第13話

文字数 1,660文字

 その日、私と亮太君はいつも通り秘密基地のなかで話をしていた。八月のはじめの土曜日である。気温は普段より穏やかで、風も柔らかだった。木陰に入ると空気が冷えて、やさしくなる。あんまり心地いいので、外へ出て話さないかと提案したが、亮太君は表情をおさえながらも、しかし明らかに嫌そうな顔をした。
 彼は、秘密基地の外に出るのを好まない。もちろんずっとこもっているわけにもいかないから時々は出るが、そんなに数は多くない。私たちが出会った日、彼は堤防をいろいろ案内してくれたが、あんなに長いあいだ外に出たのはあれきり一度もないのである。
 たいてい最後には、私のために折れてくれる。だが、今日はいつもより抵抗が激しい。激しいというか、固い。がっしりしている。てこでも動かないという風にも見える。
「今日はなにかあるの?」
「別に、そうじゃないよ。まあ、いいか」
 亮太君はそう言って立ち上がると、急に気を変えて、基地の外に出て行った。私もついていく。それからブランコに隣り合って座った。彼の曇り顔も治っていた。
川床の辺からずっと視線をあげていくと、黄色い原っぱにだんだん色が混じってきて、桜の葉が連なる緑の帯を抜けた先に、どこまでも続くような水色が清々しい。帯の中にちらちらと影が揺れている。じーじーと鳴き喚く蝉たちは、声を上げるのに必死で景色に気づく様子もない。私たちはしばらくその声を聞いていた。
「寿命が残り一週間ぐらいしかなかったらどうする」
 亮太君がそんなことを訊く。一週間後はちょうど帰省の初日で、今頃は故郷に向かう車中だろう。そこで死ぬとなると、田舎へ着くか着かないか微妙なところで息絶えることになる。嫌だなと思った。
自分がうつぶせになって倒れているのを想像する。――
 病院に運ばれるが間に合わず、医者から「ご臨終です」と告げられる。死化粧の際中、家族はそれぞれ落ち着きなく病院内をうろうろする。通夜と葬儀の会場へ行く前に私の遺体は葬儀社の建物に安置され、各所との打ち合わせだとか、近しい人への連絡とか、色々する。姉はずっと呆然としている。両親は忙しそうにしている。しばらく経って、通夜がある。宴会好きの親類が場の空気に関係なく騒いでいる。やがてみんな帰る。母が通夜会場に残り、父と姉は家に一旦家に帰る。葬儀の日になると坊さんが本格的にポクポクやりだす。坊さんの気が済んだら、私の棺に花が入れられていく。それで火葬場へ行く。準備をするから待合室で待てと言われる。すぐに呼び出され、棺が機械の中に差し込まれる。父が前に出て来て、私を焼却するボタンを押す。姉は泣いている。
 小一時間待って、私が骨になって出てくる。憔悴した様子の家族と親類が順番に、長い箸を持って私の骨を拾っていく。火葬場の職員が「もう少し入りそうですね」と言っている。「これも入れましょう」家族が「はあ」と返事をして私の骨が壺にみっちりと詰められる。最後に頭蓋骨のてっぺんをかち割って皿の形にしてしまうと、それを蓋にする。姉が目を真っ赤にして私の骨壺を抱える……。
 考えているうち、亮太君の問いに対するいくつかの返答が、どれも浅薄で、甲斐がなく、不十分なものに感じられだした。どうしていいかわからない。どうしようもなく無意味である。
 しかし、その話題は先に続かなかった。亮太君はすぐに話題を変えて、「もし宝くじが当たったとしたら」という仮定を弄んでいる。
 彼はお金があれば将来の計画がずいぶん早回しになるのだと言った。仕事の目的は所詮お金なので、それが偶然に恵まれるなら、もはや働く必要はない。勉強もせず、働かず、毎日のんびり暮らすのだそうだ。いいプランだが、退屈そうでもある。
「つまらなければ、何かすればいいさ。金はあるんだ」
 金は選択を買える、と亮太君は箴言めいたことを言う。私は自分の財布より他には経済を知らない人間だから、その当否はわからなかった。買うことのできない選択もありそうだし、それに、始終退屈に脅迫されている気もする。なにかつまらなくなってきた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み