第14話「でっかく赤スプレーで『SEX』って書いてある」
文字数 3,412文字
「裕太――『バタリアン』って映画、観たことある?」
「ん、ああ……確か、小学生の頃にレンタルで」
裕太が記憶の底の方を浚 っていると、ルナが問いを重ねてくる。
「設定は覚えてる?」
「コメディっぽいゾンビ映画、って程度しか」
首を圧迫されているコブールは、聞き取り不能の唸り声を上げてもがいている。
それを無視して奇妙な質問をしてくるのに戸惑いながら裕太が答えると、ルナは空を見上げて大きく息を吐いた。
「あの映画のゾンビはさ、苦痛を逃れたくて人の脳味噌を食うんだ。で、現在の裕太はそんな怪物に追い回されてるけど、手には拳銃を握ってる状況だ。さて、死にたくない場合にココで採るべき行動は?」
ルナの意図がよくわからない裕太だが、とりあえずそれしかないだろう、という答えを口にする。
「銃爪 を引く」
「御名答」
裕太の返事を聞いたルナは、渾身の力を込めてコブールの首を捻り上げる。
直後、生木をヘシ折るような音が鳴った。
ルナが手を離すと、蜘蛛女は軟体生物じみた動きでその場に崩れ落ちた。
見開いた両目と、濡れた髪の隙間から覗く赤い眼から、急速に光が失われる。
「……死んだのか」
「ああ」
「コイツは……元々は普通の人間、だったんだよな」
「ああ」
今、目の前で人が死んだ――いや、違う。
自分が人を殺したのだ、という事実に裕太は目が眩む。
覚悟も理解もしていたつもりだったが、どうにもならなく息苦しい。
顔色を全く変えないルナの姿は、動揺する心を尚更にグラつかせる。
「他に何か方法は――」
「なかった」
発言に含まれた甘さも一緒に斬り捨てるかのように、ルナの態度は冷淡だ。
それが裕太の頭も冷やしたのか、心のざわめきは意外に早く収まった。
「……それで、死体の始末はどうする?」
「あたしらは学校もあるし、軽く隠して後はイオに頼んどこう」
「チャリと一緒に轟沈 したクリオネ女は?」
「あのハダカカメガイのフェイか……アレがまた襲ってきても、陸上なら裕太だけでも対応できるだろうから、放って置いても平気だろ」
ルナの発言の中に、謎の単語が混ざっている。
「ん、ハダカ――何て?」
「クリオネの和名だよ。『流氷の天使』とか呼ばれて調子こいてるけど、所詮は変な貝だ」
「クリオネに恨みでもあんのか」
そんな会話を経て、僅かながら表情を和らげたルナが言う。
「しかし、この後に学校行くとか、ほぼ罰ゲームだ」
「ああ。何にせよ、いっぺん家帰って着替えないと」
「それにしても……電気で麻痺、水で窒息、毒で神経破壊。今回の攻撃法ってさ、あたしの回復能力に対抗できそうなモノを選んでた気がする」
そう呟いて黙り込んでしまったルナに、何か言葉をかけるべきだと思う裕太だったが、相応しいセリフはいつまで待っても浮かんでこなかった。
粗大ゴミの中にあった業務用冷蔵庫にコブールを詰め込んだ二人は、会話がないまま森を抜けて通学路である道へと戻る。
まだ家を出て一時間も経っていないのに、いつもの風景が随分と久しぶりな感じだ。
そんな不思議な気分に囚われて辺りを見回していると、ルナが道路脇の草叢から通学用のカバンを二つ提げて現れた。
「……隠しておく意味でそこに?」
「ああ。道端に置き去りにしたら、事件と大事件の両面から調べられかねん、と思って」
「それ二つとも同じ面じゃないか?」
ルナはカバンから携帯を取り出すと、伊織に電話してコブールの始末を頼んでいる。
裕太がそんな様子を眺めている内に、ルナの金髪は銀へと移り変わり、褐色の肌からも色素が薄れてゆく。
こうなると教えられてはいたが、実際の変化を見せられると中々に現実感が乏しい絵面だ。
「――そう、川沿いの家電とかタイヤが山積みになってるトコ。――そこの、銀色の業務用冷蔵庫の中。ドアに――うん、でっかく赤スプレーで『SEX』って書いてある。じゃあ、よろしくね」
