第4話

文字数 1,890文字

「カルビと、タン、塩で。それと、肩ロース。豚トロ、あとは?」
 俊哉がメニューから顔を上げたので、洸太は晴美に「どう?」と目で聞いた。
「あ、いいよ、それくらいで」
 晴美は笑ってうなずく。
 俊哉がさらにいくつか頼んで、やっとメニューを置いた。
「そんなに食べんの? 大丈夫?」
「これくらい全然普通。お前だって食べるんだろ」
「そりゃそうだけど」
 大学時代にラグビーをやっていた俊哉は、当時からでかい体をしていたが、数年ぶりに見ると、なんだかやたら貫録を増している感じがした。
「いいけどさ、腹、出るぞ」
「うるさいな、これくらい平気だって。ねえ、岸さん」
 なれなれしく晴美に声をかけ、にいと笑う。晴美は、ちょっとおもしろそうに笑って、「そうねえ」などと言っている。
「お前にこんな美人な彼女がいたなんて、おどろき」
 先に来たビールで乾杯を済ませると、俊哉は大げさな身振りで言った。
「だから、彼女じゃないって言っただろ。岸さんは会社の先輩だって」
「ふうん……」
 にやにやと笑うのが、気に入らない。
 卒表以来ほとんど会っていなかった俊哉に、まだこのメールアドレスで届くのかといぶかりながら連絡を取ってみたら、あっという間に焼き肉屋で会うことになった。晴美にも一緒に来てほしいと頼んだのは、自分よりも晴美のほうが、真史のことを知りたがっていると思ったからだ。千波に真史のカセットテープを聞かせて、洸太はそれでもう十分だと思っていたが、晴美の方はそうでもないらしい。
「でも、お前、あいつらがデビューした時、よかったなあって言ってたじゃん」
「え、そうだっけ?」
 考えてみるが、どうも記憶にない。
 目の前の網でおいしそうな音を立てて焼けていく肉を、俊哉はぽいぽいと口に放り込んでは、「うまい」とうなっている。
「岸さんも、さあ、食べて食べて」
 俊哉が晴美のあいた皿に肉を取り分けると、晴美は、「ありがとう、自分でとるから大丈夫だよ」とうなずく。
「今どうしてるか、知ってる?」
 ちょっと俊哉は動きを止め、それから少し低い声になった。
「だって、何年か前に、解散しただろ?」
 うなずくと、知ってたか、とつぶやいた。
「なんで解散したんだろう」
「さあねえ。でもまあ、そりゃいろいろ考えるところがあったんじゃねえの。いつまでやってけるもんかわかんないし。ずっと売れる保証もないし。しんどかったりするだろうし」
「連絡先って、知ってる?」
 晴美に目で促されて、洸太は聞いた。
「え、お前知らないの? ほんとに全然連絡してないの? 真史と仲よかったのに」
「そうなんだけど、全然連絡してないんだよ」
「まあ、そんなもんかもな」
 うーん、と俊哉はちょっと考え込む。
 白いシャツの背中が大きくカーブを描いていて、そこになんとなく、卒業してからの七年という時間を見た気がした。今は、食品会社で営業主任をしているという。営業なんて、俊哉のほうが洸太よりずっと向いているなあと思う。だから、主任という肩書もあるのだろう。すっかり着慣れた感じのシャツに、俊哉の仕事ぶりを見る気がした。
 調子のよいしゃべりは相変わらずで、晴美にもあれこれ話しかけている。晴美は楽しそうに笑い、焼肉をつつきながら、俊哉のおもしろおかしく脚色した話に耳を傾けているようだ。
 バンドのことはさすがによく覚えているなあと思う。確かに言われてみれば、デビューしたと聞いてよかったなと思ったような気はする。しかし俊哉とそんな話をしたというのは、もう覚えていなかった。
 解散していたというのは長谷川に聞いて、ネットでも見ていたので、今日改めておどろくということはないが、それならますます、今、なにをしているのだろうと思う。真史も、陽介も。
 晴美の言うとおりだなあ、と少し思った。
もやもやしたままだと、気になる。はっきりしないと、知りたくなる。
 あんなに東京でバンドをやりたいと言っていたのに、どうして解散したんだろう。
 もう、やっていないのだろうか。
 今、どうしているのだろう。
 店を出る前に、俊哉は心当たりを当たってみる、と言った。
「もしわかったらどうするんだ? 会うのか?」
 そう聞かれて、少し言葉に詰まった。
「そうだな……。会えそうなら会ってもいいかもな」
 あいまいな返事しかできなかった。
「まあ、なんかわかったら連絡するわ」
 歩いていく俊哉を、晴美と並んで見送った。
「おもしろい人だったねえ」
「相変わらず口は達者だったな」
「なんかわかるといいね」
「わかったら、どうするんだ?」
「え、そんなの……」
 当たり前でしょ、と言って晴美は歩き出し、洸太はあわてて後を追いかけた。
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