神は最悪の存在

文字数 3,872文字

――tenma:

この俺はCIAにも監視されている。いや、おそらくこの俺は、全世界の機関から監視されているのだと考えて間違いない。俺が流石すぎるのは仕方ない。

――Danz:

tenma神の思考もついに来るところまで来ましたねwwwwww

――半蔵:

数日前にログインしたときは、金融システム構築中だとか抜かしてただろwwwそれが何でCIAwwwww

――tenma:

CIAの大軍が突然押しかけてきたのだよ。だが俺のほうが強い。危うく俺の副官が、調査しにやってきたCIAの連中を皆殺しにしかねない勢いだったのでな、猛烈な優しさを発揮したこの俺は、副官の敵殲滅スキルの発動を抑えてやったのだ。

――半蔵

美人大佐強スwwwwwwww

――リヴ:

もう何がなんだかwwwwwwwwwwwwww

――今井:

次は火星人の襲来だよね絶対w

――tenma:

CIAの連中は、俺の優しさに感謝した。神が発揮する隣人愛は並じゃない。だがそのおかげで、俺はホワイトハウスにさえ命令できる力を手に入れたと言えるだろう。

――IORI:

CIAとホワイトハウスの話繋がってねえこのやろうwwwwww

――半蔵:

もしやこの世界はtenmaが支配していた?

――Danz:

知ってましたw<tenmaが世界支配w

 そんなやり取りをしていると、コンコン、とノックが鳴った。

――tenma:

む?

このノック間のタイムラグは副官のものだろう。コンマ何秒の時間間隔さえ見極める俺はやはりすごい。

――半蔵:

美人大佐キタ――(゚∀゚)――!!

――リヴ:

大佐はもう銃弾とかかわせる設定だよね?wwwwwwwww

 天馬はまだ声を掛けていなかったが、大統領執務室の扉がカチャリと開き、エリカが顔をのぞかせる。
ネトゲ中? ちょっと話したいの。
急用では……なさそうだな?
ネトゲより急用だとは思うけど。
 声音に切迫感がないことから、『ファウストオンライン』より急用かどうかは微妙なところだ。しかし戦闘中ならまだしも、今はギルドハウスで駄弁っているだけだったので、軽くエリカの話を確認するのを優先させようと天馬は判断した。

――tenma:

副官が折り入って話があるそうだ。俺は去る。

 ギルメンたちの挨拶も聞かず、天馬はさっさとログアウトした。

 エリカがリクライニングチェアの横に立って見下ろしてくる。

ちょっと難しい話なんだよね。
ふむ。話を聞いてやる。
どこから話せばいいのかしら……。
話を整理してきたわけじゃないのか?
どこまでの範囲で、どんな風に天馬に伝えたらいいのかどうか、私にも半ばわからなくなりかけているのよね……。
 エリカのその悩みは、ロシアに軸足をおくべきか、それとも帝国に軸足をおくべきかの葛藤であることが天馬にもわかった。少し前までなら、エリカはこんな悩みを抱くことすらありえなかったであろう。なぜなら大前提としてロシアに軸足があったからだ。それが今ではその気持ちを定められなくなり、迷いが生じているということだ。
FSBから新しい司令でも舞い降りたのか?
プーチン大統領と会話したの。大統領はアスタリアの成り行きに並々ならぬ関心を寄せていて……。
アメリカを泥沼に引きずり込んでおきたい、だからこそ俺とアメリカが結託するようなイベントを発生させるな……という話だな?
察しの通りよ。

大統領は……やってきたCIAの3人を、なぜ私が殺さなかったのか、とまで言ったわ。

フッ、そのようなプーチンの戯言を真に受けるエリカではあるまい。交渉が成り立たない相手を殺しまくっていれば、誰にも政治などはできん。プーチンは一見コワモテのようでいて、有利な妥協を引き出せる可能性がわずかでもあれば、交渉し続ける政治家だよ。
CIA3人の殺害って話は、そりゃ私だってあくまで例え話として受け止めたけど……あんまりロシアの内奥を舐めないほうがいい。FSBは荒っぽく見えるけど、これでもちゃんと理屈で行動しているから紳士的なほうなのよ。もしGRUなんか出てきたら、もう交渉前にいきなり爆殺って世界になるわ。
プーチンは、俺の殺害にも触れた……な?
……。
 沈黙は、常に「応」だ。
プーチンにとって、俺がアスタリアを統治し、勢力範囲を拡大させたり、内戦を激化させたりすることは、この上もなく好都合だろう。この役割を俺が満たす限りにおいて、いくらでも協力や援助をしたいと考えるはずだ。しかしその目的は、アメリカをここオーレスに縛り付け、アリ地獄に引きずり込むことにある。
……そうね……。
それゆえに、ひとたび俺がアメリカとの政治的妥協を成立させ、俺のオーレス支配と引き換えに、アメリカの撤退を支援するようなことになれば……一転してロシアにとっては不都合なシナリオに変化してしまう。

