神の外交
文字数 2,337文字
戦闘では官邸までロシア軍は到達しなかったし、爆破対象ではなかったため、官邸はしっかり残っていた。だが北側の街のほぼすべてが爆破しつくされており、その住民たちは臨時のアメリカ軍製の大きなテントで暮らすか、別のアスタリア人の集落にひと時の家を求めるか、開放されていた官邸の大広間や廊下に寝泊まりするかのいずれかを選択していたのだった。アメリカ軍製のテントは居心地は悪くなく、大半の住人は仮住まいとしてそれを選択していたが、一部の住人は官邸に寝泊まりし、廊下にも私物を積み上げたりしていた。
天馬は相変わらず官邸1Fの奥の物置を大統領執務室として暮らしており、そこからいつもの『ファウストオンライン』にログインしていたのだった。
――半蔵:
連日テレビでtenmaの姿を見かけない日はないんだが……これってtenmaじゃないよな?
――リヴ:
日本人が独裁者だったみたいな報道がすごいんだけど……。
――tenma:
だから日本などという弱小は国際標準から遠ざかっていくばかりの辺境だな。日本人などという情報はまったくの無意味。メディアのレベルのお里が知れるというものだ。実際、俺のなかではすでに日本国籍などゴミ箱に放り投げている、俺が決める。
――今井:
えーと、とにかくtenmaは中央アジアのテロ組織の首領になってて、全世界を核で脅しつける存在みたいな理解でいいの?
――tenma:
前半は間違いであり、後半は正しい。
この俺は帝国の大統領であり、存在しているだけで全世界を恐怖の奈落に叩き落す恐るべき存在だ。つまり神であろう。それほどの存在が神でなくて、他に何だというのだ?
――Danz:
恐るべき存在ですね色々な意味でww
――IORI:
どこから突っ込めばいいんだこのやろう……。
――リヴ:
実際tenmaって今、瞬間風速的に世界で一番の有名人になってない? 世界中で知らない人ってたぶんいないよ。
――tenma:
自分を支配する神のことを知っておくのは当然だ。ようやく愚民どもも地球の基本原理について、うっすらとした理解を得るようになったということか。頭の悪さには憤激を禁じ得ないものの、哀れな仔羊どもを優しく見守ってやるのも神の務めというものなのだろう。
――半蔵:
ところで、tenmaと一緒にログインしてきたその人はいったい?
――Erica:
神の、というのは気に障るけど、いちおうtenmaの副官なのは確かな情報。私の存在は無視してくれていいわよ。よろしく。
――Danz:
絶賛話題沸騰中の美人大佐が今ここに!?
――Erica:
あー、私のことをどう噂しようが勝手だけど、私がいる前で私のことを話さないでくれる?
――Danz:
か、畏まりました!
鉄壁のエリカの守りには、ギルメンたちも手出しのしようがない様子だった。
そんなやり取りをしていると、ギルドハウスに来客がやってきた。
――liz:
(ハロー。時間通りよ)
――Earthboy:
(いよう。この俺は忙しい。手早く準備しろ)
――Earthboy:
(あいつは遅刻魔で有名だからな。どうしようもねえ野郎だぜ。この俺を見習ったほうがいいな)
――半蔵:
プーチン……? プーチンって……まさかな……。
――リヴ:
何々? プーチンが来るの? だってプーチンってtenmaを誅殺するとか絶対交渉しないとか、何度も映像流されてたよ。違うでしょ。
――putin:
(なんだこのバカげたゲームは。このようなものに現を抜かして現実を無為に過ごすのか? アメリカ人は阿呆揃いのようだな)
――Earthboy:
(なんだよお前……名前そのまんまじゃねーか)
――liz:
(お言葉ですがプーチン大統領、アメリカ製のこのMMOは、全世界で1000万プレイヤーを遥かに超えています。ロシアでもナンバーワンのMMOかと)
――putin:
(ふん。こんなゲームのサーバーはミサイルでも撃ちこんで破壊したほうがロシア人のためになるな。考えておこう)
――Erica:
(プーチン大統領……。この度は申し訳ありませんでした……)
――putin:
(マリシェヴァか? 一時的に命は預けておく。だが、長生きできるとは思わないことだ)
――Erica:
(心得ておきます……)
――半蔵:
お、おう……。
――リヴ:
あっ、はい……。
ギルメンたちは茫然と見送っていた。
そして天馬は来客たちを促して2階の会議室にこもり、ドアにはロックを掛けたのだった。