第21話「棒読みのスポーツマンシップ」(8)

文字数 3,599文字

「へ…………」
 最後の競技、障害物競走――そのスタートラインに並んだ二選手を見て、ステラ・リアは間抜けに思える声を上げた。
「なによ……あれ?」
 A組の選手は、青銅巨人タロース、対してB組の選手はミシルティアであった。
「あれ、ミミック? ちょっと、アンタたち何考えているのよ!?」
 これには彼女も、笑わずには……否、嗤わずにはいられなかった。
 ミミックのミシルティア、彼女はミミック族の定番のスタイル、宝箱に入ったまま、スタートラインにいた。というか、「置かれて」いた。
「ははぁ、なるほど……」
 これを見て、察した顔をするステラ・リア。
「ついにまともな選手がいなくなったのね? ま、しょうがないわよね」
 今まで、B組は予想外の健闘を見せたが、それもライムの指揮の下、適材適所かつ、相手の裏をかく配置と用兵の賜物である。
 だがそれもついに限界に達して、あんな役立たずしかいなくなった――
「と、思ってんだったら、大間違いだぜ」
 負け惜しみでもなく、ハッタリでもなく、クトゥーは返す。
「最初に言っておく。あくまで俺は、あいつらが、この状況になることを予想し、その上で求めたものを与えただけだ。あくまで、担任としての領分でやった」
「なにが……言いたいのよ……?」
「だからよぉ……」
 困惑するステラ・リアに、クトゥーはとびっきりの、面白そうなことが始まったと言わんばかりの顔で告げる。
「アイツはウチのクラスの奥の手だってことさ」
 彼が言うと同時に、競技開始の合図が起こる。
「GUOOOOOO!!」
 始まるやのっしのっしと歩み始めるタロース。
 彼はその自重故に、機敏な動きはできない。
 回りからは「歩いている」ようにしか見えないが、彼は立派に「走って」いるつもりなのだ。
「構うことはないわ! そのままゴールまで進みなさい!」
 クトゥーの言葉を、なおも負け惜しみと切り捨て、命ずるステラ・リア。
 どれだけ鈍重な動きでも、動くことも出来ない箱入りモンスター相手では、余裕で勝利できる――そう考えたのだ。
 そして、発動する校庭に仕掛けられた各種の“障害”――トラップ。
 まずは爆発が起こり、次に毒霧が噴射される。
 さらには地面から無数の槍が突き上がる。
 だがその全てが、タロースには効かない。
 彼の青銅の体は、そのことごとくを撥ね退ける。
「勝った……!」
 自らの采配が、クトゥーの姑息な罠を凌駕し、勝利を得たと、彼女は確信していた。
 だが、そうは、ならなかった。
「さぁ、もうあったまったころだろう」
 不穏な一言を、クトゥーが呟いた。
 何を今さらと、ステラ・リアは思う。
 すでにタロースは、第二カーブを抜け、第三カーブにさしかかろうとしていた。
 対して、ミシルティアは、一歩も動いていない。
 まだスタートラインから、微動だにしていないのだ。
「憐れな負け惜しみは止めなさい」――
 彼女はそう言おうとした、まさにその瞬間、その音は運動会会場全てに響き渡った。
「なっ――これは!?」
 彼女の人生の中で、初めて聞く音であった。
 それは例えるならば、獣の咆哮……否、そんなものではない。
 そんなものより、もっと凶悪で、凶暴で、それでいて、次元の違う存在。
 まるで、神々の楽団が奏でる、ファンファーレのような響き。
「あれは!?」
 その音の発信源は、未だスタートラインから動かぬミシルティアからだった。
 彼女は動いていない。動いていないが、蠢いていた。
 宝箱は小刻みに震え、箱の隙間から、白い煙が吹き上がる。
「なによ……一体何が始まるっていうの……!?」
 無意識の、ステラ・リアは「始まる」という言葉を使っていた。
 そう、なにかが始まろうとしていた。
 このファンファーレに似た音すらも、その始まりを告げる合図でしかない。
「行きなさい……ミシルティア!」
 ライムが号令を発すると同時に、ついにそれは、真なる姿に変わる。
 各部の装甲が展開し、排気ダクトや駆動機械、そして四つの車輪が現れる。
「え………なにあれ?」
 ぽかんとしているステラ・リア。
 彼女――いや、魔族の殆どは見たこともないだろう。
 人類種族として、知る者は少数だろう。
 馬や牛に引かせるのではなく、自ら走る「車」の存在など。
