神の記者会見

文字数 2,584文字

――バカも休み休み言え。テロリストと交渉などできるものか!
 記者会見場で、プーチンはアメリカ人男性記者を相手に言い放った。
【アメリカ人報道記者】

お言葉ですが、あのリアルタイムの映像の模様を見れば、ロシアが街を一方的に襲ったようにしか見えません。

君の目は節穴なのか?

ロシア兵が一方的に襲ったというのなら、あのAKSを持って対抗してきた武装民兵は何者だ? 空から天使が舞い降りてきて街を守ろうとしたとでも言うのか? 君にはその目を治療するために、今すぐ眼科へ駆け込むことを強くお勧めしよう。

 やり込められた記者は悔しげに歯ぎしりをした。

 今度はフランス系報道機関の女記者が喰ってかかる。

【フランス人報道記者】

罪のない人々の家を爆破して回り、街中であれほど撃ちまくれば、テロリストでなくなって反撃くらいは試みるはずです!

君は目のほうじゃなく耳のほうが悪いようだな。何度も説明しているだろう、アレはロシアが爆破して回ったものではないと。どこにロシアが起爆したと証拠があるというんだ?

【フランス人報道記者】

映像が何よりの証拠です! 普通の住人が、自宅の庭に起爆装置を仕掛けたり、自分の家を狙って爆弾を投下したりするとでもいうのですか!? ロシアの攻撃ヘリも、幾度も映像に映りこんでいます!
映像が証拠だと? どこに証拠がある? 私に具体的な証拠を指し示せ。

いい加減に何度も言わせるな、アレはロシアが爆破したものではないのだと。どこまで耳と頭が悪ければ気が済むんだ? いやそれとももっとタチが悪い女のヒステリーか。カルシウムを摂ってからここに来い。

 西側記者の攻撃は熾烈を極めていたが、プーチンの反論も激しいものだった。眼光鋭く、淡々としたトーンのなかに、サラリと悪辣な単語を羅列する。実際にこの女記者も、あまりの辛辣な言葉に身体を撃ち震わせ、次の言葉が出てこないほどの屈辱を感じているようだった。

 別の男性記者が立ち上がって果敢に挑みかかる。

【ドイツ人報道記者】

平然と国境侵犯して特殊部隊を送り込み、街を焼き払うなどという仕打ちを全世界がこの目にしました。こうした憎しみの連鎖が次なる報復を生み出し、新たなテロリストたちを生み出す温床になっているに違いありません。
なんだ? 最も下等なほら吹き集団であるメディアの記者風情が、いっぱしの哲学者でも気取っているつもりか? 子ども相手だと思って褒めてやったほうがいいのか? それは質問なのか? この私が君の素晴らしい説法を聞き、ここで涙でも見せてやったほうがいいとでも言うのか?

 会場からは小さく笑いのさざめきが起こった。仲間の記者が小馬鹿にされて不謹慎ではあろうが、こうしたやり取りに思わずこみ上げるおかしみがあるのは確かなのだ。早くもこの記者はやり込められたようで、もう次の質問には立つ気力が失せてしまったようだった。ここまで上から目線で記者に口舌を飛ばせるのはプーチンならではだ。

 プーチンは会場を隅々まで眺めまわしながら語る。

第一に、私が死守すべきは、ロシア市民の平和と安全を守る措置だ。モスクワ市民が危機にさらされ、ミサイルの雨が降り注がんとしているときに、何も手を打たない大統領でいろと君たちは私に言うのか?

あの場は、どうあっても、特殊部隊を使ってテロリストどもを制圧するのが最善だった。もしまた同じ場面に巡り合えば、私は何度でも先制攻撃を主張するだろう。

 実際のところ、ロシア市民の支持率は下がるどころかむしろ上がっていた。

 一方で、プーチンを激しく批判しているのはアメリカや欧州を中心とする西側メディアだ。ここぞとばかりにプーチンの独裁ぶりやロシアの裏面を批判し、対するプーチンは西側メディアを嘘つき呼ばわりしてやまない。

 この世界的大事件の全容を真に把握しているのは数少ない人間たちは――天馬、プーチン、トランプ、エリカ、ライザを含むCIAの担当者だけであろう。おそらく世界でも10人に満たない。まさにこの事件に関しては、この10人弱が神々といっていい立場であった。その神々を手玉にとってこの舞台を創り出した大本である神――天馬は、冷静にプーチンと記者たちとのやり取りを比較して、プーチンのほうは意外と真実を述べており、記者たちは完全にピントがズレた応答を繰り返しているように見えた。

 だがこのケースにおいては、この西側の記者たちは天馬の重要な味方として機能してくれている。対してプーチンは、その動きをここでなるべく封じ込めておかなくてはならない大敵だ。それゆえ西側記者たちが寄ってたかってプーチンを攻撃する様子を、天馬はほくそ笑んで眺めていたのだった。

【アメリカ人報道記者】

――では大統領は、不動天馬を殺害する計画を諦めないということですか? 話し合いで解決する術はないのですか?
話し合いだと? プルトニウムの存在を誇示するテロリストを討ち果たそうと試みるのは正義の行いだ。それとも何か。君はあのテロリストどもを放置しろというのか?
【アメリカ人報道記者】

放置しろなどと申し上げているのではありません、ですがロシアの措置はとうていまともではありませんでした。まずは国際社会の枠組みのなかで話し合いの端緒を探っていくべきです。

君は自分の家族に銃口を突き付け、『皆殺す』と脅しつけてくる相手と、仲良くチェスでも指せというのか? 

断言する、君は狂っている。

【アメリカ人報道記者】

!?
 記者は言葉を失ったようだったが、プーチンは追い打ちをかける。
不動天馬との交渉などするはずもない。最悪のテロリストと話し合いなどもっての外だ。ロシアは必ず報復措置を実行するであろう。
 そこでいったん言葉を切ったプーチンは、テーブルの水を飲み、そして落ち着いた口調でカメラに向けて語り掛けてゆく。
もう一度言っておく。不動天馬なるテロリストの首領とは決して交渉しないし、私の目の前に現れたらどのような手段をもってしても即座に誅殺するだろう。これは全世界市民のためだ。
 その表情から、もしかしたらプーチンは本気で「全世界市民のために天馬を殺さなくてはならない」と考えているのではないかと、天馬は感じていた。他の人間たちはおそらく単なる言葉尻の話としてしか受け止めないであろう。だが天馬とプーチンの間で通じ合う何かが、それを天馬に感じさせたのだった。
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登場人物紹介

不動天馬(ふどうてんま)

40歳ニートだが、自分を神だと主張して憚らない。引きこもり歴は実に25年にも及ぶ。近所のコンビニがライフライン。

エリカ・マリシェヴァ

25歳。ロシア連邦保安庁(FSB)の情報工作担当官。日本人とロシア人のハーフで、日本語に精通していたため、東京より呼び戻される。

イヴァ・クリチコ

15歳。アスタリア人を率いる族長。しかし亡き父を継がざるをえなかっただけであり、祖父である長老が実質的に部族を仕切っている。

プルト・カシモフ

32歳。前族長の副官として部隊を率いていた。14歳で従軍して以来、アスタリアの全戦闘に従軍してきた歴戦の兵士。天馬に反旗を翻す。

ライザ・フローレンス

24歳。世界最大級のリベラル系メディアCNMの報道特派員。無名の天馬に狙いを定めて取材を申し入れてくるが……?

ロスティスラフ・プーチン

64歳。ロシア連邦大統領。元KGBのエージェント出身であり、国際政治に多大な影響力を持っている大政治家。

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