第29話「オブラートに包んで表現するなら、邪魔」
文字数 3,433文字
「性能が良過ぎるのも考えモンだな、セイ! その触手な、攻撃された時には反撃よりもまず防御を優先する、っていう行動パターンが徹底されてんだよ」
「なっ……」
操っている本人も意識していなかったらしい事実をルナは指摘する。
「偉そうに言ってるけど、さっき手榴弾を使った時に閃いたから、もしハズレだったら手詰まりだったんだがな……ついでに、自分自身に向けては攻撃できないって予想も当たってたか」
所在なげにうねる触手に目を遣ったセイの口から、自嘲気味の溜息が漏れる。
「……それで、ここからどうするの、フレイ? 僕は、素手の君に無抵抗で首を折られるような、そんな貧弱さでもないんだけど」
「そいつは見てのお楽しみだ――裕太っ!」
「えっ? んおぅ、何?」
流星錘を投げた反動の痛みで意識を失いかけていた裕太は、ルナの鋭い呼びかけで我に帰る。
「さっきはナイスフォローだった。この先はド派手な戦闘になるだろうし、とりあえず工場の外に避難しといて」
「けど――」
「ほんのちょっとだけ待ってて。すぐに終わらせるから、ね」
ルナの言葉に、十年前の悪夢が脳裏を過ぎる。
そう言い残して帰ってこなかった、あの日の光景が。
「そんな顔すんなって」
「いや……やっぱり、俺も残る」
「そう言われても、裕太にこの場にいられると、あたしが思い通りに動けないんだよね。オブラートに包んで表現するなら、邪魔」
「完全に剥き出しじゃねえか」
いつも通りなリズムの会話に、ルナの表情が僅かに緩む。
「大丈夫、コイツを倒してすぐ戻るから。それより、明日は何食べたい?」
「随分と余裕じゃ――」
「うるさい!」
ルナは横殴り気味のヘッドバットを入れて、セイの割り込みを黙らせた。
自分がしたいこと、できること、すべきこと。
裕太はそれら全てを考え、溜息と共に言葉を吐き出す。
「明日はカレーにする、って言ってたよな」
「ああ……具はビーフ、チキン、ポーク、シーフード、どれがいい?」
「何でもいいよ」
「それだと、自動的に羊の脳を煮込む流れになるけど」
「……チキンで」
「ジャガイモは?」
「入れる奴とはわかり合えない」
「それでこそ、あたしの裕太だ」
ルナは炎のオレンジ色の照り返った凄絶な笑顔を見せる。
「じゃあ、裕太は鶏モモと玉ねぎ、それと無糖のヨーグルトを買って、先に帰っといて。あたしもすぐ、イオを連れて帰るから」
「…………わかった」
裕太は弾き飛ばされて床に転がっていた流星錘を回収すると、左肩と右脇腹の激痛に顔を顰 めながら、小走りで工場の外へと向かった。
真っ直ぐ前だけを見て振り返らずに――立ち止まれば、そこから動けなくなりそうだから。
密着されたセイは、裕太とルナの話が続く間に、どうにか体を引き離そうともがく。
しかし、単純な膂力 ではルナに分があるらしく、状況を変化させられないでいた。
「……それで、僕を倒す手段は残ってるの?」
「あぁ、勿論」
裕太の後姿が消えるのを見送ったルナは、急にトーンを落とした声音でセイに答える。
しばらくモゴモゴやった後、口から卵型の何かをプッと吐き出し、それを右手に握り込む。
「それは……」
「見ての通り、起爆スイッチだけど」
自分に抱きついているルナが持つ、パッと見では何だかわからない物体の正体を告げられ、セイの顔色が瞬時に変わる。
「まさかフレイ……自爆するつもり? 僕を焼き尽くせるような威力だと、君の回復能力でも追いつかないかもよ」
「ぶっつけ本番で試してみるさ。ちなみに、ヴァルの新作だから効果は未知数だ」
ヴァルの名を聞いたセイの顔色は輪をかけて悪化し、火勢の弱まった焚火の明かりでも青褪 めているのがわかる。
そんなセイに、ルナは柔らかな表情で語り始めた。