 ヴォヴォヴォヴォヴォヴォッヴォヴォヴォ!!!!と、機械の獣が咆哮するや、四つの車輪は地面を抉るように回転し、凄まじい速度で走り出す。
「その昔、とある魔導師がいてなぁ。魔力を直接動力として、機械を動かすことが出来ねぇかと考えた」
 唖然とするステラ・リアの隣で、クトゥーが解説する。
「だが残念ながら、それは失敗に終わった。それだけ魔力を供給するには、人類種族の基本魔力は低すぎた。だが、理論だけは残った」
 供給する魔力がもっと大きく、かつそれを蓄え増幅する回路があったなら――その後も数々の試行錯誤が多くの人間によって行われ、それは一つの領域に到達する。
「マジカルダブル・オーバーヘッド・カムシャフトによる、マジカルV12気筒エンジン搭載、冷却機構はマジカル空冷式の、鋼鉄の凶獣!! 神速を超えるために作られたマジカルマシンだ!!」
「あんたマジカルってつければなんでもいいと思ってない!?」
「だが、速いぞ?」
 クトゥーがミシルティアの行ったことは、「世界最速のミミック」にすることであった。
「卑怯よ! 反則よ! あんなの、本人の力じゃ……」
「おやおや、なにを言っているかな?」
 抗議するステラ・リアであったが、クトゥーは涼しげな顔。
「動力源はアイツの魔力だ。ミミックが宝箱の中にいるのはあたり前のことだろ? 本人の、生まれつきの生態であり習性だ――そう、オマエの好きな、『生まれつき』のものだ。オマエのとこの生徒が、生まれつき角を持ってたり羽があったり、青銅の体だったりするのと、理屈は同じだ」
「ぐっ―――!?」
 これこそが、ライムがミシルティアをスカウトに向かった理由である。
 運動会は基本的に、自らの身体だけで行わなければならない。
 だが、生まれつき「宝箱の中に入ることが自然」なミミックならば、あらゆる障害が襲いかかる障害物競走に耐えうる、強固な箱をまとって参加できると考えたのだ。
「さすがに一日でアレを作るのは俺でも大変だったがな」
「徹夜になりましたねぇ」
 クトゥーの隣で、苦笑いをするラーヴェルト。
「だが、そのかいはあったな」
 超高速でコースを駆け抜けるミシルティア。
 トラップが次々と発動するが、それらが襲いかかる前に、彼女は通り抜けてしまう。
「あははははははははははははははははーー!!!」
 箱の中で、テンションを上げまくるミシルティア。
 彼女の人生の中で、ここまで「速く」なったのは初めてであった。
「アタシは風――!!!」
 スピードの酔いしれながらも、絶妙なタイミングでコーナーを曲がる。
 高速度でコーナーに侵入し、急角度で曲がることで、車体は慣性の法則に基づき、横に滑るように走る――ドリフト走行である。
「何人たりとも、アタシの前は走らせない!!」
凄まじい勢いで、トラップを無視し、カーブを乗り越え、ついに先行していたタロースを捉える。
「GUGOOOOO!?」
 迫りくる異形のミミックに、怯む青銅の巨人。
「タロース! 構いません! それをそのままぶちのめしなさい!」
「それはダメです、ステラ先生!」
 ステラ・リアを静止しようとするラーヴェルト。
「うるさい! こうなったら実力行使よ!」
 彼女の出した指示は、走路妨害であり反則行為――ラーヴェルトはそれを咎めたのだと、ステラ・リアは思った。だが、そうではなかった。
「タロースくんが死にます!」
「え―――?」
 次の瞬間、迫るミシルティアを、その全身をもって塞ごうとした青銅巨人タロースは、粉砕され、ふっとばされた。
「ORORORORORO~~~~~!?」
 胴体が横二つに分かれ、宙を舞い、轟音を立てて地面に叩きつけられる巨人。
「なっ………?」
「ああ、言い忘れていた」
 その光景を前に、呆然としているステラ・リアに、クトゥーが言う。
「あの宝箱な、フルミスリル製だ」
 ミスリルとは、採掘、錬成、加工、全てが特殊な魔術的儀式を必要とする上に、わずかにしか産出されない希少金属。
 その輝きは銀に勝り、その硬さは鋼を超える。
「青銅ごときじゃ、相手にもならん」
 超高速の走る宝箱は、いうなればミスリルの弾丸のようなものである。
「でたらめすぎる………」
 愕然としたステラ・リアがその場に崩れ落ちるのと、ミシルティアが仲間たちの歓声を受け、ゴールしたのはほぼ同時だった。
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