第50話 土佐坊、義脛の討手として京に上る事9

文字数 1,294文字

■文治元年(1185)10月

 義脛は弁慶と喜三太を呼んで「戦はどうなっておる」と問いかけた。


「土佐坊の軍勢は二、三十騎ばかりです」


「むざむざと江田を討たせたのが無念でならない、土佐坊の奴らは誰一人として漏らさず殺すな。生け捕って参れ」


「敵を射殺すのは容易いことです。しかし生きて捕らえよと申されますとこれは思いの外大変なことでございます。ですが、できる限りのことはいたしましょう」


 そう喜三太が申し上げ、大長刀を持って走りだした。


「なんと。あやつに先を越されるとは不覚である」


 弁慶も(まさかり)を引っ提げて飛ぶように走り出した。


 喜三太は卯の花の垣根の前をさっと通り過ぎて、泉殿の縁のそばを西に向かって走り出る。

[訳者注――泉殿は邸宅内の泉水のほとりなどに建てられた小建築のこと]
 するとそこには黄月毛(きつきげ)の馬に乗った者が、馬に息をつかせて弓を杖のようにしてもたれて立っている。
[訳者注――黄月毛は黄色味がかった葦毛の馬のこと]

「そこに控えているのは誰だ」


 喜三太は走り寄って問いかけた。


「土佐坊の嫡子、土佐太郎である。生年十九歳だ」

[訳者注――無事に義脛を討った場合、褒美としてもらう土地を一族に分け与えるためにも嫡男の太郎もこの場に出なければならなかったのだろう]

 そう名乗って馬首を巡らせる。


「我こそ喜三太である」


 近寄ってくる喜三太を見て、土佐太郎は敵わないと思い、馬の鼻を返して逃げようとする。

 逃すまいと喜三太は追いかける。


 鞭を打って長い距離を駆けさせ、しかも一晩中、戦った馬だったので、いくらけしかけてもその場で棹立ちするばかりだった。

[訳者注――鎌倉から京までかなりの強行軍で土佐坊たちは進んできている。そのツケをここで払う事になった]
 喜三太は大長刀を大きく振りかぶり、馬の左右の烏頭を斬った。
[訳者注――烏頭は、馬の後脚の、外に向いてとがった関節のこと]

 馬は逆さまに転び、土佐太郎は馬の下敷きになる。

 喜三太は土佐太郎を捕えて押えつけ、鎧の上帯を解いて縛り上げ、傷一つ付けずに搦め捕った。

 義脛は部下に命じ、馬屋の柱に土佐太郎を立たせて縛り付けさせた。


 喜三太に先を越された弁慶は焦りながら走っていると、南門に伏縄目の鎧を着た者が一騎控えているのを見つけた。

[訳者注――伏縄目の鎧は白や浅葱、紺で縄を並べたような斜線文様や波形に染めた革を細く裁って威した鎧のこと]

 走り寄った弁慶は「お主は誰だ」と問いかける。


「土佐坊の従兄弟で、伊北五郎盛直(いほうのごろうもりなお)だ」

[訳者注――嫡男の太郎と同じく、一族の者を参加させたのであろう]

「わしこそが弁慶よ」


 そう言ってずいと近寄る。


 相手が弁慶では敵わないと思い、馬に鞭を当てて急ぎ逃げて行く。


「ずるい奴め、逃がすものか」


 追いかける弁慶は大鉞を振りかぶって思い切り打ち付けた。

 馬の尻に鉞の大鉞の彫り物の猪の目が隠れるほど打ち貫き、えいと言って大鉞を引き抜く。

 堪えることもできずに馬はどっと倒れた。


 弁慶は伊北盛直を捕えて押さえ付け、上帯で縛り上げて戻ってきた。そして土佐太郎と同じ所に繋ぎ置いた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

訳者注

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色