後姿をじっと眺めていると、通話を終えて振り向いたルナと目が合った。
「ん? どうした、ボーっとして」
「なぁ、ルナねぇ。その、色が変わるのは一体どういうカラクリなんだ?」
「そうだな……詳しく説明しようとすると、やたらと長くなる上に専門用語だらけになるんだけど、理系の博士課程レベルの科学知識は?」
「ない」
「じゃあ、『金髪の時は戦闘モード』っていう感じで、ザックリと理解しといて」
「よくわからんが、そうする」
そんないい加減な説明を受けつつ、自宅までの道を早足で戻る。
襲撃場所に選ばれる程なので人通りは少なかったが、それでもズブ濡れの制服姿は悪目立ちしていたらしく、子連れの主婦や散歩中の老人からの注目を集めてしまった。
そして家に着き、予備の制服に着替えようとしたのだが、そこでルナが止めに入る。
「ちょっと待て。自分が今、どんな状態かわかってるか?」
裕太はその言葉でもって、全身がドブ臭さと生臭さに塗れていると気付く。
悪臭に慣れすぎて、嗅覚が麻痺しかけていたようだ。
「このまま学校行ったら、間違いなくイジメ寸前の綽名が付くな……」
「ウンコマン三世とかな」
「完全にイジメられてるじゃねぇか! しかも小学生っぽい手加減のなさで」
「裕太はまだいいって。あたしなんかウンコマンレディーだよ?」
「決定事項か。あと『デビルマンレディー』みたいに言うな」
「更に遅くなるが、シャワー浴びてくしかないか」
「そうだね」
「じゃあ俺が先に」
「うん。あたしは後から行く」
目を閉じて熱いシャワーを首筋に浴び、裕太は長くゆっくりと溜息を吐く。
そして床を叩く水音をBGMに、激動にも限度があった今朝の出来事を振り返る。
バケモノを相手に戦わねばならない、というのは頭では理解していた。
だが実際のそいつらは行動も能力も外見も、全てが想像力の壁を余裕綽々で飛び越えてくるレベルだった。
しかも敵として現れる怪人は、元は人間なのだ。
あんな強制エンカウントが、今後も断続的に発生してしまうのか。
そう思うと、裕太の気分は果てしなく沈んでゆく。
沈むといえば、あのクリオネ女はどうしただろう――という具合に連想をつなげていると、脱衣場からルナの声が響いてきた。
「裕太ー、そろそろ入るぞー」
「おぅ……って、いや待てよ!」
裕太の制止の声を無視して、バスルームのドアが開く。
「だから待てって! 当たり前の様に入って来るな!」
「後から行くって言っといたじゃないか」
シャワーも出しっぱなしで、慌ててカラのバスタブに飛び込んだ裕太に、胸の上でタオルを巻いた姿のルナは平然と言い放つ。
「そんなダイナミックな機動でもって隠れなくても……ははーん、さては下腹部に局地的なコンプレックスが?」
「ねぇよ! ごく普通の男子高校生の健康な肉体だよ!」
「まぁ日本男児の六割はかぶり者らしいし、あまり気にしないでも。あ、この『あまり』はダブルミーニングで――」
「うるせぇよ! そして独自の新名称を発明すんな! ついでに憐れみをマイルドに混入した視線もヤメろ! いいから一回フロから出ろ!」
そんな裕太の懇願を何気なくシカトしたルナは、巻いていたタオルを外して脱衣所に放り投げると、鼻歌混じりにシャワーを使い始める。
「だから! 俺が出るまで待ってろって――」
「そんなギャーギャー騒がなくても、ちゃんと水着はつけてるし」
そう言われて逸らしていた視線を戻すと、確かにスクール水着姿のルナがそこにいた。
「……ってそれ、俺の海パンじゃねえか! パーツが絶望的に不足してるわ! ブラジル水着の方が一・二五倍はちゃんとしてるレベルで!」
「ちなみに、ブラジル水着をネットで検索する場合は『SLING BIKINI』だと産地直送の画像が大量に出てくるぞ」
ルナは何故か得意気にエロ水着豆知識をレクチャーしてくる。
いくら凹凸に乏しいとは言え、膨らみが皆無なワケでもないトップレス姿は目に悪い。
「知らん! いいからまず出ろ! な?」
