第30話「お待たせ……もう、大丈夫だから」
文字数 3,424文字
燃え盛る瓦礫 を前に裕太は呆然とするしかなく、それを伊織が虚ろな眼で見つめていた。
渦巻く感情を処理しきれず、炎に包まれた大切な人の名を呼ぶ。
「ルナねぇ……」
「はい元気です」
「……え?」
飛び散る火の粉によって延焼しつつある、工場脇の森から這い出して来たのは、錆びの浮いたベコベコの一斗缶だった。
口の方を下にした缶の中から、くぐもったルナの声が聞こえてくる。
「ぬうぉあ! 何だそれ? 確実に元気じゃねぇ!」
「まったく、予想以上の爆発力だったんで、流石のあたしも一時はどうなるかと」
「いや深刻にどうかなってるって! 明らかに人体が入るサイズじゃないだろ、その缶!」
「細かい話は後回し。とりあえず逃げるよ」
「逃げるって……何処に?」
「ドコでもいい――っていうかこの場に残ってると、別働隊が戻ってくる可能性が高い。今のポンコツなあたしらじゃ、三十秒も耐えられずに全滅だ」
確かに、体力が尽きて骨が数本折れている高校生と、頭以外の殆どを失ってるっぽい生物、それと『てけてけ』もどきという面子では、アルケーに来られたら手も足も出ない。
「ああ、その前に……下半、身……倉庫脇ぃ……」
「ん、探してくる。ちょっと待っててくれ」
痛む脇腹を押さえつつ、気温が十度ばかり上昇している倉庫周辺に向かった裕太は、燃える工場の明かりのお陰でアッサリと伊織の胴から下を発見し、それを担いで二人の所へ戻る。
「よし、撤収だ。裕太、運転は?」
「前に師匠から教わってるから、一応は出来るけど」
「じゃあ、あたしとイオを運んで」
伊織の半分を背負って半分を右手で抱え、ルナ入りの缶を左手で掴んだ裕太は、激しく自己主張する体中の痛みに脂汗をかきながら、どうにか車の所にまで辿り着く。
意識を失いかけた伊織の上下をトランクに積み込み、続けてルナにも入って貰おうとしたが、缶を揺さぶって拒絶される。
「あたしは助手席で」
「中身を誰かに見られたら、今年の十大ニュースの七位くらいにランクインしかねないぞ」
「きっと大丈夫」
「根拠ナシかよ……」
言いながらつい缶の中を見てしまった裕太は、大変なことになっているルナの姿を目撃するのだが、あまりに現実離れしていたせいか声を出さず冷静さを保てた。
「やばいくらいに箱入り娘だけど、本当に大丈夫なのか」
「……ほう」
「やかましい」
猟奇的にも限度がある姿の女性二人を乗せて無免許運転、という反社会性ぶっちぎりの状況に緊張しつつハンドルを握った裕太だが、幸いにも特に問題なく車は帰路を消化していく。
「行き先は師匠の家でいいか」
「ああ」
「……それで、セイは」
「ヴァルから貰った爆薬で吹き飛ばしてやった。今頃はもう千の風になって、工場の上空で灰と戯れてるハズだ」
「何でポエム的な表現になってるんだ……しかし、死んだのか、あいつ」
「ここまでやって平然としてるようなら、次はミサイルとかの出番だな」
数時間前に初めて存在を知った家族なのに、もう永遠の別れを告げる結果となったセイという人物について、裕太は想いを巡らせる。
もし自分が犠牲になっていれば、セイはこの壊れかけた世界を救えたのだろうか。
もし出産時の事故がなければ、親父もアルケーに関わらなかったのかも知れない。
もしそうならば、セイとも普通の兄弟として育ち、家族四人で暮らしていたのか。
取り止めもなく可能性の種類を数えていると、助手席から声が上がった。
「何を考えてるのか大体はわかるけど、それはあんまり気にするな、裕太」
「でも、ルナねぇ――」
「どうにもならないことは、思い悩むだけ無駄」
随分と素っ気ない物言いだが、心理的負担を少しでも減らそうと、ルナなりに気を回してくれているのだろうか。
裕太にはよくわからなかったが、とりあえず質問を重ねる。
「これで……全部終わったのか」
