神の宣戦布告
文字数 4,353文字
……マリシェヴァは能力、思想、従順さ――およそ多くの点で高い評価を得ていた工作員だ。そのマリシェヴァを取り込んだのだとしたら……ややもすれば君は、我々が想定していた以上の政治性がある男やもしれぬな。
こうした互いの煽り合いは無意味なものではない。いわば天馬の側が意図してチキンレースを挑んでいるのである。そして天馬としては、こうした罵り合いを繰り返すことによって、ダーティーボムの存在が既成事実化していくことは都合がいいことでもあった。
プーチンは強気の姿勢を崩さない。
ささやくように言って、天馬はニヤリと笑みを浮かべた。
こうして煽りに煽るのは、いわゆるマッドマンセオリー(狂人理論)である。外交上、こいつは何をするかわからない危険人物――マッドマンだとされていたほうが有利な点が実は多い。敵対相手が、こちらの危険を予め織り込んで交渉に臨んできてくれるからだ。
「こいつは本当に核を撃つかも?」と疑念を抱かせれば、どうしたって自分は弱手にならざるを得ない。互いの腹の内を読めない外交戦において、危険人物を装うのは一定の有効性がある。
もともとロシアも、ある程度までマッドマンセオリーを有効活用した外交戦略を好んで用いる場合がある。ロシアは外交上、常にコワモテで通っていて、それが国力を遥かに超えた力をロシアにもたらしている。だがそれでもロシアが用いるマッドマンセオリーは、国家という枠組みに当てはめられた範囲内なので、天馬のような一個人のマッドマンぶりにはとうてい敵わないのである。ロシア政府と天馬個人を比べれば、頭おかしい競争をすれば天馬のほうが圧倒的に優勢だ。弱きこと、小さきことは、マッドマンとしてなら逆に大きな強みに転化するのだ。
天馬はマッドサイエンティストのように微笑む。
ハーッハッハ! ロシアの命脈は明日で終わる!
プーチンも然る者である。動じた表情を見せず、最後通牒を突き付けてきた。
最も近いロシア軍基地から空軍を動かせば、明朝6時の弾道ミサイル群発射前までにここに攻撃を仕掛けることができるはずだ。天馬とエリカという個人の殺害を目的にした作戦ならば、個人をターゲットにすること難しい爆撃機による攻撃ではなく、特殊部隊をここまで運び、直接殺しに来るに違いないと想定できる。天馬が生き残っている限りミサイルが放たれる危機は確実に残り続けるのだから、ロシア側としてはどうしたって天馬個人に狙いを定め、殺害を確認しないとならないのだ。
そう言い残し、先に通信を切ったのは天馬のほうからだった。これもブラフの一つだ。
マッドマン同士、互いに指し合う次の一手は強烈なものになるはずだ。こちらはあらゆる指し手を上回るインパクトのものを繰り出していかねばならない。