真相

文字数 4,402文字

奉行所の追及は厳しく、小金井が観念し全てを吐いた事で、黒木の事件の真相が分かった。

坂谷の思惑に答える為、小金井が絵を描き、実行に移したのが沢田と言う事であった。

何かと噂のある島薗、調査に黒木が出ており、坂谷は邪魔を排除したいと考えた。

何かと反抗的で丁度邪魔な部下がいたので、自殺に見せかけて殺し、黒木がより深く調査に乗り出しやすい環境を作った。
合わせて優之助達に黒木暗殺の依頼をした。

黒木には小金井が意図的に情報を少しずつ流したが、証拠は掴ませないよう注意を払った。

頃合いと見計らい、小金井が坂谷の屋敷に出入りしていると言う情報を流した。
それが伝之助と黒木が会っている時、黒木の岡っ引きが知らせに来た話の内容であった。

内部の人間の事である為、黒木は報告に慎重になった。

情報と証拠がある程度まとまってから吉沢に報告をするつもりであったが、小金井の術中に嵌まり誘き出され、沢田に左手首を斬り落とされ捕まったのである。

拷問は熾烈を極めた。
捜査情報を言うよう何度も迫られたが、黒木はどんな拷問を受けようとも口を割らなかった。

当初の予定では多少の拷問で口を割らせ、坂谷の部下同様自殺に見せかけて殺す予定であったが、今更自死に見せかけられるような体の状態ではなかった為、やむなく斬り殺し川に投げた。

その後は優之助達に黒木殺害の疑いがかかるよう奉行所内で情報を誘導した。

小金井は黒木の事を洗いざらい吐き、藤井や坂谷との関係も認めたが、坂谷は中々口を割らなかった。

しかし藤井があっさり坂谷を切り捨て全てを坂谷のせいにして自身は知らぬ存ぜぬを通した事を知ると、全てを吐いた。

直接証拠はなく、証言のみを武器に捜査したが、藤井の追及は難航した。

その内に将軍家含み、他藩の要職に就く人間からも圧力をかけられるようになった。

藤井から甘い汁を吸っていた者達だろう。
或は藤井が裏から手を回したのかもしれない。

藤井の追及は後一手及ばず終わった。

伝之助は功績が認められ、特例的にお咎めなしとなった。

伝之助はそれを聞いてもさして喜ぶ素振りも驚く素振りも見せなかった。
そうなる事がわかっていたようであった。
 

伝之助は松尾に呼ばれいつかと同じく酒と肴を用意された。

「意外にも早くに藤井を攻略できたと思ったんだが、後一手及ばなかった」

松尾は悔しそうに顔を歪めて腕を組む。
伝之助は松尾の杯に酒を注いだ。

「じゃっどん藤井の力は衰える一方んなるでごわんそ」

「そうだと思うがな。確かに薩摩の名は大いに上げた。今回の事に加え、私が自ら出向いた事も更なる効果を生んだ。公家から持て囃され、帝からもお褒めの言葉を頂いた。私は筆頭家老に一歩どころか大きく近付き、薩摩での立場も揺るぎ無くなっていくだろう。大半は目的を果たしたが幾分遺恨も残した。藤井からはもちろん、藤井と懇意にしていた者共からも多くの恨みを買った。藤井の資金源は断たれ、藤井の金を当てにしていた者達は自然と離れていくだろうが、藤井を潰すと言うけじめをつけきれなかった事が付け入る隙を与える事になったかもしれん」

