神の無敵陣形
文字数 1,816文字
官邸前、車から降りてきた長老が悲痛な声を上げた。最寄りの集落に避難していた者たちのなかで、最後の車で戻ってきたのは長老である。早く戻ってこられても復興の役に立たないし、それどころか周りに当たり散らす可能性もあったので、最後に回していたのだ。イヴァは戦闘終了直後にはもう街に戻ってきて、戦後復興を手伝ってくれていた。
長老を出迎えた天馬はさも当然のごとく言い放つ。
長老は目に涙を溢れさせていた。
エリカとイヴァが官邸のなかから出てきた。
そしてイヴァが声を掛けてくる。
官邸の大広間から廊下まで臨時の場所を用意したけど、収まりきらない人たちにはアメリカ軍から提供された仮設テントに入ってもらうわ。アメリカ軍のテントは結構悪くない感じだけど、それでも落ち着かないでしょう。早く次の住まいをあてがってあげないと、プラトが反乱したときみたいな不満を溜めかねないわよ?
慣れた人にすら人見知りしがちなイヴァには、住民たちへの説明は大変な仕事だったろう。だが首相の立場を担うイヴァから説明してもらうのが、最も住民を安心させる方法だった。長老だと住民たちへの不安をかえって煽りかねず、プラトだと的確な説明をする人選としてはやや劣る。
この高地に材料を運び込み、一から再建を図るのは大変な労力がかかる作業だ。ここに中途半端に基盤を復興させるより、もっと広い街を奪ってしまったほうがいい。いよいよ帝国は首都オーレスへと侵攻し、家々を奪い取るのだ。
かつて少数の兵で秦の大軍を打ち破った楚の武将・項羽は、3日間の食料だけを残し、釜を壊して渡河してきた船も焼き、自軍の兵士たちを『勝たなければ死ぬ』という状況に追い込んだ。兵士たちは生き残るために死に物狂いで敵陣に突入し、大軍団だった秦軍を打ち破ったのだ。これを背水の陣という。つまりアスタリア軍は、ロシアとの戦いに勝利しながら、次の戦いに向けての無敵の陣形を作り上げていたようなものでもある。な、なんだこの軍略は……俺があまりにすごすぎる……。
帝国はこれより全身全霊を尽くして軍備増強に邁進し、一日でも早く首都への大攻勢に移行する。この壮大な作戦の名前は、『オペレーション・ギブミーマイハウス』としよう。フフフ、危機を好機に結び付けるこの俺の手腕はさすがとしか言いようがない。
天馬の号令に、エリカは肩をすくめ、プラトは尊敬のまなざしで天馬を見つめ、イヴァは目を白黒させ、長老は顔をおおって泣き出したのだった。
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