら精魂込めて引いた設計図があった。
「指示さえ出してくれれば、僕がやっておきますよ」
「う~ん。けっこう細かい調整が必要だからな。俺じゃないと……」
 自分の受け持ちクラスのことは、やはりそのクラスの担任が行うべきであるとラーヴェルトは提案するが、クトゥーはなおも譲らない。
「それに、オマエにバレたら絶対、やめろって言われそうだし」
「なにをしようとしているんですか!?」
 ネタバレと、それに続く各種の「仕掛け」の撤廃を恐れての態度であった。
「だってオメェ、この設計図になにが書いてあるか知ったら、絶対委員長にチクんだろ?」
「その一言でライム君には言うべきだと判断しましたよ!」
 現在このヨルムンガルドの中で、クトゥーを力づくで止められるのは、ライム一人である。
「テメェコノヤロ、もしチクってみろ……七年掛けて後悔させるぞ」
「何をする気なんですか!?」
「まず山のような◯◯◯◯を用意してだな……」
「ひぃっ!?」
 口にだすのもおぞましいものの名前を出され、ラーヴェルトは悲鳴を上げた。
「わかったらさっさと行け。多分、俺よりもオマエみたいなタイプが行ったほうがいい展開が待っている」
「なんか嫌な予感がするなぁ……」
 渋々と、ラーヴェルトは校舎の方に向かった。
「あの女……もしかして……さては……いや、ありうるな」
 その背中を見もせず、クトゥーはボツりと呟いた。
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