神の取引
文字数 7,476文字
見下ろすようにして立っているスーツの男が、ちょうど天馬をのぞき込んでいるところだった。
天馬は半身を起こし、その男と視線を合わせる。
プーチンはしげしげと天馬を見やり、小さくうなずいた。
天馬はまじまじとあたりを見渡す。部屋は医務室のようだった。医務室には自分とプーチン、そしてドアの近くにはスーツに身を包む女性が控えていた。若くて美形の女性だが、警戒した様子でこちらを注意深く監視している。護衛だろう。
天馬は声を絞り出す。
プーチン自らが、ベッド脇に置いてあった水差しを差し出してきた。
喉がカラカラだった。プーチンは気が利く男らしい。
プーチンは英語で話しかけてきていた。プーチンはロシア語、英語、ドイツ語がどれもネイティブだと言われている。わざわざ天馬がすぐ理解できる言葉を選んで使ってくれているのだ。
天馬は奪うように水差しを取り、ごくごくと喉に流し込んだ。
プーチンは医療用のラウンドチェアを引き寄せ、そこに腰を下ろした。
言い聞かせるようにプーチンは強い語調で言った。
天馬は眉をひそめる。
プーチンはニヤリとほくそ笑んだ。
コンビニに出かけたとき、家の近くに停まっていたバンのドアが突然開き、天馬に暴行を加えてきたことまでは記憶している。自分の能力を考えれば、かなり早い段階でこのような事態に陥る可能性もあるだろうと、早くも10代の時分から身構えていた。しかし天馬の予想に反し、なかなかそのような事件が発生しなかったので、身構える意識も忘れかけていた頃合いだったのだ。ようやく機会が巡って来たのかもしれない――。
天馬は高飛車に言い放つ。
不動天馬
・IQ測定不能とされる歴史上最高の天才。
・途方もない知能の高さのため、異次元の男と言われる。
・一度見たものをすべて記憶することができる。
・5歳のころには、分厚い電話帳を完全に記憶してみせた。
・6歳のころには、古典版『源氏物語』を読み切った。
・7歳のころには、ラテン語版『ガリア戦記』を読みこなした。
・8歳で『ツァラトゥストラはかく語りき』に触れ、その思想を隅々まで理解した。
・9歳のころに受けた知能指数検査『スタンフォード・ビネー知能尺度第4版』において、人類史上初の『測定不能』をマークした。
・10歳で相対性理論を完全マスター。
・11歳の頃には『量子力学の数学的基礎』を読破した。
・数学者(※父親)が半年間の苦心のすえにようやく解いた問題を、不動大樹は脳内だけで一瞬で解いた。
・ミレニアム懸賞問題7つのうち、未解決6つについても思考し、すべての問いに対してわずか2週間で答えに行きついた。ただし論文は未発表。
・あまりにも人間離れした思考のために、人間ではないと疑われている。
だから、断じるのは間違いだ。
しかもモスクワ市民の100倍といえば聞こえはいいが、あまりに値切りすぎで笑いも出てこない。ゴーカルからの年俸の提示額は、年50億円だったのだぞ。それでもこの俺は断った。当然だが。
そう言って、プーチンはニヤリと笑った。
天馬もほくそ笑む。
天馬は当然のごとく言い放った。
プーチンは後ろを振り向き、護衛と思しき女性に声を掛ける。
エリカは眉間にしわを寄せ、ムッとした表情で無視を決め込んだようだった。
代わりにプーチンが応じてくる。
当然のように天馬は断言した。
絞りだすようなトーンで、懇願するようにエリカが口を開く。
傲岸不遜に天馬は言い放った。
エリカは激しい屈辱に打ちのめされたのか、プルプル震えていたのだった。
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