「そう言っても差し支えないね。わかりやすくガンダムで例えると、ア・バオア・クー防衛戦の最中にギレンが暗殺された直後くらい」
「最終決戦はほぼ終わって敵の総大将は退場、か……」
溜息混じりに返すと、缶の中でガサゴソと不審な音を立てながらルナが語る。
「DFIの内部事情が不透明だし、セイが集めた連中の残党がどう動くか予測できない、ってのもあるけど……まぁ、どうにかなるだろ」
「イマイチ安心できないな」
「何はともあれ、まずはヴァルに連絡してギリギリのイオを何とかしないと」
裕太はバックミラーを確認しながら、ルナの言葉に同意する。
「そうだな……ところで、同じくギリギリな感じのルナねぇは回復までにどの程度かかるんだ?」
「さぁ? どんな耐久試験でもここまで体組織を失わなかったから、あたしにもわからん」
「適当だなぁ……」
「進んだ先にあるモノが全部見える、そんな人生なんて退屈なのだぜ?」
「視界ゼロな霧の中を手探りで進む、そんな人生も大概だと思うけど」
取り留めのない話をしている内に、車は伊織の家の前へと到着する。
意識を失った伊織をトランクから降ろしていると、そう遠くない場所からパトカーと消防車のサイレン音が聞こえてきた。
セイの送り込んだ陽動部隊が、まだ街で暴れているのだろうか。
「裕太、わかってるとは思うが――行くなよ」
ルナに釘を刺されるまでもなく、今の自分が向かおうと何の役にも立たないと理解しているが、それでも誰かを見捨てたような後ろめたさが残ってしまう。
伊織とルナを屋内へと運び込んだ裕太は、緊張の続いていた精神状態がやっと緩んだのを感じながら、見慣れた天井を仰いで深く息を吐く。
「とりあえず、あたしがヴァルに連絡しとくから、裕太は少し休んでてくれ」
「ん……そういえば、このタイミングでセイの仲間が襲ってきたら?」
「困る」
「……対処法は?」
「来ないように祈りを捧げる、くらいかな」
「俺、何の信仰もないんだけど」
「あたしもトイレの神様しか信じてないけど」
「何でピンポイントで――つうか、それ歌だろ?」
「いや、烏枢沙摩明王 」
「確かにそれもトイレの神様なんだろうけど、シモの病気を何とかしてくれるとか、そんなんじゃなかったか。下半身に何か問題を抱えてるのか?」
「下半身はおろか上半身も大部分どっか行ってる、という大問題が現在進行形だけど?」
「そりゃそうだが……」
改めてルナを見下ろせば、缶に入ったままの姿が目に入る。
「トイレで思い出したけど、約束のカレーを作ってあげられるのは、ちょっと先になりそうだ」
「最悪なタイミングで思い出すな! んぁ……ちょっと鎮痛剤、探してくるわ」
状況が落ち着いたせいか、ルナと話している内に頭痛と共に全身の痛みが強くなってきた裕太は、その場を離れて薬を探しに行く。
「確かこの辺に……」
倉庫を探すと、すぐに救急箱が見つかった。
そして、『一回一錠』と英語で注意書きがされた鎮痛剤を三錠まとめて飲んで、道場に戻ってから畳敷きの床に腰を下ろす。
首だけのルナは、相馬博士に電話をかけに行ったのか、姿が見えない。
壁に寄りかかってボーッとしている内に、疲れと薬の副作用から来る眠気に勝てなくなり、裕太はウトウトと眠ってしまった。
あの夢が始まった。
いつも通りの悪夢。
転んで血を流して。
泣きながら逃げて。
怯えながら隠れる。
そして、裕太を守ろうとしてルナが殺される。
何度繰り返して見せられたかわからない光景。
いつもの流れを経て、ルナの背中に三発の銃弾が撃ち込まれる。
だが、そこで展開が変わり、撃たれたはずのルナが、何事もなかったように立ち上がった。
金の髪に褐色の肌、青い瞳に不敵な笑み――あの日の春奈京ではなく、今の相馬ルナだ。
二人の男を瞬時に殴り倒したルナは、蹲 って震える裕太に手を伸ばしながら言う。
「お待たせ……もう、大丈夫だから――裕太…………ウタ、おーい――裕太!」
ルナの言葉が、徐々に呼び声へと変化してゆく。
