神の無敵陣形

文字数 1,816文字

【長老】

なんじゃこれは……! 街の半分が消えてしまっておる!

 官邸前、車から降りてきた長老が悲痛な声を上げた。最寄りの集落に避難していた者たちのなかで、最後の車で戻ってきたのは長老である。早く戻ってこられても復興の役に立たないし、それどころか周りに当たり散らす可能性もあったので、最後に回していたのだ。イヴァは戦闘終了直後にはもう街に戻ってきて、戦後復興を手伝ってくれていた。

 長老を出迎えた天馬はさも当然のごとく言い放つ。

こうなる手はずは伝えていたはずだ。にもかかわらず今さら驚くのは耄碌している証拠だろう。出直してこい。

【長老】

な、なんてこと……。
長老は目に涙を溢れさせていた。
家がなくなっただけだ。アメリカからの援助物資は豊富にあるから生活には困らない。
長老、俺たちはロシア軍と戦って追い返したんだぜ。自信を持つべきだ。もう政府軍なんて目じゃねーよ。
【長老】

プラトもすっかり天馬に取り込まれおって……。天馬が来てからアスタリアには災いばかりが降りかかってくる……。どうなってしまうんじゃワシら……。

 エリカとイヴァが官邸のなかから出てきた。

 そしてイヴァが声を掛けてくる。

天馬さん、住民への臨時の居住地の割り当てが終わりました。
官邸の大広間から廊下まで臨時の場所を用意したけど、収まりきらない人たちにはアメリカ軍から提供された仮設テントに入ってもらうわ。アメリカ軍のテントは結構悪くない感じだけど、それでも落ち着かないでしょう。早く次の住まいをあてがってあげないと、プラトが反乱したときみたいな不満を溜めかねないわよ?
お、俺は反乱なんか起こしちゃいねえ。大統領を確かめるために……あ、いや、俺なんんかが大統領を確かめるとかあっていいわけねえし……違うんだ、俺じゃねえ!
家々を破壊することは事前に詳しく伝えていたんですが、やっぱり皆さん実際を見るとびっくりされるみたいで、これからの方針を聞きたがっています。どう説明すればいいでしょう?
 慣れた人にすら人見知りしがちなイヴァには、住民たちへの説明は大変な仕事だったろう。だが首相の立場を担うイヴァから説明してもらうのが、最も住民を安心させる方法だった。長老だと住民たちへの不安をかえって煽りかねず、プラトだと的確な説明をする人選としてはやや劣る。
イヴァ、案ずることはない。すぐにより良い住まいを揃えてやろう。
しばらく住民一丸となって復興作業ということでしょうか。頑張りましょう。天馬さんさえいれば、何でもできそうな気になります。
いや、ここに家々を復興するつもりはない。
……えっ?

じゃあどこに私たちは住めば……?

この高地に材料を運び込み、一から再建を図るのは大変な労力がかかる作業だ。ここに中途半端に基盤を復興させるより、もっと広い街を奪ってしまったほうがいい。いよいよ帝国は首都オーレスへと侵攻し、家々を奪い取るのだ。
首都に移り住むってことですか!?

いったいそれはどういう……?

かつて少数の兵で秦の大軍を打ち破った楚の武将・項羽は、3日間の食料だけを残し、釜を壊して渡河してきた船も焼き、自軍の兵士たちを『勝たなければ死ぬ』という状況に追い込んだ。兵士たちは生き残るために死に物狂いで敵陣に突入し、大軍団だった秦軍を打ち破ったのだ。これを背水の陣という。つまりアスタリア軍は、ロシアとの戦いに勝利しながら、次の戦いに向けての無敵の陣形を作り上げていたようなものでもある。な、なんだこの軍略は……俺があまりにすごすぎる……。
無敵の陣形って……まさかのその背水の陣……。

バカすぎる……。

帝国はこれより全身全霊を尽くして軍備増強に邁進し、一日でも早く首都への大攻勢に移行する。この壮大な作戦の名前は、『オペレーション・ギブミーマイハウス』としよう。フフフ、危機を好機に結び付けるこの俺の手腕はさすがとしか言いようがない。
す、すげえぜ大統領……。

なんだか知らないけれど、もう勝ったような気になってくるな……。

せめてその乞食の大軍みたいな作戦名だけは何とかならないのかしら?
この作戦名は、俺が立案した大戦略のなかでも最も重大な側面だ。我が方針の下に準備せよ。ついに帝国は、『オペレーション・ギブミーマイハウス』の発動によって、世界征服の第一歩を刻むのだ。
 天馬の号令に、エリカは肩をすくめ、プラトは尊敬のまなざしで天馬を見つめ、イヴァは目を白黒させ、長老は顔をおおって泣き出したのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不動天馬(ふどうてんま)

40歳ニートだが、自分を神だと主張して憚らない。引きこもり歴は実に25年にも及ぶ。近所のコンビニがライフライン。

エリカ・マリシェヴァ

25歳。ロシア連邦保安庁(FSB)の情報工作担当官。日本人とロシア人のハーフで、日本語に精通していたため、東京より呼び戻される。

イヴァ・クリチコ

15歳。アスタリア人を率いる族長。しかし亡き父を継がざるをえなかっただけであり、祖父である長老が実質的に部族を仕切っている。

プルト・カシモフ

32歳。前族長の副官として部隊を率いていた。14歳で従軍して以来、アスタリアの全戦闘に従軍してきた歴戦の兵士。天馬に反旗を翻す。

ライザ・フローレンス

24歳。世界最大級のリベラル系メディアCNMの報道特派員。無名の天馬に狙いを定めて取材を申し入れてくるが……?

ロスティスラフ・プーチン

64歳。ロシア連邦大統領。元KGBのエージェント出身であり、国際政治に多大な影響力を持っている大政治家。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色