第18話

文字数 1,264文字

 ともかく、ここでじっとしているわけにはいかない。散歩でもしようと決めて、商店街のほうに歩き出す。亮太君が帰って来るまで、暇を潰さなければならない。
 日差しから逃げて商店街へ入った先で、例のあんころ餅の売っている佐藤米屋に立ち寄った。通りよりわずかに奥へ引っ込んでいて、そこに見世物の大きな米俵と売り物の菓子を並べている。値札が下がっているだけで、うるさい広告も張られていない静かな入り口である。
 商品を詳しく見るふりをしながら、何度も深呼吸した。落ち着いて、普段通りに……。
 店へ入ると、まるで待ち構えていたみたいに店主が立っていて、首元のタオルで汗を拭きながら、やあいらっしゃい――今日は一人なの――おつかいかな――どれを買う――おまけもつけちゃうよ――とずんずん迫られた。
 あんころ餅六粒が一パックで売られている。しかし今日は暇だから立ち寄っただけで、みやげのつもりではないから、もう少し小分けにできないかと頼んでみた。
「バラ売りはしてないけど、お客さん可愛いからなあ。どうしようかなあ」
 露骨なお世辞だが、褒められて嫌な気はしない。ところが、店主がそれきり黙って、私のほうをまじまじ見るので、さすがに気味が悪くなってきた。
「なんですか」
「たしか、君って双子だったよねえ」
「はあ」
「どっちかなあと思って」
 店主は言いながら、置いてあった一パックを開けて、三粒を紙に包み始めた。私がなんとも答えないうちに、値段を教えられ、餅を受け取る。私が姉か妹か、どっちなのかはもうどうでもいいらしい。
「それより、この頃どうもみんなの姿が見えなくてね」
「みんなって、学校の?」
「そう。やっぱり夏になるとね。餅は人気がない」
 そう聞くと、土産に餅を選んだのは、なんだか気が利かないように思えてきた。
店主はそばの冷蔵庫から冷菓をとって、これが新商品だと宣伝する。あんこが寒天で包んであるものだ。理科の教科書に出ていた動物細胞に似ている。味見にと言って一個くれる。食べてみると、声が出るほどおいしい。店主は満足そうに首を縦に振る。
「それじゃあ、君から是非友達にこの店を宣伝しておいてね」
 はい、と返事をして店を出た。しかし当分、亮太君以外の友達と会う予定はない。
 そばのベンチで餅を食う。やはりおいしい。もぐもぐやりながら、餅に季節は関係ないなと考えだした。土産はとうに母が買ってきて、冷蔵庫にしまってある。今更やめるわけにもいかない。あんこ寒天は年末にしようと決めたが、年末だと冷菓では具合が悪い。もやもや考えていたら面倒になって、その時になってからでいいかと匙を投げてしまった。
 私は餅をもぐもぐ噛みながら、田舎の友達がうまそうにこの餅を食っているところを想像する。みんなはおいしいと唸り、みんなはさすが都会だと喜ぶ。しかしある一人は、町に出れば餅ぐらいどこででも売っていると憎たらしいことを言う。そこで、いやこの餅はそこでしか買えないのだと説明する。その子がちょっと物欲しそうな顔をする……と、そこまで妄想してみると、少し元気が出て来た。
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