醒めかけたまどろみの中、裕太には確信に近い予感が湧き上がっていた。
長年続いたこの悪夢に魘 されるのは、今回がきっと最後になるだろう。
渦巻く感情を処理しきれず、炎に包まれた大切な人の名を呼ぶ。
「ルナねぇ……」
「はい元気です」
「……え?」
飛び散る火の粉によって延焼しつつある、工場脇の森から這い出して来たのは、錆びの浮いたベコベコの一斗缶だった。
口の方を下にした缶の中から、くぐもったルナの声が聞こえてくる。
「ぬうぉあ! 何だそれ? 確実に元気じゃねぇ!」
「まったく、予想以上の爆発力だったんで、流石のあたしも一時はどうなるかと」
「いや深刻にどうかなってるって! 明らかに人体が入るサイズじゃないだろ、その缶!」
「細かい話は後回し。とりあえず逃げるよ」
「逃げるって……何処に?」
「ドコでもいい――っていうかこの場に残ってると、別働隊が戻ってくる可能性が高い。今のポンコツなあたしらじゃ、三十秒も耐えられずに全滅だ」
確かに、体力が尽きて骨が数本折れている高校生と、頭以外の殆どを失ってるっぽい生物、それと『てけてけ』もどきという面子では、アルケーに来られたら手も足も出ない。
「ああ、その前に……下半、身……倉庫脇ぃ……」
「ん、探してくる。ちょっと待っててくれ」
痛む脇腹を押さえつつ、気温が十度ばかり上昇している倉庫周辺に向かった裕太は、燃える工場の明かりのお陰でアッサリと伊織の胴から下を発見し、それを担いで二人の所へ戻る。
「よし、撤収だ。裕太、運転は?」
「前に師匠から教わってるから、一応は出来るけど」
「じゃあ、あたしとイオを運んで」
伊織の半分を背負って半分を右手で抱え、ルナ入りの缶を左手で掴んだ裕太は、激しく自己主張する体中の痛みに脂汗をかきながら、どうにか車の所にまで辿り着く。
意識を失いかけた伊織の上下をトランクに積み込み、続けてルナにも入って貰おうとしたが、缶を揺さぶって拒絶される。
「あたしは助手席で」
「中身を誰かに見られたら、今年の十大ニュースの七位くらいにランクインしかねないぞ」
「きっと大丈夫」
「根拠ナシかよ……」
言いながらつい缶の中を見てしまった裕太は、大変なことになっているルナの姿を目撃するのだが、あまりに現実離れしていたせいか声を出さず冷静さを保てた。
「やばいくらいに箱入り娘だけど、本当に大丈夫なのか」
「……ほう」
「やかましい」
猟奇的にも限度がある姿の女性二人を乗せて無免許運転、という反社会性ぶっちぎりの状況に緊張しつつハンドルを握った裕太だが、幸いにも特に問題なく車は帰路を消化していく。
「行き先は師匠の家でいいか」
「ああ」
「……それで、セイは」
「ヴァルから貰った爆薬で吹き飛ばしてやった。今頃はもう千の風になって、工場の上空で灰と戯れてるハズだ」
「何でポエム的な表現になってるんだ……しかし、死んだのか、あいつ」
「ここまでやって平然としてるようなら、次はミサイルとかの出番だな」
数時間前に初めて存在を知った家族なのに、もう永遠の別れを告げる結果となったセイという人物について、裕太は想いを巡らせる。
もし自分が犠牲になっていれば、セイはこの壊れかけた世界を救えたのだろうか。
もし出産時の事故がなければ、親父もアルケーに関わらなかったのかも知れない。
もしそうならば、セイとも普通の兄弟として育ち、家族四人で暮らしていたのか。
取り止めもなく可能性の種類を数えていると、助手席から声が上がった。
「何を考えてるのか大体はわかるけど、それはあんまり気にするな、裕太」
「でも、ルナねぇ――」
「どうにもならないことは、思い悩むだけ無駄」
随分と素っ気ない物言いだが、心理的負担を少しでも減らそうと、ルナなりに気を回してくれているのだろうか。
裕太にはよくわからなかったが、とりあえず質問を重ねる。
「これで……全部終わったのか」
「そう言っても差し支えないね。わかりやすくガンダムで例えると、ア・バオア・クー防衛戦の最中にギレンが暗殺された直後くらい」
