神の弾道ミサイル
文字数 4,600文字
国際社会は、我が帝国の苦境を無視している。帝国は独自で防衛をせねばならず、ロシアとは現実的に戦争状態にあった。もはや我慢も限界に達し、このままでは我が帝国は崩壊するときを待つのみだ。誰も手を差し伸べてくれない以上、帝国は独力で魔の手を振り払わなくてはならないのだ。
そのときだ――。
急に爆発音が轟き、大広間で取材に携わっている誰もが動きを止めた。同時に、自動小銃の速射音が鳴り響いてきた。
ライザは辺りを見回し、口にした。
すぐに速射音は大きくなってゆく。この銃撃はアスタリア側のAKSだろう。ロシアからの攻撃を見越して、街の主要地点にアスタリア兵を配備済みだ。
ドアから背を放したエリカがつぶやき、無線を取り上げた。
無線からの声が漏れ聞こえてくる。
時刻は4時を回ったところだ。うっすらと明るみは増してきていたものの、夜の名残はまだ消えていない。
エリカが無線に確認する。
ライザが息をのんだ。
カメラマンがライザに向けたカメラを外し、それを抱えて窓へと張り付いた。そしてライザを振り向き、まくしたてる。
ライザも慌てて窓へと駆け寄り、声を掛ける。
すごいと喜ぶのもどうかと思うが、速射音はさらに大きくなっていく。
予め天馬とエリカは、このタイミングでの空挺部隊による攻撃を十分に予想し、アスタリアの街のなかの重要なポイントに多数の守備兵を配置していた。そして兵士以外の街の全住人たちを、やや離れたアスタリア人の別の集落に移動させていた。イヴァや長老もこちらに居残ると戦闘に加わってくるので、「街の人たちを統制してくれ」と依頼して住人たちに同行させている。それゆえ街中の撃ち合いでも兵士以外に被害が出ることはない。
明朝6時にダーティーボムを弾頭に備えた弾道ミサイル群をモスクワに向けて発射するのを防ぐのならば、ロシア側からみればこの時間がギリギリのタイムリミットだった。そして弾道ミサイルの発射ボタンを握る天馬を着実に仕留めるならば、特殊部隊をここまで届けるしか方策がないことも織り込んでいた。空爆では天馬をヒットすることは難しいし、報復措置として天馬がミサイルを起動させてしまう時間を与えてしまうことになる。ロシアがそれを防ぐとしたら、特殊部隊による無警告での急襲しか選択のしようがないのだった。
空から降下してきたロシア空挺部隊と、アスタリア兵の間では、街のそこかしこでの銃撃戦が展開され始めていた。CIAの要員たちは、窓から無我夢中で街中を映し出し、ライザは声を大にして実況中継を始めていた。
CIAの3人はもう興奮いっぱいで、嬉しくてたまらないといった様子だ。流れ弾など気にもせず、今にも大喜びで外に飛び出していきそうなくらいの勢いである。
実際のところ、CNM取材クルーとしてはそれこそピューリッツァー賞をもらえそうなほどのスクープであろうし、CIA要員としてはこの報道をすることを通してロシアに直接的な打撃を喰らわせることができる。3人にとって、CNMとしてもCIAとしても一挙両得な、稀に見る大勲章になるはずだ。
ライザが戦争の模様を笑顔満面でカメラに向けて叫んでいるのは違和感あるところだったが、さしもの訓練されたライザでも、冷静さの臨界点を突破するような出来事なのだろう。
銃撃音は街のいたるところでこだまし、戦闘はさらに激しくなっていた。
序盤はアスタリア側が明らかに優勢に展開していた応戦も、ロシアの空挺部隊の降下が終わったあとは、かなり際どい情勢になっていた。降下中は野ざらしであったロシア特殊部隊員だが、着地後の戦闘力は勇猛果敢で恐ろしいほどだ。ロシアがこうした場面で用いる精鋭は、生半可な特殊部隊ではない。世界最高峰にまで訓練された兵士たちを前に、アスタリア兵は明らかに苦境に立たされ始めたようだった。
エリカが、天馬の下へと近づいてくる。すでにカメラは窓の外に向けられていたから、エリカが生放送に映ることはない。
天馬は素早く指示を伝えた。
エリカはうなずき、無線を持ち上げる。
そんな天馬の言葉に返答もせず、エリカが部屋を飛び出していった。いよいよ自ら戦闘指揮を執らなくてはならないと判断したのだろう。
――タタタタ!
音は徐々に迫ってきている。戦闘はかなり際どい局面に移ってきたのが肌で感じ取れた。
エリカと入れ替わるように、ライザたちクルーが再び天馬の下に寄ってきた。
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