そう、伝之助が提案した通りうまく事が運んだ。

ただ松尾自ら出向いた事には驚いた。
危険もあり、家老自ら出向くような事ではないと止めたが、松尾は自ら出向くことに意味があると言って譲らなかった。

結果、思った以上に薩摩の評価も松尾自身の評価も上がった。
松尾はそこまで見越して自ら出向いたのである。

腰の軽い家老も考えもので部下は堪ったものではないだろうが、その行動力が今回の事に繋がったのだ。

松尾は奉行所に協力し坂谷の悪事を暴いた事で公家に召され、京の治安を正してくれたと喜ばれた。

公家が帝に伝え、帝は松尾を通して薩摩に感謝とお褒めの言葉を贈った。

松尾は薩摩がいかに帝を思っているかを公家に伝え、信を得る端緒を開く事に成功し、公家との確かな繋がりが出来た。

薩摩藩主からも褒められ、引き続き帝の信を確固たるものにし、薩摩に帰った暁には筆頭家老に就いてもらうとの言葉を貰ったようである。

一方、心配の種も松尾の言う通り残った。

坂谷を潰す事には成功した。京の治安も良くなるだろう。

しかし裏で糸を引いていた藤井を潰す事までは出来なかった。
潰し切れなかった事で火種は残る形となった。

「そん時はおいも大いに働かせてもらいもす」
「ああ。頼りにしている」

松尾が伝之助の杯に酒を注ぐ。
二人は杯を合わせ酒を飲む。

松尾はお猪口を置くと、一転して笑みを浮かべて伝之助を見る。

「ないか?」
「藤井利也、やつに雇われていただろう」

松尾は変わらず笑みを浮かべている。
伝之助は気まずくなり横を向いた。

「そげなこつまで調べちょりもしたか」
「調べていった過程で知れただけだ。それに関してどうこう言いたいんではない」
「はあ……」

「君は京に来たばかりの頃、用心棒として藤井に雇われていた。君は敵の多い藤井を守る単なる用心棒だったが、藤井に敵が多い訳を知った。藤井はそれを逆手に命令通り邪魔者を始末する暗殺者となるよう申し入れたが、当然君は断った。奴の悪事を知った時点で藤井の用心棒はやめるつもりだったんだろう?」

「そんつもりでごわした。そいからは用心棒の依頼があれば、依頼主がどげん人物か調べてから仕事を受けるようにしもすた」

松尾は満足そうに頷いた。そして話を続けた。

「藤井は君が内情を知り過ぎたとして追っ手を送り込んできていた。何度送っても皆返り討ちだ。藤井は刺客を送るだけでは駄目だと思い、やり方を考えた。今回の坂谷の事、偶然ではない。藤井が坂谷を使って君を潰そうとしたんだ」

「なんと、そいはまことでごわすか」

驚いた。そんなからくりだったとは思いもしなかった。

「ああ。藤井は大山君が京を拠点にしている事を知り、坂谷に裏の伝手を使って大山を消せと命じた。だがその過程でまさか坂谷が奉行の黒木さんを殺すとは藤井も考えなかった。あれは坂谷の暴走だろうな。藤井は坂谷に命じた事で自分が追い込まれた。そして藤井がこうなった今、君はその追っ手からも坂谷からも解放されたわけだ。まさに目論見通りだ」

伝之助は松尾を真っ直ぐ見た。

「そげなこつとは思いもよりもはんでごわした。ないも目論んでたわけとちがいもす。結果こげんこつになっただけで――」

松尾が片手をあげて制す。

「嫌味で言ったんじゃない。よかったじゃないかと言いたかったんだ。これで君も心置きなく過ごせる。そうだろう?」

松尾は手酌で酒を注ぐ。
伝之助もそれに倣い、手酌で注ぐと一気に飲み干す。

「どげんでしょうな。確かに藤井からの追っ手は表立ってはもうこんでごわんそ。じゃっどんまた別の手を考えるかもしれもはん。藤井はそげん奴でごわす。そいだけでなくおいを狙うんは今回んこつで増えたかもしれもはん」

