第24話「生死の境を彷徨った回数が三桁に近いから」

文字数 4,263文字

「やぁってくれたなぁ、ザヒール!」

 金髪を(まだら)に紅く染めながら、ルナは連続して銃爪(ひきがね)を引く。
 二発か三発は命中したようだが、ザヒールは怯んだ素振りをまるで見せず、淡々と反撃に転じようとしている。

「チッ、ボディアーマーか」

 忌々しげに舌打ちすると、ルナは銃を投げ捨てた。
 ザヒールは余裕たっぷりな雰囲気を保ったまま、ライフルを捨てて別の武器を抜く。
 映画やゲームでは見た覚えのない、奇妙なシルエットを持った大型拳銃だ。

「お前は確保するのではなく、確実に始末しろと言われてるんでな。ここでやらせてもらう」
「やりたいことが全部できるなら、世の中は大富豪とユーチューバーだらけだ」

 武器を失っていようと、ルナはいつもの調子だ。
 裕太としては、反撃のきっかけ作りとなる行動に出たかったが、ザヒールにそれを許すような隙は見えない。
 電気カンテラの半端な明かりの中、無限にも思える静寂が数秒続く。
 ガサッ、という物音が樹上から響くと共に、ルナとザヒールが動いた。

 さっき倒した相手から、銃と一緒に奪っていたらしい厚刃のナイフを手に、ルナは意図のよくわからない軌道で走る。
 迎え撃つザヒールは、不規則な動きを見せるルナに的確に対応し、大口径の銃弾を撃ち込む。
 意外にも静かな音で連射された銃弾、その内の一発がルナの右肩に突き刺さる。
 それがどうした、と言わんばかりにザヒールに近付くルナだったが、それから三歩ほど進んだ所で動きが止まり、膝から崩れてしまった。

「どうしたっ、ルナねぇ!」

 表情の消えたルナに危険な気配を感じ、裕太は再びザヒールに流星錘を放つ。
 それは再び銃弾で軌道を変えられてしまうが、手元に戻した錘には妙な粘着質の液体が付着していた。
 何だこれは――裕太が戸惑っていると、ルナが苦しげに声を絞り出す。

「また毒か、よ……」
「コブールの置き土産だ。効能を最大限まで高めた、超濃厚神経毒カクテルの味はどうだ? どんな生き物でも即死するシロモノだ」

 片膝をついて喘ぐルナを見下ろし、ザヒールが訊く。

「まさに……天にも昇る心地、だ」
「では、おかわりをやろう」

 その言葉と共に、更に二発の毒入り弾丸がルナに放たれる。
 ルナは発砲と同時の反撃を準備していた様子だったが、身体が言う事を聞かなかったのか、立ち上がった所で銃弾を受け、数歩よろけて仰向けに倒れた。

「こいつを食らって、まだ動けるとはな……」

 ルナの傍らへと歩み寄ったザヒールは、呆れたように呟く。
 見下ろされているルナは、痙攣(けいれん)しながら声にならない音を漏らしている。

「ふぅらぁっ!」

 少しでもザヒールの気を逸らそうと、裕太は大声を出しつつ三度目の攻撃を仕掛けようとするが、素早く銃口を向けられて動きを止めた。
 瞬間、昇天寸前に見えたルナが手を伸ばして何かを拾う。

「無駄な足掻き、を――」

 乾いた銃声の連続に、ザヒールの言葉が途切れる。
 苦し紛れに弾切れの銃をもう一回拾ったように見えたのだが、ルナはまだ弾の残った銃を放り捨て、奇襲の下拵(したごしら)えをしていたらしい。

「残念ながら、神経毒には完全に近い抵抗力があるんでね。身に着けた方法は思い出したくもないけど」

 防弾装備のない股関節付近を撃ち抜かれたザヒールは、ルナと入れ替わりで仰向けに倒れた。
 ザヒールが握ったままのライフルを蹴り飛ばしたルナは、拳銃のマガジンを入れ換えながら得意満面で裕太に訊く。

