第5話

文字数 1,038文字

 最初から、真史は洸太なんかと同じところにはいなかった。もっと全然ちがう、高い場所にいたのだ。それなのに、仲間とか友達のように思っていた自分が、なんだかばかみたいだった。デビューするならすればいい、東京でもどこでも行けばいい。それとも、バンドをもうやめるのならそれでもいい。おれはもう知らない。そう思った。
 真史と最後に話したときのことを、洸太は何度も思い出していた。
 悪いことを言ったという気も、しないではなかった。つい、八つ当たりしてしまったのだと思う。でも、いまさら謝る機会もないし、そんな勇気もなかった。もうこれで、終わりなのかもしれない。
 そんなことを思いながら、足は、真史たちのバンドが地元でやる最後のライブに、向かっていた。
「バン」となにかが破裂しそうな迫力で、ライブは始まった。小さなライブハウスはぎゅうぎゅうの人で、師走だというのに暑い。後ろのほうで壁に押し付けられながら、洸太は熱気を帯びた人のすきまから、ときどき頭や手の端っこが見えるだけの、真史の姿を見つめていた。その声に食いつくように、耳に集中して。
「来年は、もしかしたら別の場所で会えるかもしれません」
 真史の言葉に、ええーーー! という女の子たちの悲鳴のような声。メジャーデビューが本当に決まったのだろうか。それなら、家族と話をしたんだな、と思った
「でも、一生懸命やるのはどこでも同じなので、みんなの応援が僕らのエネルギーです」
 真面目な真史の声が続く。
 そして、次の曲が始まる。
 真史の歌は、いつにもましてパワフルで、熱かった。観客も、これが身近で見られる最後のライブだからか、いつも以上に熱狂していた。その波に押され、同じように手を振ったりしながら、洸太の頭の中は妙に冷めていた。
 勝手にしろ、と思っていた。
 本当は、自分が勝手にそう思っていただけだった。洸太のただの思い込みだった。所詮、自分とは縁のないやつだったんだと、手を振りながら頭の中で思考がぐるぐるとしていた。
 大きな歓声、拍手、つき上げられた手、手、手。無数の腕が波のように、同じリズムで左右に揺れている。
 このときの真史が、洸太には見納めだった。
 切れ切れの、頭や、腕が。
 ライブの後にいつものぞく楽屋には、結局顔を出さず、そのまま、母の入院している病院に向かった。
 真史の歌が、好きだった。好きだったから、もう聞きたくなかった。
 それは、白い部屋で日に日にやつれていく母とは、あまりにも対極にあったせいだったのかもしれない。
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