「まぁいいじゃないか、減るモンじゃないし」
「俺の中にある色んな値が、ゴリゴリと削減されんだよ!」
「ん、ああ……確か、小学生の頃にレンタルで」
裕太が記憶の底の方を
「設定は覚えてる?」
「コメディっぽいゾンビ映画、って程度しか」
首を圧迫されているコブールは、聞き取り不能の唸り声を上げてもがいている。
それを無視して奇妙な質問をしてくるのに戸惑いながら裕太が答えると、ルナは空を見上げて大きく息を吐いた。
「あの映画のゾンビはさ、苦痛を逃れたくて人の脳味噌を食うんだ。で、現在の裕太はそんな怪物に追い回されてるけど、手には拳銃を握ってる状況だ。さて、死にたくない場合にココで採るべき行動は?」
ルナの意図がよくわからない裕太だが、とりあえずそれしかないだろう、という答えを口にする。
「
「御名答」
裕太の返事を聞いたルナは、渾身の力を込めてコブールの首を捻り上げる。
直後、生木をヘシ折るような音が鳴った。
ルナが手を離すと、蜘蛛女は軟体生物じみた動きでその場に崩れ落ちた。
見開いた両目と、濡れた髪の隙間から覗く赤い眼から、急速に光が失われる。
「……死んだのか」
「ああ」
「コイツは……元々は普通の人間、だったんだよな」
「ああ」
今、目の前で人が死んだ――いや、違う。
自分が人を殺したのだ、という事実に裕太は目が眩む。
覚悟も理解もしていたつもりだったが、どうにもならなく息苦しい。
顔色を全く変えないルナの姿は、動揺する心を尚更にグラつかせる。
「他に何か方法は――」
「なかった」
発言に含まれた甘さも一緒に斬り捨てるかのように、ルナの態度は冷淡だ。
それが裕太の頭も冷やしたのか、心のざわめきは意外に早く収まった。
「……それで、死体の始末はどうする?」
「あたしらは学校もあるし、軽く隠して後はイオに頼んどこう」
「チャリと一緒に
「あのハダカカメガイのフェイか……アレがまた襲ってきても、陸上なら裕太だけでも対応できるだろうから、放って置いても平気だろ」
ルナの発言の中に、謎の単語が混ざっている。
「ん、ハダカ――何て?」
「クリオネの和名だよ。『流氷の天使』とか呼ばれて調子こいてるけど、所詮は変な貝だ」
「クリオネに恨みでもあんのか」
そんな会話を経て、僅かながら表情を和らげたルナが言う。
「しかし、この後に学校行くとか、ほぼ罰ゲームだ」
「ああ。何にせよ、いっぺん家帰って着替えないと」
「それにしても……電気で麻痺、水で窒息、毒で神経破壊。今回の攻撃法ってさ、あたしの回復能力に対抗できそうなモノを選んでた気がする」
そう呟いて黙り込んでしまったルナに、何か言葉をかけるべきだと思う裕太だったが、相応しいセリフはいつまで待っても浮かんでこなかった。
粗大ゴミの中にあった業務用冷蔵庫にコブールを詰め込んだ二人は、会話がないまま森を抜けて通学路である道へと戻る。
まだ家を出て一時間も経っていないのに、いつもの風景が随分と久しぶりな感じだ。
そんな不思議な気分に囚われて辺りを見回していると、ルナが道路脇の草叢から通学用のカバンを二つ提げて現れた。
「……隠しておく意味でそこに?」
「ああ。道端に置き去りにしたら、事件と大事件の両面から調べられかねん、と思って」
「それ二つとも同じ面じゃないか?」
ルナはカバンから携帯を取り出すと、伊織に電話してコブールの始末を頼んでいる。
裕太がそんな様子を眺めている内に、ルナの金髪は銀へと移り変わり、褐色の肌からも色素が薄れてゆく。
こうなると教えられてはいたが、実際の変化を見せられると中々に現実感が乏しい絵面だ。
「――そう、川沿いの家電とかタイヤが山積みになってるトコ。――そこの、銀色の業務用冷蔵庫の中。ドアに――うん、でっかく赤スプレーで『SEX』って書いてある。じゃあ、よろしくね」
後姿をじっと眺めていると、通話を終えて振り向いたルナと目が合った。
「ん? どうした、ボーっとして」
