神へのプレゼント

文字数 4,532文字

 ザリスの監視台を見上げる入り口付近。

 天然の要害に作られた小さな砦は、その三角形の壁面の二方面が切り立った崖となっていた。そして残りの一方面に入り口があるが、そこは高台になっており、外からでは入り口を見上げる格好だった。

 その入り口付近の平野には、40台もの軍用トラックが整然と並べられていた。

 アスタリア側の主要人物が勢揃いしている前で、ライザが両手を広げて笑顔で言う。

プレゼントフォー・ユー、大統領!
こんなにくれるのか? しかもタダで……?
プラトよ、タダより高いものはないと心得ておけ。ツケは常に高く付くものだ。
アメリカってすごいんですね……。こんなに気前がいいなんて……。

 ロシアと比べればアメリカのほうが圧倒的にモノが溢れているのは間違いないし、いざ情報工作となれば金に糸目は付けないだろう。だがロシアの細々とした援助とそのまま比較するのもフェアとはいえない。第一、アメリカは首都オーレスに駐在していて、紛争地域さえ避ければ、ここまで堂々と車列を組んで大量の荷物を搬送することが可能だ。空輸もできる。少なくともすぐ先のイーリス基地までは政府軍の補給ルートが点と線をつなぐように伸びていたから、危険なルートはとくにない。また相手が政府軍ならともかく、アメリカ軍にわざわざ好んで戦闘行動を吹っ掛けるなど、土着の特殊な宗教勢力や自爆テロリストの類だろう。

 一方のロシアは、かなりの遠距離を移動せねばならず、なおかつ秘密裏に国境を越えねばならないという事情もあるから、こちらが望むようなモノを運び込むまでに時間がかかる。さらにはロシアは多方面の反政府勢力に援助しているわけだから、アメリカのように一点豪華主義と違い、どうしても提供してくる補給物資が乏しくなりがちだった。

実際には、どうせ廃棄処分も予定していたようなものばかりよ。本国には持ち帰らないからね。何もなければ現オーレス共和国政府に供与していたものだけど。
プラトは親衛隊を組織し、今日中にこれら供与された武装を倉庫へと運び込め。すぐに実戦使用が想定されそうなものは、各所への配備を完了させよ。それから、今回特別に依頼した開発機器類がまとまっているコンテナがあるはずだ。それは大統領官邸の庭に並べておけ。明日から開発に入らねばならん。
畏まりました大統領!
缶詰や軍用の携帯食品も大量にあるので、これは私のほうで担当しますね。官邸に一部は保管しますけど、入りきらないので、街の各家でも保存してもらおうかと思います。周辺の集落にも分けて回ります。
 イヴァもそう言って、プラトに続いてトラックへと向かった。
依頼していた開発機器類に漏れはないか?
オートパイロットやフライトコントローラー、各種センサー、ガソリンエンジンとかよね? 軍のチェックを通したから大丈夫よ。乱暴なCIAよりもずっとしっかりしてるから。とりあえず今回は100セットよ。
100か……。

