第26話「全部バッドエンドなんだが」
文字数 3,087文字
ルナに照明を何とかしろと言われた裕太は、電源を潰すのが手っ取り早いと判断し、セイが持ち込んだであろう発電機を探し回っていた。
銃声に爆発音、怒声に破裂音と、工場内を不吉な音が飛び交っている。
湧き上がる不安や焦燥をどうにか捻じ伏せ、裕太はしらみ潰しの探索を続ける。
「ここも違うか……」
またハズレだったドアを閉めながら、裕太は小声で呟く。
元々は中途半端な広さの工場なんだろうが、廃墟に特有の規則性を無視した荒れ方と、マグライトの明かりだけに頼らざるを得ないことが、探索の難易度を上昇させていた。
隣の部屋は元は資材置き場だったらしく、朽ちたダンボールやサビだらけのスチール棚、それに用途のわからない金属部品などが散乱していた。
またハズレか、とドアを閉めて出ようとしたが、視界の端に引っかかるものがある。
改めてそこを照らすと、裕太は床に四角く穴が空いているのを発見した。
正確には、床にある鉄製の蓋が開けられて、そこから階下への梯子 が伸びている。
覗き込んで、明かりが見えるのを裕太は確認する。
やっと当たりを見つけた安堵と、何者かが待ち伏せているかも知れない緊張を抱え、静かに地下へと向かう。
十分に注意を払ったつもりだったが、鉄製の梯子は無情にも派手な金属音を発する。
不意討ちは無理だと悟った裕太は、開き直って通路の先にある部屋を小走りで目指す。
そして入口前で立ち止まり、上で拾った小さな金属部品を部屋に投げ込んでみた。
乾いた金属音が響くが、それ以上は何の反応もない。
耳を澄ましてみても、低いモーター音が聞こえるだけだ。
その音で発電機が室内にあると判断した裕太は、忍び足で中に入ってみた。
「……また会ったな、クソガキィ」
三歩ほど踏み込んだ所で、聞き覚えのある声に呼び止められた。
薄暗い部屋の奥に光源があり、そこに置かれた机の奥に男が座っている。
ワット数の低そうな電球が照らしているのは、作業着姿の宇野だった。
机の上には複数のモニターが並んでいる――監視カメラのチェックでもしていたのか。
その机の奥に、振動音を発している発電機らしい機械が確認できた。
「これはこれは……めっちゃオラついてたのに、高校生に惨敗してみっともなく泣き喚いた挙句、大小便漏らして華麗に失神してた宇野さんじゃないですか」
「うるっせえ、ボケッ! テメェは近々ブッ殺すつもりだったが、予定よりちょっと早まったわ」
裕太が軽く煽ると、宇野はわかりやすい激昂ぶりで対応してきた。
冷静さを失わせた方が与 しやすい――そのセオリーに従って、裕太は相手をコケにしまくる。
「随分とデカい口を……あ、ひょっとして俺に殴られたショックで、柔らかい脳味噌から記憶が飛んでらっしゃる?」
「クソダボが……忘れるワケ、ねぇだろ……だがテメェにはな、ある意味感謝してんだ」
重ねて煽っていく裕太に、凶暴極まりない顔付きで宇野は切れ切れに言葉を吐き出す。
「あの日、俺は自分のハンパさを思い知らされた……それで、覚悟も固まった」
立ち上がって歩み寄ってくる宇野の姿を目にして、裕太はある違和感に気付く。
「ちょっと待て。お前、何で普通に歩いてんだ?」
研究所から逃げる際に、宇野の膝は完全に壊したはず。
なのに、この平然としている様子は何だ。
「今度はテメェが……絶望を味わう番だぜ」
ポケットから銀色のケースを取り出した宇野は、その中身を口に含んでガリガリ噛み砕く。
「薬に頼る奴は馬鹿だと思ってたがな、この効果を知れば……使わない奴が馬鹿に思える」
キャンディのように見えた半透明の玉は、どうやら錠剤だったらしい。
数秒と経たず、暴発寸前だった宇野の表情が冷静さを取り戻した。
「精神安定剤か?」
「コイツはそんなハンパなモンじゃねぇ。使用者の感情を消し、身体機能を強化し、思考速度を向上させる、奇跡のデザイナードラッグMWB――『モンク・ウィズ・ボウ』だ。飲めば飲む程に効力がアップして、あの程度の怪我はもうカスリ傷にしか感じねぇ」
「……修行僧と、弓?」
「意味は知らねぇが――おっほ、これだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだぁ!」
無表情のまま棒立ちで叫び続ける宇野の姿は、一言で表せばまさに狂態だった。
「土下座して命乞いをするなら今の内だぞ……最後は殺すけど。逃げるなら早く決めた方がいいぞ……追いかけて殺すけど。言い残す事があったら手短にな……途中で殺すけど」
「全部バッドエンドなんだが」
