第16話「スライムベス的な何かが降ってくる」
文字数 4,260文字
次の日曜の朝、裕太とルナと伊織の三人は、伊織の用意した車で相馬博士の隠れ家に向かっていた。
後部座席の裕太はどうにも落ち着かず、その元凶の一つであるルナに問う。
「なぁ、ルナねぇ……何で当然のように運転してんだ?」
運転できるのは知っていたが、どう見てもハシャぎすぎた子供が運転席に座っているとしか思えず、絵面的にも道交法的にもアウトだ。
「ヴァルの隠れ家までは結構距離あるからな。イオに行きも帰りも任せるのは流石に悪いし。運転に関しては、もう十年以上も無事故無秩序無違反無免許だから安心してくれ」
「余計なのが二つ混ざってて安心できねぇ!」
そんな二人の会話に、助手席の伊織が加わってくる。
「心配しなくていいよぉ。ルナちゃんは運転、結構上手いからねぇ」
「まぁね。あたしは常に『かもしれない運転』だから。もし関ヶ原の戦いが長期化してたら、黒田官兵衛にも天下人のチャンスがあったかもしれない、とか」
「無駄にスケールでかいし、運転いっこも関係ないし」
車内では胡乱 な話が展開するが、車はスムーズに目的地へと近付いていく。
本当に慣れているらしく、ルナの運転は全てにおいて的確で安定していた。
会話が途切れたタイミングで、裕太はこれまで何となくスルーしてしまっていた、ある基本的な疑問について訊いてみる。
「それで師匠。セイって奴は何者で、目的は一体何なんですか」
「セイ君かぁ……正直なとこ、よくわかんないんだよねぇ」
「いやいや、そんないい加減な」
呆れ気味な裕太の言葉を受けて、ルナが正面を見据えたまま語り始める。
「セイはな、研究所で改造された身でありながら、研究所の最高幹部と同等の待遇だった特殊なアルケーで、存在そのものが機密に近い扱いだったんだ」
「何度か見かけたけどぉ、いつもマスクとゴーグル着けてたからぁ……わかるのは外見は十代の男の子でぇ、何かしらの身体的な改造を受けてる、って程度だねぇ」
「あたしも、まともに話した覚えがない。アルケーとしての能力は未知数だけど、頭脳や技能に特化してた可能性もあるな、研究所での仕事内容だと」
「かもねぇ……まぁ、ばるばるから新しい情報を聞けると期待しとこぉ」
ルナと伊織はひたすらに能天気で、話していると気が楽になる。
それはいいのだが、副作用で真剣さや深刻さまで見失いそうになるのが危うい。
裕太はそんな感想を抱きつつ、窓の外を流れる景色を眺める。
変わらず大きい道を走り続けているが、徐々に道路沿いの店が減って緑が増えてきた。
「ルナねぇ、目的地までは?」
「一時間はかからない……といいんだけど」
「質問に願望で返すのはどうなんだ」
車はやがて大きな道を外れて脇道へと入り、売り家の目立つ住宅街や寂れた商店街を越え、延々と畑が続くちょっと整備されただけの農道を抜けていく。
このままだと山奥にでも到着しそうだな、と裕太が思った辺りで伊織が声を上げた。
「……確かぁ、聞いてたのはこの辺だったと思うんだけどなぁ」
「人が住めそうな建物は見当たらんのですが」
「強いて言えばアレ、か?」
車を停めたルナは、放置された畑の傍らにある朽ちた小屋を指差す。
一応は調べておこうか――みたいな空気になったので、三人は車から降りた。
長々と運転していたルナは軽く背筋を伸ばし、伊織は携帯をいじっている。
手持ち無沙汰の裕太は、「まさかな」と思いつつ六畳ほどの広さの小屋へと入り込む。
誰かが生活しているような気配はなかったが、床に散らばる錆びた鎌や壊れたザルを蹴散らしてみると、取っ手の様な金具が設置されているのが発見できた。
「ルナねぇ、何か妙なのがあったぞ」
「んー、どれどれ」
裕太に呼ばれて、ルナが小屋の中へと入ってくる。
床の金具に目を止めたルナは、躊躇なしにそれを掴むとクイッと引っ張った。
隠し扉みたいな何かが出てくるとばかり思ったが、二人の目前で展開されたのは金具が自動的にグリグリ伸びていく、意表を突いた――というか意味がわからない光景だった。
「……何だこりゃ」
「あたしにもわからん。でもこのフザケた感じ、ヴァルが絡んでる気配が濃厚だ」
ルナと裕太の身長を超えて伸び続けた金具は、そのまま小屋の天井にまで達する。