「最終決戦はほぼ終わって敵の総大将は退場、か……」
溜息混じりに返すと、缶の中でガサゴソと不審な音を立てながらルナが語る。
「DFIの内部事情が不透明だし、セイが集めた連中の残党がどう動くか予測できない、ってのもあるけど……まぁ、どうにかなるだろ」
「イマイチ安心できないな」
「何はともあれ、まずはヴァルに連絡してギリギリのイオを何とかしないと」
裕太はバックミラーを確認しながら、ルナの言葉に同意する。
「そうだな……ところで、同じくギリギリな感じのルナねぇは回復までにどの程度かかるんだ?」
「さぁ? どんな耐久試験でもここまで体組織を失わなかったから、あたしにもわからん」
「適当だなぁ……」
「進んだ先にあるモノが全部見える、そんな人生なんて退屈なのだぜ?」
「視界ゼロな霧の中を手探りで進む、そんな人生も大概だと思うけど」
取り留めのない話をしている内に、車は伊織の家の前へと到着する。
意識を失った伊織をトランクから降ろしていると、そう遠くない場所からパトカーと消防車のサイレン音が聞こえてきた。
セイの送り込んだ陽動部隊が、まだ街で暴れているのだろうか。
「裕太、わかってるとは思うが――行くなよ」
ルナに釘を刺されるまでもなく、今の自分が向かおうと何の役にも立たないと理解しているが、それでも誰かを見捨てたような後ろめたさが残ってしまう。
伊織とルナを屋内へと運び込んだ裕太は、緊張の続いていた精神状態がやっと緩んだのを感じながら、見慣れた天井を仰いで深く息を吐く。
「とりあえず、あたしがヴァルに連絡しとくから、裕太は少し休んでてくれ」
「ん……そういえば、このタイミングでセイの仲間が襲ってきたら?」
「困る」
「……対処法は?」
「来ないように祈りを捧げる、くらいかな」
「俺、何の信仰もないんだけど」
「あたしもトイレの神様しか信じてないけど」
「何でピンポイントで――つうか、それ歌だろ?」
「いや、
「確かにそれもトイレの神様なんだろうけど、シモの病気を何とかしてくれるとか、そんなんじゃなかったか。下半身に何か問題を抱えてるのか?」
「下半身はおろか上半身も大部分どっか行ってる、という大問題が現在進行形だけど?」
「そりゃそうだが……」
改めてルナを見下ろせば、缶に入ったままの姿が目に入る。
「トイレで思い出したけど、約束のカレーを作ってあげられるのは、ちょっと先になりそうだ」
「最悪なタイミングで思い出すな! んぁ……ちょっと鎮痛剤、探してくるわ」
状況が落ち着いたせいか、ルナと話している内に頭痛と共に全身の痛みが強くなってきた裕太は、その場を離れて薬を探しに行く。
「確かこの辺に……」
倉庫を探すと、すぐに救急箱が見つかった。
そして、『一回一錠』と英語で注意書きがされた鎮痛剤を三錠まとめて飲んで、道場に戻ってから畳敷きの床に腰を下ろす。
首だけのルナは、相馬博士に電話をかけに行ったのか、姿が見えない。
壁に寄りかかってボーッとしている内に、疲れと薬の副作用から来る眠気に勝てなくなり、裕太はウトウトと眠ってしまった。
あの夢が始まった。
いつも通りの悪夢。
転んで血を流して。
泣きながら逃げて。
怯えながら隠れる。
そして、裕太を守ろうとしてルナが殺される。
何度繰り返して見せられたかわからない光景。
いつもの流れを経て、ルナの背中に三発の銃弾が撃ち込まれる。
だが、そこで展開が変わり、撃たれたはずのルナが、何事もなかったように立ち上がった。
金の髪に褐色の肌、青い瞳に不敵な笑み――あの日の春奈京ではなく、今の相馬ルナだ。
二人の男を瞬時に殴り倒したルナは、
「お待たせ……もう、大丈夫だから――裕太…………ウタ、おーい――裕太!」
ルナの言葉が、徐々に呼び声へと変化してゆく。
醒めかけたまどろみの中、裕太には確信に近い予感が湧き上がっていた。
長年続いたこの悪夢に