第14話 義脛の最初の臣下、伊勢三郎の事2
文字数 2,058文字
■承安4年(1174)2月
子の刻(午前零時)ごろになって屋敷の主人が帰ってきた。
檜の板戸を押し開いて中へ入ってくる。
年の頃は二十四、五といったところか。
葦の落葉模様が入った浅黄の直垂に萌黄威の腹巻を着て、太刀を佩き、大きな
主人に見劣らない四、五人の若者は、猪の目を彫った
あのような男たちが四天王のように出てくれば、女の身であれば恐ろしいと思うのは道理であった。
たしかにあの者は勇猛なのだろう。
男は二間の部屋に誰かがいるのを見てとり、沓を脱いで上がった。
義脛は大きく眼を見開いて太刀を持ち直す。
「こちらへ」
義脛がそう言うと、男は怪しい者がいると思い、返事をせずに障子を閉めて足早に屋内へと入った。
恐らく女に憎らしそうなことを言うのであろうと思った義脛は壁に耳を当てて聞き耳を立てる。
「おい、お前、お前よ」
男は大きな声で呼びかけるが、しばらくは返事がない。
少しして女は目を覚ましたようだった。
「どうかされましたか」
「二間の部屋に寝ているのは誰だ」
「私も知らない人です」
「知らないだと。お前が知らない人を主人がいない時に誰に断って泊めたのだ」
男は機嫌が悪そうに問い詰める。
ああ、これは乱暴をするかもしれないと、義脛はさらに耳を澄ませる。
「知らない人は知らない人としか申し上げようがありません。『日が暮れてしまったのだが、まだ行き先は遠いのだ』と言われて困っている方でした。主人がいないのでお泊めすることはできません、主人に何を言われるかわかりませんとも言いましたが、『それでも構わない』と言われたのです。それに『色をも香をも知る人ぞ知る』と言われた奥ゆかしさに恥ずかしい思いがして、断ることができずに一晩だけ宿としてお貸ししたのです。どんなことがあったとしても、今晩だけはお許しください」
男の言葉を聞いた義脛は、これこそ御仏のお恵みであろうと思った。
もしも酷いことを口にしていたら大事になっていただろう。
「誰であれこの人は只者ではないだろう。近くなら三日、遠くとも七日のうちに事件に巻き込まれたのであろう。私も他人も世の中に不要な者は思いがけない災難に遭うものだ。そうだ、お酒でもお持ちしよう」
そうつぶやいた主人はいろいろな菓子を揃え、召使いに酒瓶を持たせ、妻を先に行かせて義脛のいる部屋にやってきた。
そうして酒をすすめたが、義脛はあえて口にしなかった。
「一献いかがですか。ふむ、どうやら警戒されているご様子ですな。私は卑しい民でございますが、できる限りのお世話をしたいと思っているのです。おい、誰かいないか」
人を呼ぶと、先ほどの四天王のような男たちが五、六人やってくる。
「客人をもてなすが、用心をしておいでのようだ。お前たち、今晩は寝るな。客人のおそばで警護をせよ」
「承りました」
そして鏑矢を射たり、弓の弦を鳴らしたりしながら警護にあたった。
そして腹巻を脱いで側に置き、弓の弦を張り、矢束を解いて床に置いて広げ、太刀を膝の下に置いた。
どこからか犬が吠え、風が枝を鳴らすと「誰か、あれを斬れ」と指示をした。
そしてその夜は一睡もせずに夜を明かした。
義脛はこの者は殊勝な者であると思った。
夜が明けたので義脛は出発しようとしたが、主はあれこれ理由をつけて引き止め、仮初の宿のつもりだったのだが、この屋敷に二、三日留まることになった。