「ところで、あたしの見事な死んだフリはどうだった?」
「文句なしに迫真の演技だったが、ありゃ心臓に優しくない」
「何つっても、生死の境を彷徨った回数が三桁に近いから」
「瀕死とか九死に一生って状況に、桁の概念を持ち込むのは斬新だな」

 裕太の言葉に、ルナはやや空疎(くうそ)さの混ざった笑いを返してきた。
 


「さて、と。イモを引いたな、ザヒール。大人しく警備員やってりゃ良かったのに、何をトチ狂ってセイなんかに付いたんだ。遊ぶ金欲しさか?」

 固まった血でごわついた髪を手櫛で梳きながら、ルナは不機嫌さを丸出しに詰問する。
 ザヒールは、容貌からして歴戦の軍人といった雰囲気だが、その表情には敗北を悟っての無念と、悪質な詐欺に引っかかって全財産を失ったような苦衷(くちゅう)が浮いている。

「……殺せ」
「慌てなくてもキッチリ殺してやる。各種拷問を織り交ぜられたくなければ、質問に答えろ」

 荒い呼吸だけを繰り返していたザヒールが、不意に声を上げた。

「……お前は、ジャハンナムを見た事があるか」
「ジャハンナム……? えーっと、どっかの言葉で『地獄』だっけか。まぁ似た様なモンなら何度か」
「私は、それを現実としてこの目で見た。戦争ならば自分もかつて参加した。中には一方的な虐殺に近い戦闘もあった。だが、私が見たのは違う。あれは戦争でもなければ、殺人ですらない。意思も感情も介在しない機械的な破壊、そんなものに――人が関わってはいかんのだ」

 死を前にして虚ろだったザヒールの瞳に、不意に光が戻った。
 彼が一体どんなものを見たのか、裕太の知識と経験では想像が付かなかったが、ルナにはある程度は理解出来たらしく、口調が少し柔らかくなる。

「アンタは確か、イラクの出身だな……セイは何を約束した?」
「我らの神も、彼らの神も……そのどちらも必要とされない、穏やかで新しい世界だ」
「そんでもって、セイの奴が神サマになるってのか? タチとデキとシュミの悪い冗談だな。何にせよ、その新世界とやらじゃなく、死後の世界に行ってもらうけど」

 ルナはそう言い捨てると、ザヒールの顔面に銃弾を二発撃ち込んだ。
 それから「フンッ」と強く息を吐き出し、近くの木の上に向けてもう一発。

「おい、何を――」

 裕太の質問が終わらない内に、バサバサと盛大な音を立てて上から人が落ちてきた。
 そいつはガスボンベらしきものを背負って、大昔の宇宙服みたいなのを着ている。

「あああっ、マジでかっ! いってぇ! ああ! 畜生! 超痛ぇ!」
「街の襲撃に行った連中の余りか。ザヒールのバックアップだったろうに、ボスが殺されても動かないとはな。敵ながらウンザリする使えなさだ」

 左の脹脛(ふくらはぎ)を撃ち抜かれたらしいそいつは、木から落ちてケツを強打した痛みもプラスされ、やかましく喚きながらのたうつ。
 暴れる内にメットが飛び、涙目になっている人相の悪い顔が出てきた。

「いや、ちっ、違うんだ! 俺は金で雇われただけで! だから見逃してくれよ、なっ?」
「なっ、じゃねえよアホんだら」

 額の辺りを正面から蹴られ、男は縦に転がる。

「ぬふぉっ! おおお、俺は研究所のバケモノ共とは違う、普通の、に、人間だぜ? それなのにこっ、殺、殺っ――」
「黙れ」

 ルナは男の口の奥まで銃身を突っ込み、全身を大きく震わせて嘔吐(えづ)く男に問う。

「人を殺す依頼を受けた時点で、殺される覚悟も出来てるハズだろ?」

 男は頭を細かく左右に振って呻く。

「んんっ、おぶぉ――んんんんんんっ!」
「ナンだそりゃ。まぁ、その程度の覚悟も決められない馬鹿は、たぶん死ななきゃ治らない……いや、死んでも治るかどうか五分五分だな。とりあえず死んで確かめてこい」