少し上擦 った声で応じる裕太に、宇野がやれやれといった風に頭を振る。
「俺がMWBを飲んだからには、もう終わりだ。テメェ死んだぞ。今の俺は山田を遥かに超えてる。アイツの使ってたのはプロトタイプだが、俺のは最新版だ」
あのゴリラ男の怪力と速力と耐久力は、ドーピングの賜物 だったのか。
今更ながらそれを知らされた裕太は、目の前にいる宇野の厄介さも同時に把握する。
エウリュスやコブールに比べれば、戦闘能力はキングタイガーとスマトラトラ程度の開きがあるだろうが、いずれにせよ致命的な脅威に変わりない。
「テメェなんざ瞬殺だぜぇ……まぁ、そうすぐには楽にしてやらねぇけどな」
発作を起こしたように笑う宇野から目を離さず、裕太はこの場を切り抜ける策を探す。
遠距離で奇襲をかけるにしても、宇野のパワーアップが宣言通りだとしたら、回避された後で悠々と銃撃を受けるかも。
接近しての格闘戦はコチラが不利だろうし、背を見せて逃げるのは更に問題外だ。
「さて、まずは――ジャンケンでグーしか出せない体になれや!」
絶叫気味の宣言と共に、宇野は腰に下げた革鞘 から二本の大型ナイフを抜く。
裕太は人間離れした速度で迫ってくる宇野を目にして、この場にそぐわない穏やかな表情を浮かべながら流星錘を構えた。
「お前が馬鹿で、助かった」
言い捨てて、アンダースローで錘を投げる。
猛然と直進してきた宇野は、途轍もない相対速度になっていた鋼球を顔面で受け止めると、不恰好な剣の舞を披露しながら地面に崩れる。
「ぁがっ、ぅあ、ば、ばぁんべ……」
全身を戦慄 かせて「何で」と自問している宇野の頭に、裕太はダメ押しで錘を叩き込む。
「こんな状況で真っ直ぐ突っ込んだら、カウンターが来るに決まってるだろ。同じことやって俺に膝を蹴り抜かれたじゃねえか」
聴こえているかどうかは確かめず、裕太は全力で宇野の横っ面を蹴り飛ばした。
そして宇野が落としたナイフを拾い上げると、発電機から伸びているコード類をまとめて掴んで一気に断ち切る。
直後、周囲は闇に包まれた。
念のため流星錘を発電機に何回か叩き込んでおく。
盛大に火花を噴出させる機械を放置し、裕太はマグライトの灯りを頼りに上階へと戻る。
その途中、戻って宇野にトドメを刺すべきか――との考えが浮かぶが、どうせ数時間は動けないだろうと判断して放置することに決めた。
上階への梯子を登っている途中、裕太はMWBに隠された意味に気付く。
「ああ、三つの能力を与えるモンク・ウィズ・ボウ――つまりモンキーズ・ポウ、猿の手のモジリか。どんだけ酷い副作用があるんだろうな」
銃声に爆発音、怒声に破裂音と、工場内を不吉な音が飛び交っている。
湧き上がる不安や焦燥をどうにか捻じ伏せ、裕太はしらみ潰しの探索を続ける。
「ここも違うか……」
またハズレだったドアを閉めながら、裕太は小声で呟く。
元々は中途半端な広さの工場なんだろうが、廃墟に特有の規則性を無視した荒れ方と、マグライトの明かりだけに頼らざるを得ないことが、探索の難易度を上昇させていた。
隣の部屋は元は資材置き場だったらしく、朽ちたダンボールやサビだらけのスチール棚、それに用途のわからない金属部品などが散乱していた。
またハズレか、とドアを閉めて出ようとしたが、視界の端に引っかかるものがある。
改めてそこを照らすと、裕太は床に四角く穴が空いているのを発見した。
正確には、床にある鉄製の蓋が開けられて、そこから階下への
覗き込んで、明かりが見えるのを裕太は確認する。
やっと当たりを見つけた安堵と、何者かが待ち伏せているかも知れない緊張を抱え、静かに地下へと向かう。
十分に注意を払ったつもりだったが、鉄製の梯子は無情にも派手な金属音を発する。
不意討ちは無理だと悟った裕太は、開き直って通路の先にある部屋を小走りで目指す。
そして入口前で立ち止まり、上で拾った小さな金属部品を部屋に投げ込んでみた。
乾いた金属音が響くが、それ以上は何の反応もない。
耳を澄ましてみても、低いモーター音が聞こえるだけだ。
その音で発電機が室内にあると判断した裕太は、忍び足で中に入ってみた。
「……また会ったな、クソガキィ」
三歩ほど踏み込んだ所で、聞き覚えのある声に呼び止められた。
薄暗い部屋の奥に光源があり、そこに置かれた机の奥に男が座っている。
ワット数の低そうな電球が照らしているのは、作業着姿の宇野だった。
机の上には複数のモニターが並んでいる――監視カメラのチェックでもしていたのか。
その机の奥に、振動音を発している発電機らしい機械が確認できた。
