第4話

文字数 1,212文字

 白い壁に白い床。部屋の中は静かで、なにかの機械の低いモーターの音が、かすかに響いている。時折小さな電子音が鳴るので、ついどきりとしてしまうが、定期的に鳴るものらしい。短い音なので、緊急ではないなということはわかる。
 白いベッドに横たわる千波は、目を閉じていて、なんの表情もなかった。
 肩のあたりで切りそろえられた黒髪が、少し乱れて、白い顔にかかっている。それを、指でそっとどけてやる。
 額と頬に傷があり、今はそこにガーゼがテープで貼り付けてある。白い掛布団の上に伸びている腕は袖がまくられていて、点滴の針がテープでとめてある。その先の手首あたりには包帯が巻いてあった。
 いくつかの機械が、ベッドの周りを囲んでいる。
―こういうことは、頭を打っている場合にはままあることですので。
 白髪交じりの医者は、タオルで汗を拭きながらそう言った。
―他に重篤なけがはありませんから、体の傷を治しながら、じっくり待ちましょう。
 確かに、千波の表情に苦しそうなところはないように見える。時がたてば、なにごともなかったように目を開けそうな気がした。
 それをじっと見下ろしながら、ふと目の前に持ってきた右手の指にたばこがはさまれているのに気づいて、はっとする。
 ここは病院だった。いつの間に取りだしたのだろう。無意識とは恐ろしい。あわててポケットの箱にしまう。それでも、今吸えないと思うと落ち着かない気持ちになる。喫煙所に行こうかと少しのあいだ悩んだ。
 視線を病室のドアとベッドの間で往復させていると、壁際の棚に置いてある黒いものが目に入った。小ぶりのトートバックだ。
 千波が事故の日に持っていたものだ。
―なくなっているものがないか、一応確認してください。
 千波の事故のことで来てくれた警察官に、そう言われた。手帳とかハンドタオルとかが入っていたが、そんなのはなくなってるのかどうかなどわからないので、とりあえず財布だけ確認した。金額はわからないがいつも見かける財布だったし、クレジットカードも入っていたので、大丈夫だと思うと答えた。トートバックは、その後に返却されてきたのだった。
 なんとなくそのトートバックを手に取った。横にして、あらためて中のものを出して見る。不思議と、なんだか悪いことをしているような気分になる。
 縦長の手帳。水色の長財布。紺のチェック柄の化粧ポーチ。角が少しはげた携帯電話。ストライプ柄のハンドタオル。
 そのハンドタオルの奥にある、なにか固いものに手が触れた。なんだろうと思うより早く、それが勢いよく滑り出てきて床に落ちた。透明のプラスチックケースがカシャンと乾いた音をたて、中からなにかが飛び出した。
 身をかがめてそれを拾い上げる。
 カセットテープだった。
 カセットテープ? 久しぶりにそんなものを見た。
 どうしてこんなものが入ってるんだろう。
 そう思うと同時に、もうすっかり忘れていた記憶が、ふいによみがえってきた。
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