第5話
文字数 1,451文字
カシャンと音を立てて、なにかが床に落ちた。
パイプいすを広げようとしていた洸太は、あわててそれを拾い上げた。
「ごめん、なんか落とした」
そういってから、しげしげと手のものを見る。カセットテープだった。
「なにこれ。今どきこんなの使ってんの?」
「意外に使えるんだよ。ちょっと録音したいときとか、人に渡すときとか。そのへんに適当に置いといて」
そう言ったのは、誰だったか。
小さなスタジオの中は、いろんな機材がごちゃごちゃと並んでいた。奥にはドラムセット、もう少しこっち側にはキーボードのスタンドもあった。機材や楽器の谷間で、男たちが、なにやらうごめいている。
ギターを抱えたまま床に座り込んでなにかの機械をいじっていたり、ドラムスティックをジャグリングのように放り投げていたり、マイクをバトンのようにくるくると回そうとして取り落としていたり。そのせいで、スタジオの中はよけい狭苦しい感じがした。
洸太は今度は気を付けながらそっとパイプいすに腰を下ろして、演奏の準備をしているのか遊んでいるのかよくわからない彼らの様子を見ていた。狭いので、洸太のすぐ近くにも、予備のスタンドやなにかの機材やらが置いてある。
そのうち、準備が整ったのだろう、おのおのがそれぞれの位置についた。キーボードのスタンドはいつの間にか片づけられていて、ドラムとギター、ベース、それにボーカルの四人の頭が、楽器と機材の間にひょこひょこしていた。
ドラムの男が、手のスティックでカツカツとリズムを取り、そのあと、どん、と大きな音が鳴った。
ドラムの音が、腹の底に響いた。ジャカジャカというギター、ボンボンと低い音で鳴っているのは、ベースだろうか。
音楽に詳しくない洸太には、それがどういう音楽なのか、うまいのか下手なのかもよくわからなかった。ただ、その音の圧倒的な迫力に、呆然とするしかなかった。
やがて、その音にすっと声が乗った。
ボーカルが、歌い出したのだ。半分目を閉じて、マイクを両手で挟むようにしている。
そうだ、これだ。
音の迫力に負けそうになっていた洸太は、やっと少し気を取り直して、身を乗り出した。
もちろん洸太だって、CDを聴くことはあるし、テレビの歌番組を見ないこともない。が、それほど音楽に興味はなく、だいたいがバイトが忙しくて、テレビもあまり見ない。
楽器の音に負けないくらい、ボーカルの声はよく通った。ドラムやギターの音をかいくぐって、座って聞いている洸太の耳に届く。
歌自体は知らない歌だったので、ただ聞くしかないという感じだった。それでも、自分の好きな女の子が自分ではない相手に恋しているのを応援する、というような内容はわかった。
と、急に演奏が止まった。ドラムの男がテンポがどうのこうのという話をし始めた。ギターの男が、これくらいかというように弦をはじいた。拍子をとるようにドラムの男がスティックを打ち合わせた。そうして、途中から演奏が再開される。
また、途中で音が止まり、今度はどこかの入りがなんとかかんとか、とベースの男が言い始めた。しばらくあーだこーだと言い合って、それから、また演奏が始まった。
練習はその繰り返しのようだった。
そんな様子をやじ馬気分で見ているのはおもしろかった。そして、やっぱりボーカルの声は耳に残る、と思った。
記憶はなんとなくそのあたりで途切れている。たぶん、バイトの時間が来てスタジオを出てきたんじゃないかという気がする。
もう何年も、思い出したことのなかった記憶だった。
パイプいすを広げようとしていた洸太は、あわててそれを拾い上げた。
「ごめん、なんか落とした」
そういってから、しげしげと手のものを見る。カセットテープだった。
「なにこれ。今どきこんなの使ってんの?」
「意外に使えるんだよ。ちょっと録音したいときとか、人に渡すときとか。そのへんに適当に置いといて」
そう言ったのは、誰だったか。
小さなスタジオの中は、いろんな機材がごちゃごちゃと並んでいた。奥にはドラムセット、もう少しこっち側にはキーボードのスタンドもあった。機材や楽器の谷間で、男たちが、なにやらうごめいている。
ギターを抱えたまま床に座り込んでなにかの機械をいじっていたり、ドラムスティックをジャグリングのように放り投げていたり、マイクをバトンのようにくるくると回そうとして取り落としていたり。そのせいで、スタジオの中はよけい狭苦しい感じがした。
洸太は今度は気を付けながらそっとパイプいすに腰を下ろして、演奏の準備をしているのか遊んでいるのかよくわからない彼らの様子を見ていた。狭いので、洸太のすぐ近くにも、予備のスタンドやなにかの機材やらが置いてある。
そのうち、準備が整ったのだろう、おのおのがそれぞれの位置についた。キーボードのスタンドはいつの間にか片づけられていて、ドラムとギター、ベース、それにボーカルの四人の頭が、楽器と機材の間にひょこひょこしていた。
ドラムの男が、手のスティックでカツカツとリズムを取り、そのあと、どん、と大きな音が鳴った。
ドラムの音が、腹の底に響いた。ジャカジャカというギター、ボンボンと低い音で鳴っているのは、ベースだろうか。
音楽に詳しくない洸太には、それがどういう音楽なのか、うまいのか下手なのかもよくわからなかった。ただ、その音の圧倒的な迫力に、呆然とするしかなかった。
やがて、その音にすっと声が乗った。
ボーカルが、歌い出したのだ。半分目を閉じて、マイクを両手で挟むようにしている。
そうだ、これだ。
音の迫力に負けそうになっていた洸太は、やっと少し気を取り直して、身を乗り出した。
もちろん洸太だって、CDを聴くことはあるし、テレビの歌番組を見ないこともない。が、それほど音楽に興味はなく、だいたいがバイトが忙しくて、テレビもあまり見ない。
楽器の音に負けないくらい、ボーカルの声はよく通った。ドラムやギターの音をかいくぐって、座って聞いている洸太の耳に届く。
歌自体は知らない歌だったので、ただ聞くしかないという感じだった。それでも、自分の好きな女の子が自分ではない相手に恋しているのを応援する、というような内容はわかった。
と、急に演奏が止まった。ドラムの男がテンポがどうのこうのという話をし始めた。ギターの男が、これくらいかというように弦をはじいた。拍子をとるようにドラムの男がスティックを打ち合わせた。そうして、途中から演奏が再開される。
また、途中で音が止まり、今度はどこかの入りがなんとかかんとか、とベースの男が言い始めた。しばらくあーだこーだと言い合って、それから、また演奏が始まった。
練習はその繰り返しのようだった。
そんな様子をやじ馬気分で見ているのはおもしろかった。そして、やっぱりボーカルの声は耳に残る、と思った。
記憶はなんとなくそのあたりで途切れている。たぶん、バイトの時間が来てスタジオを出てきたんじゃないかという気がする。
もう何年も、思い出したことのなかった記憶だった。