「人間の醜い部分を凝縮したような、あの研究所。あそこで生まれ育ったアンタが、世の中をどうにかしたいと思った、その気持ちと覚悟に嘘はないんだろう。世界は絶望的なまでに腐っていて、それを変えようとする計画を止めるあたしは、間違ってるのかもしれない」
「だったら――」
「でも、アンタの創る世界には……裕太がいない」
セイは一瞬息を飲み、それを恨み言と共に吐き出す。
「注射一本で助かる子供を死なせない、真面目に働く人間を飢えさせない、自分に無関係の争いに駆り出されない、小銭が原因で殺したり殺されたりしない……そういう未来よりも、このどうしようもない今を選ぶのか」
「まぁ――そうなる、かな」
「何故、兄さんのためにそこまで」
ルナは遠くを見ながら静かに答える。
「あたしはね、生まれた時から『商品』だったんだ。そして、気が付いたら『兵士』だった。物心ついてから十年以上、ただ『命令』されるだけの生活だった。だけど、裕太は初めて『お願い』をしたんだよ」
「……どんな」
「ただ一言、『たすけて』って。だから助けるって約束したのに、あたしはそれを守れなかった。だから今度こそは、どうしても、何が何でも――裕太を助ける」
「おい、待っ――」
何か言おうとするセイを無視し、カプセルの中のスイッチが手の中で握り潰された。
直後、ルナの両足首に巻き付けられていた爆薬の信管が反応する。
「――――――――っ!」
声にならない声が、セイの喉から搾り出されて途切れる。
そしてセイの諦念とルナの執念は、轟音と閃光と業火と高熱に包まれ、周辺を巻き込んで掻き消えていった。
「――んっ? うぼぉああああぁ!」
避難しろと言われたものの、逃げ出す気にもなれず入口付近をウロついていた裕太は、半開きのシャッターを破壊しながら噴出する爆風に盛大に巻き込まれた。
奇声を発しつつ宙を舞い、数秒後に受身もとれないまま無様に地面を転がる。
脳の奥にまで到達する痛みは、新たに数箇所の骨折と挫傷 が追加されたのを裕太に告知してくるが、歯を食い縛ってすぐに身を起こす。
「ルナねぇ――まさか」
ヴァルの所で見た、自爆にしか使えない悪フザケのような爆薬の存在を裕太は思い出す。
工場はその全体像をひしゃげさせ、窓や壁の裂け目からは濃いオレンジ色の火が見える。
飛び込んでルナを捜しに行く決心が付かず、燃える風景を呆然と見ていた裕太の目の前で、衝撃と熱で限界を迎えたらしい工場の屋根が崩れた。
「――ぁぐっ!」
迷いが全てを手遅れにしたと気付き、意味を成さない悲鳴を漏らす。
発作的に工場に駆け込もうとした裕太だったが、その右足に何かが絡まる。
フと足下に視線を移すと、薄汚れて傷だらけの手が足首を掴んでいた。
「どこ……行くのぉ」
聞き覚えのたっぷりある声の主は、工場内で死体と対面させられたハズの伊織だった。
工場内で戦闘が進行している隙に意識を回復し、どうにかここまで逃げてきたのか。
「師匠! 無事――じゃないな、大丈夫――でもないか、えーと……どんな調子です?」
「この姿、から想定……される、のと同程度に……一大事だねぇ」
まさに息も絶え絶えな伊織は、確かにどういう理屈で生きているのかわからない。
一刻も早く治療が必要なのだろうが、病院に連れて行っても多分無意味だろう。
「えっと、あの、一体どうすれば?」
「何とか……なる、よぉ……それより……」
こちらを逆に気遣ってくるような伊織の言葉に、裕太は自分が何をすべきなのかを思い出す。
「そうだ、ルナねぇが! 師匠、ルナねぇがまだ中に!」
「だから……待ちな、ってぇ……」
駆け出そうとする裕太の足を伊織が再び掴む。
「ゆぅ君、が……行っても……」
「――わかってるけど! でも!」
確かに、ここまで火と煙に巻かれた状態では、中に入るのさえ至難の業だろう。
騒々しい音を立てて、屋根が更に大きく崩れる。