「意外と心配性なんだな。君は対外的に、薩摩の後ろ盾を得た形になる。狙う者がいてもそう簡単に手出しはできない。そろそろ平穏な暮らしを得てもいいんじゃないか」

松尾は心配し、気にかけてくれているのだろう。

「薩摩に帰るまでは安心できもはん」

気持ちはありがたいが簡単に気は抜けない。まだ『薩摩の侍』ではないのだ。

「そうか」

松尾は目を閉じて言った。

「じゃっどんそげんこつじゃったとは……そいなら黒木さあが死んだんはおいにも責任の一端があるかもしれもはん」

伝之助は珍しく項垂れる。
松尾は目を開いて真顔で伝之助を見た。

「珍しく後ろ向きだな。そんなたらればは斬り合いと同じで通用せんぞ。大山君が関わっていなかったとしても、どちらにせよ黒木さんは坂谷を調べただろう。それが仕事だからな。坂谷は何れにせよ消す方向で考えたはずだ。黒木さんを手に掛けた事は藤井の意思ではなく坂谷の意思だからな。そうなると場合によっては解決しないまま闇に葬られる事になったかもしれない。それとも何か、もし黒木さんが坂谷を調べていなければとか、奉行の仕事をしていなければとかそんな事まで考えると言うのか」

松尾は言葉は厳しくも論調は諭すように言う。
確かに松尾の言う通り、根も葉もない事だ。

「いや、松尾さあの言う通りでごわす。そげなこつ考えても仕方んなか。そいよりも黒木さあの仇ば討ててよかったち思いもす」
「ああ、それがいい。拷問に遭った事は心苦しいし、殺された事は非常に残念だ。本人も無念であっただろうが、黒木さんも侍だ。死の覚悟は持っていたはず。大山君は黒木さんの無念を見事晴らしたんだ」

松尾はにっこりと笑った。
伝之助は松尾の言葉に救われた気がした。

松尾は弱味を見せられる数少ない人間だ。
そしてそれを受け止め、導いてくれる器の大きさを持ち合わせている。

「そうだ、これは君達のものだろう」

松尾は包まれた箱を出す。
包みを取り、箱を開ける。

「こいは……」
「二百両だ」

坂谷との約束事の話を覚えていてくれたようだ。

「悪いが全てを渡すわけにはいかん。これを取り返したのは私だ。そして薩摩の協力無くてはこう丸く収まらなかった。わかってくれるか」
「ようわかっちょりもす。松尾さあのお立場もわかっちょりもす」

松尾はこの金を本意でほしいという訳ではない。
だがこの金は幾分、松尾に必要だ。

今回の事でそれなりにばら撒いただろう。
薩摩内部を納得させるためにも金が要る。

「そう言ってくれるとありがたい」
「で、こいからどげん程必要でごわすか」
「いや……」
「はっきり言うてくいやんせ」
「百二十、いや、百三十か……」

伝之助はふっと笑った。

「よかとです。百五十両、持ってってくいやんせ」

「まことか。恩に着る」

仕方がない。松尾の表情から百五十両もあれば十分なのだろう。


松尾と一通り話して酒を飲んだ後、薩摩屋敷を後にした。
あれこれと考えを巡らせながら優之助の家に向かって帰路につく。

家に帰ると、優之助は居間で茶を飲んでいた。

相変わらず暇を持て余している奴だと思った。

優之助の向かいに座って訳を話し、松尾には百八十両渡した事にして十両渡した。

「十両も大金ですけど二百両が二十両ですか。あれだけの事やったんやからせめて半金の百両と言わんでもその半分の五十両でもあれば……」

本当はその五十両だ。だがそれは言わない。

「命があっただけでも良しとせえ。二十両をきっちり折半じゃ」
「まあそれもそうですけど。でも伝之助さんがあっさり引き下がってきて二十両の内、俺に十両もくれるなんて。まあいつも折半でしたけど今回ばかりは取り分少ない思いました。やっぱ伝之助さんは男気ありますね。それとも何か心境の変化でも?」

「男児、三日会わざれば刮目して見よじゃ」

中々鋭か奴じゃ、そう思った。

「なるほど。あれから日が経ちましたけど、あの頃は俺ら三日以上会ってませんでしたもんね。そりゃあ刮目して見んといけませんわ」

優之助は感心したように何度も頷く。

じゃっどん相変わらず阿呆じゃ、と思い直す。

本気で感心する優之助を見て苦笑した。
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