第23話「ラスボス戦はフルメンバーで」
文字数 3,479文字
伊織が絶体絶命の状況にあった頃、ルナもまた似た様な境遇に陥っていた。
エウリュスの怪力で首を締め上げられ、ルナの手からナイフがこぼれる。
何があろうとルナなら大丈夫だろうが、ひょっとすると大丈夫じゃないかも知れない。
裕太は頭をフル回転させ、自分が今やるべきことを考える。
「少しダけ――楽しカった」
ルナの首を握り潰そうと膨 れる右手とは裏腹に、柔らかな表情がエウリュスに浮かぶ。
燃える枯れ木が照らす、折られた鼻から血を流し続けているその顔は、どこまでも禍々しい。
「かっ……かふっ」
ルナはどうにかしてエウリュスの腕を引き剥がそうとしているが、筋力に差があり過ぎてどうにもならない様子だ。
考えろ、考えろ――そう自分に言い聞かせ、冷静に対処しようとする裕太。
だが、焦燥感ばかりが湧き上がって心を沈ませていく。
絡み合った負の感情に溺れそうになりながらも、裕太は記憶の中から突破口を見出した。
ルナが唐突に開催した戦闘レッスンの、その三。
エウリュスは二人を相手に戦闘をしているのに、自分の存在を意識の外に置いている。
そこに気付いた裕太は、ゆっくりとエウリュスの視界に入らない位置に移動し、右手の爆発グローブを外して錘に被せた。
そして毛のない後頭部に狙いを定めると、叫び声を上げたい気持ちを捻じ伏せ、遠心力と背筋力と祈りをありったけに込めて、無言で流星錘を放つ。
直後、中途半端な爆発音が上がった。
エウリュスは異物の接近を察知し、咄嗟に左手で受け止めたようだ。
その判断は、頭部を守るという意味では正しい。
しかし爆発を防いだ左手は、手首から先を粉砕される結果となった。
左手があった空間に撒き散らされる鮮血を、エウリュスはキョトンとした顔で眺めている。
不意打ちで気が緩んで右手も緩んだらしく、ルナは片腕ネック・ハンギング・ツリーから脱すると、その腕を伝ってエウリュスの首へ取り付き、そのまま背後に回った。
「レッスンその五、隙があったら急所を狙え――特に眼球はどう頑張っても鍛えられないし、視力を奪えるから極めて有効だっ!」
言いながらルナは、エウリュスの左右の眼窩 に指を二本ずつ突っ込んで素早く掻き回す。
「あぶァ――はばぬぁアああアああああアあアァああああああああアああっ!」
みぢっ、という湿った破裂音の後、エウリュスの絶叫が響く。
激しく上体を揺するエウリュスに振り落とされ、地面を転がるルナ。
しかし、すぐに体勢を立て直すと、さっき手放したナイフを拾いあげる。
そして、痛みと視力の喪失で混乱するエウリュスに歩み寄ったルナは、相手が屈み込んだタイミングに合わせ、真下から突き上げるように首へ刃を突き刺した。
傷口を抉りながら刃を横倒しにすると、右方向へと一気にナイフを払う。
首周りは厚い筋肉に覆われていたが、骨に届くほど深々と切り裂かれてはそれも無意味だ。
頚動脈 から噴出した血は、雑草だらけのコンクリを叩いて驟雨 に似た音を立てる。
半身を紅く染めたエウリュスはそのまま崩れ落ち、暴力という概念を具現化したような筋肉の塊は、地面に濁った水溜りを拡げるだけの存在へと変じた。
「いい判断だったぞ、裕太。あのタイミングで流星錘をブン投げただけでもジオン十字勲章ものだけど、爆発グローブをカブせたのは文句ナシのアイデアだ」
「ルナねぇのレッスンで、複数相手の説明だけ飛ばしたのが引っかかって、それで閃いた」
「勘が鋭くて何より。時間をかければあたしだけでも倒せたろうけど、テンション上がり過ぎて裕太の存在を忘れかけてたから、そこを利用してやろうと思ってね」
ブーツの底にナイフを収納し、首を回しながらルナが言う。
裕太も鉄球からボロボロになったグローブを外して投げ捨て、流星錘を腰に巻き付ける。
「そういや、師匠は?」