もっと送れないのか? できれば1000は欲しいところだが。

これって、天馬が情報世界で知られるキッカケになった家庭でできる弾道ミサイルの材料ということでいいのかしら?
そうだ。
本当にこんな、ラジコンヘリとかに使われていそうな簡易的なものでミサイルなんか作れるのかしら。
神だけに、作れてしまうのは仕方ない。
だいたいミサイルにガソリンエンジンなんかでいいの?
開発コストと、実際の組み立ての問題だ。通常のミサイルに正式採用されているロケット燃料やジェット燃料を用いるものなら、本格的な開発工場が必要になってくる。だが安っぽいエンジンを用いるからこそのDIYというものだ。こんなエンジンでも、無弾頭の状態なら優に3時間は飛行してくれる。ドローンなどと違って速度も出るぞ。おおよそ400キロは見込める。ということは、1200キロメートルが我が帝国の攻撃射程範囲内ということだ。
400キロだと撃ち落すことは難しくなさそうね?
ならば俺が同時に発射する1万発の弾道ミサイルを残さず撃ち落してみろ。
まぁたしかにこれで飽和攻撃されたら……。こんなに安く大量に、ロクな製造設備もなしで弾道ミサイルが投入されてくる時代になると……きっと世界の姿がガラリと変わるわ。
無人兵器が飛び交う時代になるとまったく別世界になるに違いないが、そういう最新兵器を持てるのは一部の主要先進国だけだと考えられてきた。だが俺が提供していく無人兵器類が、プーチンの言葉を借りれば、貧者でもアメリカにも対抗していける時代をもたらすことになろう。その気になれば、一般家庭でも政府に対抗できる軍事力を保有することすら可能だ。
恐ろしく世界の軍事バランスが変化するかも……。
だからこそトランプが自国優先主義を掲げ、他国への軍事介入を狭めようとしていることは、実はアメリカにとって悪い政策ではない。引きこもっておき、他所で飛び交うミサイルや無人兵器にそっぽを向いておくのが賢明というものだろう。もっとも、軍産複合体はそれでは商売あがったりだろうがな。
1000はなるべく早く手配するけど、求められるパーツが多くて、すぐには揃わないかもしれない。
個別のパーツだけ1000届けられても意味がない。ワンパッケージで提供せよ。
提供してもらう立場なのに、相変わらず偉そうね!
神だからな。
 ふう、と息を吐いたライザは、黙して天馬の後ろに控えていたエリカに視線を向ける。
ねぇFSBの美人スパイさん。ちょっと交渉いいかしら?
買収なら鉛玉をお返しするわよ?
そうじゃないわ。互いに現場同士、妥協し合わない? そのほうが仕事もやりやすいはずよ。お互い方針は違うだろうけど、それは上のほうが考えること。現場は現場で上手く調整していかないと、殺し合いにだってなりかねない。
そりゃ私だって無意味に敵対して回りたいわけじゃないけれど、CIAみたいに生ぬるい所帯とは違うのよ。方針は絶対。これは変わらない。
残念ね。

同じ業界に生きる者同士、私たちは良い友達になれると思うんだけど?

 そんなライザの言葉には直接答えず、エリカは口にする。
天馬から聞いたけど、先週はラングレーから『ファウストオンライン』にアクセスしていたようね。そして今週はこっち? CNMの仕事を放り出して、こんなところでうつつを抜かしていていいのかしら?
大統領はこのミッションを重視しているから、私はしばらく首都オーレスに駐在するアメリカ軍内の報道機関宿舎に居座って、この件を担当して報告することになる。これはCNM特派員の仕事でもあるし、CIAの仕事でもあるし、私にとっては丸っと一つの仕事なの。どっちの仕事も大好きよ。
そう言い切れるあなたが羨ましい。私もこの仕事はとても貴重で興味深いと思うけど、好きかどうかと問われるとわからなくなる。
その気持ちはわからないわけじゃない。工作対象に対し、友情、尊敬、愛情、義理、義務感……そういったものを強く抱けば抱くようになるほど、この仕事は辛いものになる可能性がある。とくに、本国との方針が折り合わないものになればなるほどね。
…………。
天馬へのそうした何かが芽生えているんでしょう。私だって天馬を工作対象にしていたら、色々感じるところがあったはず。こんなターゲットは未だかつて見たことがない。この前の取材で一緒に同行した2人のCIA要員も、私とまったく同じ気持ちを抱いていたわ。
フッ、当たり前だ。神を見たことがある人間などそうそうおるまい。この俺のカリスマはあらゆる万物を飲み込んでしまう。仕方がないのだ。
 天馬がそう言って鼻を鳴らすと、ライザとエリカは顔を見合わせて互いに笑いをかみしめた。
どうやら、あなたのほうが熟練兵みたいね。
それは違うと思う。この仕事をやっていても、自分のことだけはなかなか冷静に見られないものよ。私とあなたがもし逆の立場だったら、あなたが私に同じように指摘してきたことなんじゃないかしら。
アドバイスありがとう、感謝する。私のことはエリカでいいわ。
じゃあ私のほうはライザと呼んで頂戴。

せっかくだから聞いておきたいんだけど……天馬とアメリカのマッチポンプの話はどこまで聞いているのかしら?