それに引っ張られるようにして四方の壁も次々に倒壊し、既に潰れていた工場は物理的な意味でも潰れる末路を迎える事となった。
「あ……ああぁ」
いくらルナの能力があっても、この爆発と炎上に巻き込まれての脱出は絶望的としか思えない。
瓦礫 と化した建物を前に、裕太の全身からは猛スピードで力が抜けていった。
「なっ……」
操っている本人も意識していなかったらしい事実をルナは指摘する。
「偉そうに言ってるけど、さっき手榴弾を使った時に閃いたから、もしハズレだったら手詰まりだったんだがな……ついでに、自分自身に向けては攻撃できないって予想も当たってたか」
所在なげにうねる触手に目を遣ったセイの口から、自嘲気味の溜息が漏れる。
「……それで、ここからどうするの、フレイ? 僕は、素手の君に無抵抗で首を折られるような、そんな貧弱さでもないんだけど」
「そいつは見てのお楽しみだ――裕太っ!」
「えっ? んおぅ、何?」
流星錘を投げた反動の痛みで意識を失いかけていた裕太は、ルナの鋭い呼びかけで我に帰る。
「さっきはナイスフォローだった。この先はド派手な戦闘になるだろうし、とりあえず工場の外に避難しといて」
「けど――」
「ほんのちょっとだけ待ってて。すぐに終わらせるから、ね」
ルナの言葉に、十年前の悪夢が脳裏を過ぎる。
そう言い残して帰ってこなかった、あの日の光景が。
「そんな顔すんなって」
「いや……やっぱり、俺も残る」
「そう言われても、裕太にこの場にいられると、あたしが思い通りに動けないんだよね。オブラートに包んで表現するなら、邪魔」
「完全に剥き出しじゃねえか」
いつも通りなリズムの会話に、ルナの表情が僅かに緩む。
「大丈夫、コイツを倒してすぐ戻るから。それより、明日は何食べたい?」
「随分と余裕じゃ――」
「うるさい!」
ルナは横殴り気味のヘッドバットを入れて、セイの割り込みを黙らせた。
自分がしたいこと、できること、すべきこと。
裕太はそれら全てを考え、溜息と共に言葉を吐き出す。
「明日はカレーにする、って言ってたよな」
「ああ……具はビーフ、チキン、ポーク、シーフード、どれがいい?」
「何でもいいよ」
「それだと、自動的に羊の脳を煮込む流れになるけど」
「……チキンで」
「ジャガイモは?」
「入れる奴とはわかり合えない」
「それでこそ、あたしの裕太だ」
ルナは炎のオレンジ色の照り返った凄絶な笑顔を見せる。
「じゃあ、裕太は鶏モモと玉ねぎ、それと無糖のヨーグルトを買って、先に帰っといて。あたしもすぐ、イオを連れて帰るから」
「…………わかった」
裕太は弾き飛ばされて床に転がっていた流星錘を回収すると、左肩と右脇腹の激痛に顔を
真っ直ぐ前だけを見て振り返らずに――立ち止まれば、そこから動けなくなりそうだから。
密着されたセイは、裕太とルナの話が続く間に、どうにか体を引き離そうともがく。
しかし、単純な
「……それで、僕を倒す手段は残ってるの?」
「あぁ、勿論」
裕太の後姿が消えるのを見送ったルナは、急にトーンを落とした声音でセイに答える。
しばらくモゴモゴやった後、口から卵型の何かをプッと吐き出し、それを右手に握り込む。
「それは……」
「見ての通り、起爆スイッチだけど」
自分に抱きついているルナが持つ、パッと見では何だかわからない物体の正体を告げられ、セイの顔色が瞬時に変わる。
「まさかフレイ……自爆するつもり? 僕を焼き尽くせるような威力だと、君の回復能力でも追いつかないかもよ」
「ぶっつけ本番で試してみるさ。ちなみに、ヴァルの新作だから効果は未知数だ」
ヴァルの名を聞いたセイの顔色は輪をかけて悪化し、火勢の弱まった焚火の明かりでも
そんなセイに、ルナは柔らかな表情で語り始めた。
「人間の醜い部分を凝縮したような、あの研究所。あそこで生まれ育ったアンタが、世の中をどうにかしたいと思った、その気持ちと覚悟に嘘はないんだろう。世界は絶望的なまでに腐っていて、それを変えようとする計画を止めるあたしは、間違ってるのかもしれない」
