第1話

文字数 980文字

「お兄ちゃん」
「なに」
「さむいねえ」
「さむいな」
 握っている千波の手が、冷たい。
 洸太は立ち止まって、両手で千波の手を包んでやる。
「ふうふうしてやるよ」
「やだ、くすぐったいよ」
 きゃっきゃっと笑って、千波は手を引っ込めようとする。それをつかまえて、今度は反対の手にふうふうと息を吹きかける。
「もう、やだー」
 日暮れの街は暗く、ぽつんぽつんと立っている街灯のぼんやりとしたオレンジの光くらいしか、明かりがなかった。
 人通りの少ないさみしい道を、洸太は千波の手を引いて歩いていた。
「ねえ、なんかうたって」
「えー、さっきまで散々歌ったじゃん」
「もっとうたってー」
「いい加減ネタが尽きたよ」
「ねえってば。うたってよー」
 千波の声に危ない響きを感じて、洸太は仕方ないと諦める。ぐずりだしたら面倒だ。
「じゃあ、なんの歌がいいんだよ」
「りゅうのうた! まほうのりゅうのうたがいい!」
「またそれかよー!」
 洸太はぐったりと首を垂れる。
「りゅうがいいの。まほうのりゅう、うたってー」
 仕方なく、洸太はすっかり歌詞を覚えてしまった歌を、歌う。
 千波が、洸太の手を引っ張る。
「ねえ、りゅうはひとりになっちゃうの?」
「そうだなあ」
「えー、かわいそう」
 この歌を歌うと、だいたいいつも千波はそんなことを言う。
 なので、洸太も、いつも同じことを答える。
「大丈夫、友達は、また遊びに帰ってきてくれるから」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「もし、かえってこなかったら?」
「帰ってこなくても、友達は友達だから、大丈夫」
「そうなの?」
「そうだよ」
「ふうん」
 わかったような、わからないような顔で、千波は少し静かになる。
「それに……」
 洸太は、握っている千波の手を大きく振ってやる。
「そのうちまた、新しい友達が遊びに来てくれるかもしれないよ」
「あたらしいともだち?」
「そうだよ、だから心配ないよ」
「そっかー、そんならよかったー」
 よかったーよかったーと節をつけて、千波は自分でも大きく手を振り始める。手を振りながら、歌いだす。

   霧のたなびく海辺で、ひとり、暮らしていた、魔法の竜。
   ある時、一緒に遊ぶ友達ができた。
   来る日も来る日も、竜は友達と遊んだ。
   でも、友達はいつか大人になり、海辺に来なくなった。
   霧のたなびく海辺で、竜はまたひとり、暮らしている。
   ……
   ……

(完)
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