天馬がどこまで私に話したのか、私のほうは判断するすべを持たないんだけど……。
すべて伝達済みだ。

副官とは、すべての情報を共有する。神の副官とはそういうものだからな。

であれば、ロシア側のほうは望まないシナリオになってしまうんじゃないかしらね?
私には判断しかねる。

明日、この件の工作活動の状況について、プーチン大統領と直接話し合うことになっているんだけど……。

 FSBのそうした予定までCIAの前で伝えてくるということは、エリカもライザに対して一定程度の信頼を感じたということなのだろう。
プーチン大統領が直接……?

ロシア側のほうも並々ならぬ関心を寄せている案件ということね。だったら尚更、なかなか引き下がれないものかも。

中長期的にみれば、ロシアも、アメリカ現政権とは裏側で手を握り合っていたほうが有用なことは間違いない。プーチンとアメリカの現政権の目的は、実のところかなりの程度まで一致させることができる。
そうなの……? なかなか一致点は見いだせないと思うんだけど……。
アメリカ現政権は、今までのアメリカの政策の方針を踏襲していない点は重要だ。大統領であるトランプは、ひそかに、今までアメリカを隠然と支配してきた軍産複合体に対して決別を図ろうと試みていると俺は想定している。ロシアとの激しい対決姿勢を示しているのはアメリカ軍産複合体であって、その影響力を排除してしまいたいと考えるトランプは、決してロシアの敵ではない。むしろプーチンは、トランプを背後で支援すべきだろう。
でも、そんなアメリカ国内の駆け引きのなかで、軍産複合体が排除されるとは限らない。まだまだ予断を許さない状況だと思うわ。
トランプ大統領はとにかく派手好きで、一見何を考えているかわからないみたいな報道がなされている。CNMだって生粋の報道関係者たちは事あるごとにトランプ大統領を叩いてるわ。そうした状況が目くらましになって、トランプ大統領の真の目的を覆い隠している。もし軍産複合体がトランプ大統領の狙いを確信するようなことがあれば、またアメリカ大統領が暗殺という事態になっても不思議じゃないわね。
なるほど、アメリカ現政権となら手を握り合うべきっていう話は一定程度の理解をしたけれど……暗殺されでもしてトランプのほうが排除されたら元も子もない。あるいはもっと可能性が高いのは、不利と見たトランプがさっさと諦めて軍産複合体と妥協してしまうかもしれない。プーチン大統領がどう判断するかは、私にはわからないわ。
この不動天馬が、『ロシアはアメリカ現政権と裏側で結託しろ』と助言していたと、プーチンに伝えよ。そのほうがロシアにとってメリットがあるのは確実だ。自身の味方の足を引っ張ろうとするのは止めたほうがいい。
天馬の助言なんて確実に重視はしてくれないだろうけど、伝えてはみましょう。話の筋立ては理解できるしね。
 エリカはうなずき、天馬の方針をロシア側に呑ませるよう努めることに同意したのだった。
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登場人物紹介

不動天馬(ふどうてんま)

40歳ニートだが、自分を神だと主張して憚らない。引きこもり歴は実に25年にも及ぶ。近所のコンビニがライフライン。

エリカ・マリシェヴァ

25歳。ロシア連邦保安庁(FSB)の情報工作担当官。日本人とロシア人のハーフで、日本語に精通していたため、東京より呼び戻される。

イヴァ・クリチコ

15歳。アスタリア人を率いる族長。しかし亡き父を継がざるをえなかっただけであり、祖父である長老が実質的に部族を仕切っている。

プルト・カシモフ

32歳。前族長の副官として部隊を率いていた。14歳で従軍して以来、アスタリアの全戦闘に従軍してきた歴戦の兵士。天馬に反旗を翻す。

ライザ・フローレンス

24歳。世界最大級のリベラル系メディアCNMの報道特派員。無名の天馬に狙いを定めて取材を申し入れてくるが……?

ロスティスラフ・プーチン

64歳。ロシア連邦大統領。元KGBのエージェント出身であり、国際政治に多大な影響力を持っている大政治家。

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