「だったら――」
「でも、アンタの創る世界には……裕太がいない」
セイは一瞬息を飲み、それを恨み言と共に吐き出す。
「注射一本で助かる子供を死なせない、真面目に働く人間を飢えさせない、自分に無関係の争いに駆り出されない、小銭が原因で殺したり殺されたりしない……そういう未来よりも、このどうしようもない今を選ぶのか」
「まぁ――そうなる、かな」
「何故、兄さんのためにそこまで」
ルナは遠くを見ながら静かに答える。
「あたしはね、生まれた時から『商品』だったんだ。そして、気が付いたら『兵士』だった。物心ついてから十年以上、ただ『命令』されるだけの生活だった。だけど、裕太は初めて『お願い』をしたんだよ」
「……どんな」
「ただ一言、『たすけて』って。だから助けるって約束したのに、あたしはそれを守れなかった。だから今度こそは、どうしても、何が何でも――裕太を助ける」
「おい、待っ――」
何か言おうとするセイを無視し、カプセルの中のスイッチが手の中で握り潰された。
直後、ルナの両足首に巻き付けられていた爆薬の信管が反応する。
「――――――――っ!」
声にならない声が、セイの喉から搾り出されて途切れる。
そしてセイの諦念とルナの執念は、轟音と閃光と業火と高熱に包まれ、周辺を巻き込んで掻き消えていった。
「――んっ? うぼぉああああぁ!」
避難しろと言われたものの、逃げ出す気にもなれず入口付近をウロついていた裕太は、半開きのシャッターを破壊しながら噴出する爆風に盛大に巻き込まれた。
奇声を発しつつ宙を舞い、数秒後に受身もとれないまま無様に地面を転がる。
脳の奥にまで到達する痛みは、新たに数箇所の骨折と
「ルナねぇ――まさか」
ヴァルの所で見た、自爆にしか使えない悪フザケのような爆薬の存在を裕太は思い出す。
工場はその全体像をひしゃげさせ、窓や壁の裂け目からは濃いオレンジ色の火が見える。
飛び込んでルナを捜しに行く決心が付かず、燃える風景を呆然と見ていた裕太の目の前で、衝撃と熱で限界を迎えたらしい工場の屋根が崩れた。
「――ぁぐっ!」
迷いが全てを手遅れにしたと気付き、意味を成さない悲鳴を漏らす。
発作的に工場に駆け込もうとした裕太だったが、その右足に何かが絡まる。
フと足下に視線を移すと、薄汚れて傷だらけの手が足首を掴んでいた。
「どこ……行くのぉ」
聞き覚えのたっぷりある声の主は、工場内で死体と対面させられたハズの伊織だった。
工場内で戦闘が進行している隙に意識を回復し、どうにかここまで逃げてきたのか。
「師匠! 無事――じゃないな、大丈夫――でもないか、えーと……どんな調子です?」
「この姿、から想定……される、のと同程度に……一大事だねぇ」
まさに息も絶え絶えな伊織は、確かにどういう理屈で生きているのかわからない。
一刻も早く治療が必要なのだろうが、病院に連れて行っても多分無意味だろう。
「えっと、あの、一体どうすれば?」
「何とか……なる、よぉ……それより……」
こちらを逆に気遣ってくるような伊織の言葉に、裕太は自分が何をすべきなのかを思い出す。
「そうだ、ルナねぇが! 師匠、ルナねぇがまだ中に!」
「だから……待ちな、ってぇ……」
駆け出そうとする裕太の足を伊織が再び掴む。
「ゆぅ君、が……行っても……」
「――わかってるけど! でも!」
確かに、ここまで火と煙に巻かれた状態では、中に入るのさえ至難の業だろう。
騒々しい音を立てて、屋根が更に大きく崩れる。
それに引っ張られるようにして四方の壁も次々に倒壊し、既に潰れていた工場は物理的な意味でも潰れる末路を迎える事となった。
「あ……ああぁ」
いくらルナの能力があっても、この爆発と炎上に巻き込まれての脱出は絶望的としか思えない。