あらゆる外交とは、常に紙一重のところにあるという興味深い実例だな。

ロシアがオーレスの独立運動を支援しているのは、あくまで対アメリカを見据えてのことよ。それ以上でもそれ以下でもない。
アスタリアが苦しみ続けることが、プーチンのシナリオには織り込まれているということだ。そしてアスタリアが苦しみから脱すれば、用済みというわけだな。
天馬には、できるだけ私の気持ちを正直に伝えておきたいの。私には、どうすればいいかわからない。
フフフ、だからエリカには独創的な判断は出来ぬと常々言っているのだ。誰かに命じられて動くことが身に染みているのだろう。
大多数の人はそうなんじゃないの? 誰だって、天馬みたいに強くは生きられないのよ。
単純な話だ。俺は、自分がこれから創造していく新しい地球文明にしか興味を持たない。愚民どもは日々の雑事にばかり興味の対象が向いてしまうから、脆く無惨な存在なのだよ。神と奴隷では、どだい同じ次元には立てん。
その奴隷の私では、ますます迷いが深まるばかり。
俺はエリカに、何も考えず俺に付いてこいと伝えたはずだ。惑うだけなら、思考は放棄してしまえ。
そうすれば、世界のすべてを私に見せてくれるのよね。
そうだ。あまねく人間社会に渦巻く輪廻、そしてこれから俺が形作る新しい地平――そのすべてをだ。
しょせん私は女だからね……。目線は目の前のことでいっぱいよ。天馬みたいに、遥か先の未来なんて正直よくわからないの。
 気丈なエリカが弱音を見せてくれるのは、珍しい。それだけ本音で接してくれているということなのだろう。
遥か先の未来じゃない。

すぐそこに迫っている明日の話だ。

…………。
エリカがその世界に興味を持つかどうか、それはエリカが決めることだ。俺の副官として新しい世界創造に参加するのか、それとも犬として生きるのか……。
ずいぶん重い決断を私にさせるのね。
何を言う。事はエリカ自身のことだ。
私はしょせん愚民の側よ。だったら、決断は天馬にしてほしい。
FSBの工作員が愚民の側だというのなら、人間存在がもう愚民だらけだな。神として、人間など地上から抹殺したほうがいいやもしれん。
本当にそうかもね。誅殺される側のちっぽけな私には、ロシアを裏切ることなんてできないわ……。
裏切る、裏切らないという二元論で世界が成立しているわけではない。その中間にも、無数の選択肢や状況の変化があるはずだ。
バカな私に教えてほしい。たとえばどんなシナリオが考えられる?
ならば俺からプーチンに提案したい事柄がある。アメリカを追い払い、この俺がオーレス共和国の統一を成し遂げた暁には、上海協力機構へ加盟する用意がある。ロシアとも、密接な軍事同盟に発展させても構わない。
それってどういうこと……? 結局、アメリカと対立しても構わないの?
表向き、アメリカとは激しく対立を激化させるシナリオを俺は描いている。アメリカから、再びオーレスが『テロ支援国家認定』を受けてもいい。だが裏では密に結託し、アメリカが描くシナリオともすり合わせて悪役を買って出てやろうと考えている。それゆえに我が帝国にとって、堂々とロシアとの軍事同盟を締結することには何ら問題がない。中央アジアの要衝にロシアの軍事拠点を築けると想定すれば、ロシアにとってそれほど悪いシナリオではないはずだ。
国際政治にとって最悪の存在って感じの陰謀家ね。
政治はすべからく陰謀だ。そして国際政治における偉大な政治家は、すべからく最悪の存在でなくてはならん。この俺は神だけに、最悪を極めることもまた仕方がないのだ。
私なんかにその手伝いができるのかしら……?
エリカは俺の副官だ。今までも、そしてこれからもそうだ。
私は強くないから、いつも天馬に『俺に付いてこい』って言って聞かせてほしい。
本当にどうしたのだ? 今日は妙に弱音を見せるものだな。
ちっぽけな人間だからね。

天馬みたいに、神にはなれない。

ならば、黙って俺に付いてこい。
うん、努力してみる……。

 エリカは自信なさげに口にして、自分の言葉をかみしめるように目を閉じた。

 アメリカとの接近は悪い状況ではないが、反面でロシアの不信感を増幅させてしまう。かといってロシアにおもねれば、オーレス統一の前にアメリカ軍が立ちはだかってくることになる。地球統一の前には、いずれアメリカともロシアとも対決することはやむを得ないものの、今はまだ時ではない。

 双方のバランスを上手く取れるほど、両国ともに甘い存在ではなかった。うごめく国際政治の綱引きのなかで、いずれにせよ最終的に事を決するのは、権力者たちの決断になってくる。それゆえまずオーレス統一にとってのベストシナリオを最優先しつつ、国際関係のバランスについては臨機応変な対応をしていくしかないであろう。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不動天馬(ふどうてんま)

40歳ニートだが、自分を神だと主張して憚らない。引きこもり歴は実に25年にも及ぶ。近所のコンビニがライフライン。

エリカ・マリシェヴァ

25歳。ロシア連邦保安庁(FSB)の情報工作担当官。日本人とロシア人のハーフで、日本語に精通していたため、東京より呼び戻される。

イヴァ・クリチコ

15歳。アスタリア人を率いる族長。しかし亡き父を継がざるをえなかっただけであり、祖父である長老が実質的に部族を仕切っている。

プルト・カシモフ

32歳。前族長の副官として部隊を率いていた。14歳で従軍して以来、アスタリアの全戦闘に従軍してきた歴戦の兵士。天馬に反旗を翻す。

ライザ・フローレンス

24歳。世界最大級のリベラル系メディアCNMの報道特派員。無名の天馬に狙いを定めて取材を申し入れてくるが……?

ロスティスラフ・プーチン

64歳。ロシア連邦大統領。元KGBのエージェント出身であり、国際政治に多大な影響力を持っている大政治家。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色