十両盗めば首が飛ぶ!

文字数 2,158文字

「さっきまでの強気はどげんした」

優之助は背を丸めて小さくなり、伝之助と距離を取って歩いていた。

さっきはお妙がいたから強気に出たが今はそうはいかない。
それに伝之助がああもあっさり凶器を持った男を素手で伸してしまうところを目の当たりにすると尚の事だった。

「いや別に強気てわけや……」

そう言った所で口籠る。
我ながら情けない。

「お前は相手おるもんにも手出すとか。そげんこつしちょっと恨み買うてばかりになっど。最悪死罪じゃ」

伝之助の呆れた口調が耳に痛い。

そう、夫婦であれば夫、妻以外の相手と通ずると死罪である。
優之助もさすがに見境なく手を出さない。
ちょっとむっとした。

「違います。それだけは嫌やから男がおる女には手出しません。だから今まで大事にならんできました。でもお妙ちゃんの場合は不可抗力です」

お妙は鈴味屋で働いており話が弾んでそのままついてきたのだ。

「ないが不可抗力じゃ。結果的にそげなこつなっちょうやなかか。今のは大事とちごうか」
「まあそうですけど……いや、教訓なりました。これからはあんた誰かの許嫁(いいなずけ)ですか、亭主はいてはりませんか、あんたを想ってる人はいてはりませんかて聞くようにしますわ」
「おう、そげんせい」

嫌味で言ったのに真に受けやがった。

「それより報酬は払えっとか」

伝之助は歩いたまま横目で後ろを見る。
そう言えば用心棒として雇った事を忘れていた。

「なんぼですの」
「そうじゃの。優之助には住まいの世話になるち、ちいと負けとくか」
「それは助かります」

この男にもそんな心があった事に安堵する。
寧ろ部屋を提供しているのだから当然だ。

「五両でどげんね」

五両?今五両と言ったか?

いや、まさか。聞き間違いだろう。
五分と言ったのだ。

「金五分ですか……」

金四分で金一両に相当する。

用心棒代の相場は大体金一、二分と聞いた事がある。
その相場からすると金五分と言うのは倍以上だ。

負けておくと言っておきながらこの値段はないだろう。
もう少し負けてもらえるよう交渉しようか。

「お前はなめちょっとか。金五両じゃ」

……金五分ではなく金五両?何を言っているのだろうか。

そうか、伝之助は薩摩と言う田舎から出てきたのだ。
きっと貨幣価値が良く分かっていないのだ。

仕方ない。
教えてやろう。

「伝之助さん。伝之助さんは知らんかもしらんけど、五両てのはどえらい高額なんですよ。庶民が一月暮らすのに一両程かかるんです。それを五両て言うたら五月分暮らすぐらいの金額です。だから五両言うんは高額なんです」
「そげなこつわかっちょう。そいで五両ち言うとる」

「え、わかってて言ってんの!高っ!」

目を剥いた。
法外にも程がある。
負けておくと言う言葉に安堵した自分が馬鹿だった。

「高い?優之助、よう考えてみい。五両で命が助かったとじゃ。今こげんして歩いちょる。じゃっどんおいがおらんかったらお前はあん橋で死体となって転がっちょる。ちごうか」

「いや、まあそうかも知らんけど……確か用心棒代の相場は金一分か二分て聞いた事ありますよ。それに負けてくれるんやなかったんですか」

「そげな相場は関係なか。用心棒代とちごて命の値段じゃ。そいにおいは十両ち言いたいとこを半値の五両にしたとじゃ。十分負けちょるど」

十両やと。
十両盗めば首が飛ぶと言うが、命の値段と言うのはまさかそれを根拠にしているのだろうか。
だとすればこの糞侍、どこまで欲深く、そして単純なやつなのだろうと思う。

「伝之助さんを雇うたらいつもそないしますの?」
「まあ色々じゃの」
「もう少し負けてくれませんか。俺はあのぼろ屋で独り住まいです。定職もありませんし」
「そげにぼろでんなか。定職にもついちょらんのはお前が悪か」

言う通りなのだが……

実を言うと実家からの仕送りは時々の売り上げにもよるが毎月二両程ある。
一月暮らすには十分過ぎる程で、鈴味屋で遊んでいてもお釣りがくる。
貯えもあるので支払い能力はあるが、そんな大金を伝之助に払いたくないし、さすがに五両はきつい。

「おっしゃるとおりです。やからこそ、これから定職に就くためにも金が要るんです。だからもう少し何とかなりませんか」

伝之助は考えながら歩く。
顔だけ優之助の方へ向けた。

「お前の言うこつも一理あるの。よか、特別に大判振る舞いじゃ」
「ほんまですか!なんぼにしてくれます?」
「三両にすっど」

三両……まだ高い。
もう少し値切ろう。

「よっ伝之助大明神!そこでもう一声!」

優之助は伝之助の前に回って手を合わせる。
伝之助は歩を止めると、優之助を睨み付けた。

「お前、ぶち殺すど」

「……」

時が止まったような静寂。
首元が寒くなる。
悪寒が走った。

「いや、冗談です。ありがとうございます。三両お支払いします」
「おう。さっさと帰っど」

伝之助はまた歩き出し、優之助は肩を落としながら着いていく。

ちくしょう……「帰っど」て俺の家やないか。

しかし怒らせると怖かった。
今後は気を付けよう。

優之助は前を歩く伝之助の背を見て考える。

伝之助は助けを求める事を読んでいたのではないだろうか。
或は章夫が襲ってきた時に助けに入り、助けてほしければ依頼しろと迫ったかもしれない。
どう転んでも結局今のこの結果になったのではないだろうかと思うと溜息が漏れた。

その様子を感じ取ったのか、伝之助の背中が笑っている気がした。
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