「イオなら、セイが追いかけて行ったし、今頃は戦闘中かな」
「じゃあ、そっちのフォローに」
「ああ、ラスボス戦はフルメンバーで――っとぉ!」
急にルナが地面に伏せ、その半瞬後に小さな何かが高速で通過していく。
ルナの頭部を狙って放たれた銃弾、だろうか。
出所は多分、工場から少し離れた右手の木立だ。
「裕太っ! 走って物陰っ!」
に隠れろ、という後段を省略した指示に従い、裕太は横倒しになった自販機の陰に飛び込む。
ルナは伏せたままで転がり、背の高い雑草が密集している藪に潜ったようだ。
風を切る発射音が一つ。
それに耳を劈く爆発音が続く。
藪に向けてグレネード弾が撃たれたらしく、閃光の後に火と煙が上がる。
ルナは動かない――ひょっとして動けないのか。
不安が脳裏を過ぎるが、裕太は裕太で周囲に遮蔽物 が少なく、迂闊 には動けない。
再び発射音がするが、今度は狙いが逸れたのか、妙な場所から爆発音が。
見ると、ルナが弾を蹴って方向を変える、という常識を無視した行動に出ていた。
「そんなモン、効くかぁっ!」
所々破れた服から煙を薄く棚引 かせ、ルナは木立に向かって走る。
武器をアサルトライフルかサブマシンガンに替えたのか、タッタッタッというリズミカルな連続音と、排出された薬莢 の落下音が聞こえる。
時々異質な音が混ざるが、弾丸がルナの体に命中しているのだろうか。
発砲音は更に、拳銃を連射したものへと転じた後、低く短い悲鳴と共に途切れる。
裕太は三十秒くらい様子を窺い、転がっていた空缶を投げて物音を出してみた。
反応がないのを確かめた後、自販機の陰から出て木立の方へ小走りで向かう。
近付くにつれて、拳銃を手にしたルナが地面に倒れた大柄な男を踏み付けている、非日常的なシルエットが浮かんできた。
「ルナねぇ、そいつは?」
「垂峰の研究所で見た顔だ……警備員だったか、清掃係だったか」
腹を押さえて仰向けに倒れている男の息は荒い。
裕太は、近くに転がっていた電気式のカンテラでもって、男の顔を照らしてみる。
何者かわからないし年齢も不詳――容貌からして、中東か東南アジアの出身だろうか。
「おい、他に仲間は?」
聴こえてないのか答えたくないのか、男はルナとも裕太とも目を合わせようとしない。
数秒待った後、ルナは男の左膝を無言で撃ち抜いた。
「ンフォアアッ!」
「他に仲間は?」
語気を強めるでもなく、ルナは質問を繰り返す。
男は苦痛の叫びを上げながらも、答えようとする気配はない。
「なぁ、ひょっとして言葉が通じてないとか……」
「研究所で雇ってた連中は、全員日本語が使える」
今度は十秒ほど待ったルナだが、やはり返事がないので男の右膝を打ち抜く。
「ッ! ァガァアアアッ!」
「次はココにやおい穴が開くぞ。質問に答えろ」
ルナに股間を踏 み躙 られた男は、呻き声に混じって何事かを小声で漏らす。
裕太には判別できなかったが、ルナの聴力はそこから意味を掬い出した。
デコイ――囮 。
罠の存在を悟ったルナは、反射的に男の眉間に弾丸を撃ち込んだが、ほぼ同時に頭部に激しい衝撃を受けて吹き飛ぶ。
「なっ、何がっ?」
銃を撃ったルナが血飛沫を上げて倒れる、という不可解な光景に裕太は混乱する。
数十秒後、三十メートルほど離れた樹の上から、ライフルを片手に男が降りてきた。
このヘッドセットとゴーグルを装着した男が、ルナを撃ったのか。
「ササキ博士の息子だな……セイが呼んでいる。素直についてくるか、歩けなくなってから引きずられるか、好きな方を選べ」
すぐそこで息絶えている奴と似た雰囲気の、浅黒い肌色をした中東系と思しき男は、流暢な日本語で選択の余地がない質問を投げてくる。
「どっちも趣味に合わない、なっ!」
戦う覚悟を決めた裕太は、流星錘を男の顔面に向かって放つ――が、銃弾で軌道を変えられて鉄球は空しく地面に落ちる。