 そしてルナは、躊躇せず銃爪を引いた。



「……なぁ、ルナねぇ」
「何?」
「そいつらって、アルケーでもフェイでもなく、普通の人間だったんだよな」

 三人の男の死体を順番に視界に入れながら、裕太は訊く。

「一応は、そうなるかな。どうでもいいから、服を引っ剥がすの手伝ってくれよ。あたしの服もうボロボロだし、コイツのと電撃トレードするから」
「どうでもいい、か。本当にどうでもいい……のか?」
「ああ、どうでもいいな。どうでもいいと思うのすらどうでもいい、とか考えるのも忌々しいくらいに、どうでもいいったらどうでもいい」
「文字にしたら『どうでもいい』がゲシュタルト崩壊を起こしそうなんだが」

 ルナは長々と溜息を吐くと、手を休めずに裕太に答える。

「あのさぁ……裕太の言ってる『普通』ってのは、どんなんだ?」
「え?」
「例えばコイツ。耐熱服を着て火炎放射器を担いでるのは普通か? ベルトにマカロフを挟んでるのはどうだ? そんな装備に身を固めて人を殺すために木の上に潜んでるのは?」
「それは……」

 責めるでも(さと)すでもなく、事務的に質問を並べられて裕太は口篭もる。

「そもそもだな、こんな厄介事に能動的に関わろうって時点で、そいつは普通の神経じゃない。それに、金を貰えば殺しも(いと)わない奴を普通の人間と呼んだら、逆に失礼な気がするぞ」

 何の逆なのかはわからないが、確かにそんな奴は普通ではない。
 同情心を無駄遣いさせられたと思い知った裕太は、男が耐熱服の下に着ていたツナギを脱がす作業を手伝う。
 悪趣味でカラフルなイラストだらけの男の肌は、同情心に続いて罪悪感も喪失させた。

「あんま役に立たないと思うが、一応持っときな。撃ち方はわかる?」
「ああ、一応は」

 手渡されたロシア製の拳銃は、裕太の想像以上に重い。

「さて、使えそうなのはなるべく回収するか……」

 ルナはザヒールと、その部下だったであろう男の所持品を漁る。

「ライフルは残弾ゼロ、予備のマガジンはなくて毒銃も弾切れ……こりゃ単なる荷物だ。ランチャーもカラで、ウージーもカラ……あとはベレッタM1951、官給品の拳銃を持ち込んだのか? それと手榴弾に――んん? 妙なモン持ってんな」

 品目を確認しつつ使えそうな物を手早く掻き集めたルナは、それらをサイズの合ってないツナギのポケットや(ふところ)に詰め込み、火炎放射器を耐熱服で包んで背負う。

「大したのはなかったが、鉄パイプも品切れだしな。手ブラよりはマシか」
「ああ……セイと師匠はどこだろう」
「さっき、工場の方からデカい音がしたから、きっとその辺だろ」

 ルナは日常茶飯なテンションで歩き出す。
 裕太は落ち着きのない膝に違和感を覚えながら、金髪の揺れるその背中を追う。
 背中の先に浮かんでいる月を明日も見られるのかな、と考えながら。
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登場人物紹介

佐崎裕太(ささきゆうた)

巻き込まれ型の主人公。高校生。

父親の遺した“あるモノ”のせいで日常生活が崩壊し、美少女と同居生活を開始したり改造人間に誘拐されたりゾンビの群れに自宅が襲われたりする。

ルナ

非常識な戦闘能力と再生能力を有する少女。見た目は10歳くらいだが年齢不詳。

格闘・射撃・投擲・刀剣・ナイフなどをオールマイティーに使いこなす。

羞恥心や道徳心に多大な問題があり、どんな違法行為だろうが必要と判断すれば躊躇なく実行する。

塙邑伊織(はなむらいおり)

裕太の格闘術の師匠に当たる女性。見た目は若いが年齢不詳。

おっとりとした喋り方と振る舞いが特徴だが、戦闘に関してはルナの同類。

セイ

裕太が巻き込まれている異常事態の元凶。

小柄な少年という目撃証言があるが、それ以外は謎に包まれている。

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