「これはこれは……めっちゃオラついてたのに、高校生に惨敗してみっともなく泣き喚いた挙句、大小便漏らして華麗に失神してた宇野さんじゃないですか」
「うるっせえ、ボケッ! テメェは近々ブッ殺すつもりだったが、予定よりちょっと早まったわ」
裕太が軽く煽ると、宇野はわかりやすい激昂ぶりで対応してきた。
冷静さを失わせた方が
「随分とデカい口を……あ、ひょっとして俺に殴られたショックで、柔らかい脳味噌から記憶が飛んでらっしゃる?」
「クソダボが……忘れるワケ、ねぇだろ……だがテメェにはな、ある意味感謝してんだ」
重ねて煽っていく裕太に、凶暴極まりない顔付きで宇野は切れ切れに言葉を吐き出す。
「あの日、俺は自分のハンパさを思い知らされた……それで、覚悟も固まった」
立ち上がって歩み寄ってくる宇野の姿を目にして、裕太はある違和感に気付く。
「ちょっと待て。お前、何で普通に歩いてんだ?」
研究所から逃げる際に、宇野の膝は完全に壊したはず。
なのに、この平然としている様子は何だ。
「今度はテメェが……絶望を味わう番だぜ」
ポケットから銀色のケースを取り出した宇野は、その中身を口に含んでガリガリ噛み砕く。
「薬に頼る奴は馬鹿だと思ってたがな、この効果を知れば……使わない奴が馬鹿に思える」
キャンディのように見えた半透明の玉は、どうやら錠剤だったらしい。
数秒と経たず、暴発寸前だった宇野の表情が冷静さを取り戻した。
「精神安定剤か?」
「コイツはそんなハンパなモンじゃねぇ。使用者の感情を消し、身体機能を強化し、思考速度を向上させる、奇跡のデザイナードラッグMWB――『モンク・ウィズ・ボウ』だ。飲めば飲む程に効力がアップして、あの程度の怪我はもうカスリ傷にしか感じねぇ」
「……修行僧と、弓?」
「意味は知らねぇが――おっほ、これだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだぁ!」
無表情のまま棒立ちで叫び続ける宇野の姿は、一言で表せばまさに狂態だった。
「土下座して命乞いをするなら今の内だぞ……最後は殺すけど。逃げるなら早く決めた方がいいぞ……追いかけて殺すけど。言い残す事があったら手短にな……途中で殺すけど」
「全部バッドエンドなんだが」
少し
「俺がMWBを飲んだからには、もう終わりだ。テメェ死んだぞ。今の俺は山田を遥かに超えてる。アイツの使ってたのはプロトタイプだが、俺のは最新版だ」
あのゴリラ男の怪力と速力と耐久力は、ドーピングの
今更ながらそれを知らされた裕太は、目の前にいる宇野の厄介さも同時に把握する。
エウリュスやコブールに比べれば、戦闘能力はキングタイガーとスマトラトラ程度の開きがあるだろうが、いずれにせよ致命的な脅威に変わりない。
「テメェなんざ瞬殺だぜぇ……まぁ、そうすぐには楽にしてやらねぇけどな」
発作を起こしたように笑う宇野から目を離さず、裕太はこの場を切り抜ける策を探す。
遠距離で奇襲をかけるにしても、宇野のパワーアップが宣言通りだとしたら、回避された後で悠々と銃撃を受けるかも。
接近しての格闘戦はコチラが不利だろうし、背を見せて逃げるのは更に問題外だ。
「さて、まずは――ジャンケンでグーしか出せない体になれや!」
絶叫気味の宣言と共に、宇野は腰に下げた
裕太は人間離れした速度で迫ってくる宇野を目にして、この場にそぐわない穏やかな表情を浮かべながら流星錘を構えた。
「お前が馬鹿で、助かった」
言い捨てて、アンダースローで錘を投げる。
猛然と直進してきた宇野は、途轍もない相対速度になっていた鋼球を顔面で受け止めると、不恰好な剣の舞を披露しながら地面に崩れる。
「ぁがっ、ぅあ、ば、ばぁんべ……」
全身を
「こんな状況で真っ直ぐ突っ込んだら、カウンターが来るに決まってるだろ。同じことやって俺に膝を蹴り抜かれたじゃねえか」
聴こえているかどうかは確かめず、裕太は全力で宇野の横っ面を蹴り飛ばした。
そして宇野が落としたナイフを拾い上げると、発電機から伸びているコード類をまとめて掴んで一気に断ち切る。
直後、周囲は闇に包まれた。
念のため流星錘を発電機に何回か叩き込んでおく。
盛大に火花を噴出させる機械を放置し、裕太はマグライトの灯りを頼りに上階へと戻る。
その途中、戻って宇野にトドメを刺すべきか――との考えが浮かぶが、どうせ数時間は動けないだろうと判断して放置することに決めた。
上階への梯子を登っている途中、裕太はMWBに隠された意味に気付く。
「ああ、三つの能力を与えるモンク・ウィズ・ボウ――つまりモンキーズ・ポウ、猿の手のモジリか。どんだけ酷い副作用があるんだろうな」