なるべく動きを読まれないように仕掛けたつもりだったのに、どうやら相手の方が十数枚上手だったらしく、男は余裕の表情だった。
しかし、更に上を行く規格外な存在であるルナが、ヘッドショットのダメージから早々と回復して身を起こし、裕太に注意を奪われていた男に銃を向ける。
エウリュスの怪力で首を締め上げられ、ルナの手からナイフがこぼれる。
何があろうとルナなら大丈夫だろうが、ひょっとすると大丈夫じゃないかも知れない。
裕太は頭をフル回転させ、自分が今やるべきことを考える。
「少しダけ――楽しカった」
ルナの首を握り潰そうと
燃える枯れ木が照らす、折られた鼻から血を流し続けているその顔は、どこまでも禍々しい。
「かっ……かふっ」
ルナはどうにかしてエウリュスの腕を引き剥がそうとしているが、筋力に差があり過ぎてどうにもならない様子だ。
考えろ、考えろ――そう自分に言い聞かせ、冷静に対処しようとする裕太。
だが、焦燥感ばかりが湧き上がって心を沈ませていく。
絡み合った負の感情に溺れそうになりながらも、裕太は記憶の中から突破口を見出した。
ルナが唐突に開催した戦闘レッスンの、その三。
エウリュスは二人を相手に戦闘をしているのに、自分の存在を意識の外に置いている。
そこに気付いた裕太は、ゆっくりとエウリュスの視界に入らない位置に移動し、右手の爆発グローブを外して錘に被せた。
そして毛のない後頭部に狙いを定めると、叫び声を上げたい気持ちを捻じ伏せ、遠心力と背筋力と祈りをありったけに込めて、無言で流星錘を放つ。
直後、中途半端な爆発音が上がった。
エウリュスは異物の接近を察知し、咄嗟に左手で受け止めたようだ。
その判断は、頭部を守るという意味では正しい。
しかし爆発を防いだ左手は、手首から先を粉砕される結果となった。
左手があった空間に撒き散らされる鮮血を、エウリュスはキョトンとした顔で眺めている。
不意打ちで気が緩んで右手も緩んだらしく、ルナは片腕ネック・ハンギング・ツリーから脱すると、その腕を伝ってエウリュスの首へ取り付き、そのまま背後に回った。
「レッスンその五、隙があったら急所を狙え――特に眼球はどう頑張っても鍛えられないし、視力を奪えるから極めて有効だっ!」
言いながらルナは、エウリュスの左右の
「あぶァ――はばぬぁアああアああああアあアァああああああああアああっ!」
みぢっ、という湿った破裂音の後、エウリュスの絶叫が響く。
激しく上体を揺するエウリュスに振り落とされ、地面を転がるルナ。
しかし、すぐに体勢を立て直すと、さっき手放したナイフを拾いあげる。
そして、痛みと視力の喪失で混乱するエウリュスに歩み寄ったルナは、相手が屈み込んだタイミングに合わせ、真下から突き上げるように首へ刃を突き刺した。
傷口を抉りながら刃を横倒しにすると、右方向へと一気にナイフを払う。
首周りは厚い筋肉に覆われていたが、骨に届くほど深々と切り裂かれてはそれも無意味だ。
半身を紅く染めたエウリュスはそのまま崩れ落ち、暴力という概念を具現化したような筋肉の塊は、地面に濁った水溜りを拡げるだけの存在へと変じた。
「いい判断だったぞ、裕太。あのタイミングで流星錘をブン投げただけでもジオン十字勲章ものだけど、爆発グローブをカブせたのは文句ナシのアイデアだ」
「ルナねぇのレッスンで、複数相手の説明だけ飛ばしたのが引っかかって、それで閃いた」
「勘が鋭くて何より。時間をかければあたしだけでも倒せたろうけど、テンション上がり過ぎて裕太の存在を忘れかけてたから、そこを利用してやろうと思ってね」
ブーツの底にナイフを収納し、首を回しながらルナが言う。
裕太も鉄球からボロボロになったグローブを外して投げ捨て、流星錘を腰に巻き付ける。
「そういや、師匠は?」
「イオなら、セイが追いかけて行ったし、今頃は戦闘中かな」
「じゃあ、そっちのフォローに」