「なぁ、ルナねぇ。その、色が変わるのは一体どういうカラクリなんだ?」
「そうだな……詳しく説明しようとすると、やたらと長くなる上に専門用語だらけになるんだけど、理系の博士課程レベルの科学知識は?」
「ない」
「じゃあ、『金髪の時は戦闘モード』っていう感じで、ザックリと理解しといて」
「よくわからんが、そうする」
そんないい加減な説明を受けつつ、自宅までの道を早足で戻る。
襲撃場所に選ばれる程なので人通りは少なかったが、それでもズブ濡れの制服姿は悪目立ちしていたらしく、子連れの主婦や散歩中の老人からの注目を集めてしまった。
そして家に着き、予備の制服に着替えようとしたのだが、そこでルナが止めに入る。
「ちょっと待て。自分が今、どんな状態かわかってるか?」
裕太はその言葉でもって、全身がドブ臭さと生臭さに塗れていると気付く。
悪臭に慣れすぎて、嗅覚が麻痺しかけていたようだ。
「このまま学校行ったら、間違いなくイジメ寸前の綽名が付くな……」
「ウンコマン三世とかな」
「完全にイジメられてるじゃねぇか! しかも小学生っぽい手加減のなさで」
「裕太はまだいいって。あたしなんかウンコマンレディーだよ?」
「決定事項か。あと『デビルマンレディー』みたいに言うな」
「更に遅くなるが、シャワー浴びてくしかないか」
「そうだね」
「じゃあ俺が先に」
「うん。あたしは後から行く」
目を閉じて熱いシャワーを首筋に浴び、裕太は長くゆっくりと溜息を吐く。
そして床を叩く水音をBGMに、激動にも限度があった今朝の出来事を振り返る。
バケモノを相手に戦わねばならない、というのは頭では理解していた。
だが実際のそいつらは行動も能力も外見も、全てが想像力の壁を余裕綽々で飛び越えてくるレベルだった。
しかも敵として現れる怪人は、元は人間なのだ。
あんな強制エンカウントが、今後も断続的に発生してしまうのか。
そう思うと、裕太の気分は果てしなく沈んでゆく。
沈むといえば、あのクリオネ女はどうしただろう――という具合に連想をつなげていると、脱衣場からルナの声が響いてきた。
「裕太ー、そろそろ入るぞー」
「おぅ……って、いや待てよ!」
裕太の制止の声を無視して、バスルームのドアが開く。
「だから待てって! 当たり前の様に入って来るな!」
「後から行くって言っといたじゃないか」
シャワーも出しっぱなしで、慌ててカラのバスタブに飛び込んだ裕太に、胸の上でタオルを巻いた姿のルナは平然と言い放つ。
「そんなダイナミックな機動でもって隠れなくても……ははーん、さては下腹部に局地的なコンプレックスが?」
「ねぇよ! ごく普通の男子高校生の健康な肉体だよ!」
「まぁ日本男児の六割はかぶり者らしいし、あまり気にしないでも。あ、この『あまり』はダブルミーニングで――」
「うるせぇよ! そして独自の新名称を発明すんな! ついでに憐れみをマイルドに混入した視線もヤメろ! いいから一回フロから出ろ!」
そんな裕太の懇願を何気なくシカトしたルナは、巻いていたタオルを外して脱衣所に放り投げると、鼻歌混じりにシャワーを使い始める。
「だから! 俺が出るまで待ってろって――」
「そんなギャーギャー騒がなくても、ちゃんと水着はつけてるし」
そう言われて逸らしていた視線を戻すと、確かにスクール水着姿のルナがそこにいた。
「……ってそれ、俺の海パンじゃねえか! パーツが絶望的に不足してるわ! ブラジル水着の方が一・二五倍はちゃんとしてるレベルで!」
「ちなみに、ブラジル水着をネットで検索する場合は『SLING BIKINI』だと産地直送の画像が大量に出てくるぞ」
ルナは何故か得意気にエロ水着豆知識をレクチャーしてくる。
いくら凹凸に乏しいとは言え、膨らみが皆無なワケでもないトップレス姿は目に悪い。
「知らん! いいからまず出ろ! な?」
「まぁいいじゃないか、減るモンじゃないし」
「俺の中にある色んな値が、ゴリゴリと削減されんだよ!」