「ああ、ラスボス戦はフルメンバーで――っとぉ!」
急にルナが地面に伏せ、その半瞬後に小さな何かが高速で通過していく。
ルナの頭部を狙って放たれた銃弾、だろうか。
出所は多分、工場から少し離れた右手の木立だ。
「裕太っ! 走って物陰っ!」
に隠れろ、という後段を省略した指示に従い、裕太は横倒しになった自販機の陰に飛び込む。
ルナは伏せたままで転がり、背の高い雑草が密集している藪に潜ったようだ。
風を切る発射音が一つ。
それに耳を劈く爆発音が続く。
藪に向けてグレネード弾が撃たれたらしく、閃光の後に火と煙が上がる。
ルナは動かない――ひょっとして動けないのか。
不安が脳裏を過ぎるが、裕太は裕太で周囲に
再び発射音がするが、今度は狙いが逸れたのか、妙な場所から爆発音が。
見ると、ルナが弾を蹴って方向を変える、という常識を無視した行動に出ていた。
「そんなモン、効くかぁっ!」
所々破れた服から煙を薄く
武器をアサルトライフルかサブマシンガンに替えたのか、タッタッタッというリズミカルな連続音と、排出された
時々異質な音が混ざるが、弾丸がルナの体に命中しているのだろうか。
発砲音は更に、拳銃を連射したものへと転じた後、低く短い悲鳴と共に途切れる。
裕太は三十秒くらい様子を窺い、転がっていた空缶を投げて物音を出してみた。
反応がないのを確かめた後、自販機の陰から出て木立の方へ小走りで向かう。
近付くにつれて、拳銃を手にしたルナが地面に倒れた大柄な男を踏み付けている、非日常的なシルエットが浮かんできた。
「ルナねぇ、そいつは?」
「垂峰の研究所で見た顔だ……警備員だったか、清掃係だったか」
腹を押さえて仰向けに倒れている男の息は荒い。
裕太は、近くに転がっていた電気式のカンテラでもって、男の顔を照らしてみる。
何者かわからないし年齢も不詳――容貌からして、中東か東南アジアの出身だろうか。
「おい、他に仲間は?」
聴こえてないのか答えたくないのか、男はルナとも裕太とも目を合わせようとしない。
数秒待った後、ルナは男の左膝を無言で撃ち抜いた。
「ンフォアアッ!」
「他に仲間は?」
語気を強めるでもなく、ルナは質問を繰り返す。
男は苦痛の叫びを上げながらも、答えようとする気配はない。
「なぁ、ひょっとして言葉が通じてないとか……」
「研究所で雇ってた連中は、全員日本語が使える」
今度は十秒ほど待ったルナだが、やはり返事がないので男の右膝を打ち抜く。
「ッ! ァガァアアアッ!」
「次はココにやおい穴が開くぞ。質問に答えろ」
ルナに股間を
裕太には判別できなかったが、ルナの聴力はそこから意味を掬い出した。
デコイ――
罠の存在を悟ったルナは、反射的に男の眉間に弾丸を撃ち込んだが、ほぼ同時に頭部に激しい衝撃を受けて吹き飛ぶ。
「なっ、何がっ?」
銃を撃ったルナが血飛沫を上げて倒れる、という不可解な光景に裕太は混乱する。
数十秒後、三十メートルほど離れた樹の上から、ライフルを片手に男が降りてきた。
このヘッドセットとゴーグルを装着した男が、ルナを撃ったのか。
「ササキ博士の息子だな……セイが呼んでいる。素直についてくるか、歩けなくなってから引きずられるか、好きな方を選べ」
すぐそこで息絶えている奴と似た雰囲気の、浅黒い肌色をした中東系と思しき男は、流暢な日本語で選択の余地がない質問を投げてくる。
「どっちも趣味に合わない、なっ!」
戦う覚悟を決めた裕太は、流星錘を男の顔面に向かって放つ――が、銃弾で軌道を変えられて鉄球は空しく地面に落ちる。
なるべく動きを読まれないように仕掛けたつもりだったのに、どうやら相手の方が十数枚上手だったらしく、男は余裕の表情だった。
しかし、更に上を行く規格外な存在であるルナが、ヘッドショットのダメージから早々と回復して身を起こし、裕太に注意を奪われていた男に銃を向ける。