最後は硬い物にぶつかったような、ガチャリという音を立てて止まり、その直後に天井と床下からモーターが唸るような音が、低く長く響いてきた。
「それで、ココからどうなる?」
「過去のパターンから推測すると、高確率でスライム的な何かが降ってくる」
「若手芸人の罰ゲームか」
「もしくは、スライムベス的な何かが降ってくる」
「待て、ジャンルと色が変わったぞ」
しばらく待ってみるが、小屋の中では何の変化も起こらない。
何かが出てくるのを警戒し、壁や床を軽く叩いてみたりするが、やはり反応はない。
「うはぁ」
外から不意に、伊織のどうにも形容し難い声が聞こえた。
何事かと小屋を飛び出した二人は、畑の奥にあった小さな竹薮が左右に割れ、その中心の地面にハンドル式の鉄扉が出現しているのを目撃する。
「こっ、これは」
「確実にヴァルの仕業だな」
「この頭悪い感じのカラクリ、間違いなくそうだろうねぇ」
困惑する裕太に構わず、ルナと伊織は真っ直ぐに竹薮へと近付く。
ルナは重そうなドアに手を伸ばすが、触れる前にハンドルが回って内側から扉が開く。
そして、中から十歳くらいの子供が顔を出した。
くすんだ金髪に碧の瞳――パッと見は戦闘モードのルナに似た雰囲気だが、この子の顔立ちは完全に北欧系の少年だ。
「アレが相馬博士……? 随分と若そうだけど」
「あの子はエルメル。ばるばるの助手だよぉ」
警戒している様子だったが、ルナの顔を見るとエルメルの表情はスッと和らぐ。
「おー、ルナ! 久しぶりだな!」
「久しぶり。ヴァルはいるか?」
「いるぞ――お、イオリも来たのか!」
「うん。元気ぃ?」
「絶好調だ! で、オマエは誰だ?」
エルメルがちょっと訝しげに裕太を指差すと、ルナがそれに答える。
「こいつは裕太。佐崎博士の息子だ」
「あー! ノリアキの子供か。そういや似てる……かな! よろしくな、ユウタ!」
「ん、あ、おぅ」
ルネッサンス期の絵画に出てくる天使みたいなルックスなのに、クソガキ感あふれる雰囲気を振り撒くエルメルに戸惑いつつ、裕太は差し出された小さな手を握し返す。
エルメルに案内されて梯子を下りていくと、内部は意外な程に広くて明るかった。
どこかから勝手に引っ張ってきているのか、ちゃんと電気も通っているらしい。
要所要所で鉄筋や木材による補強がされていて、とりあえずの安全性には問題なさそうだ。
「ココは相馬博士が造ったのか?」
「いや、元からあった穴をイジっただけ。前はここら辺の畑で採れた野菜の貯蔵所だったんじゃないか、ってヴァルは言ってた」
裕太の質問に答えながら、三つ並んだドアの真ん中でエルメルは足を止める。
「おーい、ヴァルー! ルナとかが来たぞー」
「ああ、わかってる」
ドアの向こうから、重々しい響きの声が返ってきた。
十畳ほどの広さがある室内は、真新しい木材や剥き出しの石膏 ボードが目立つ、建築途中の家みたいな場所だった。
装飾らしい装飾のない殺風景さは、いかにも『アジト』といった雰囲気を醸し出している。
そんな部屋の奥に置かれた机に向かい、中年男が凄い速度でキーボードを叩いていた。
エルメルに似た髪色をした男は、音高くエンターキーを叩いてからこちらに向き直る。
「無事だったか、ルナ。それに伊織も……えっと、君は?」
「俺は佐崎裕太といいます。佐崎範章の息子、です」
「ああ、確かチアリーダーのジェシカと付き合ってる、フットボール部の――」
「それは俺じゃないですね。多分、アメリカのリア充な高校生だと思います」
男は流暢に日本語を使いこなしているが、ルナの予告していた通りの面倒な性格は裕太にも一発で理解できた。
「おいヴァル、初対面の人間をイキナリ煙に巻こうとすんな」
「もうちょっと、真面目にやってみようかぁ」
「そう怒るな。悪気は余りないんだ」
ルナと伊織にツッコまれながら、ヴァルは反省の色ゼロな笑顔を浮かべた。
「で、急な訪問の理由は何だね? 料理の感想で『やさしい味』って単語が出てきたら、それは味がメッチャ薄いってことだと気付いた、って報告?」
「そういう日本語言い換え集はどうでもいい!」
ああ、これはダメな大人だ、と裕太は目の前にいる彫りの深い顔をした男を認識する。
「それはそれとして、用件は?」
「こんな状況であんたに用といったら、もうアレしかないだろ」
「……そうだな」
ふざけ半分の気配を漂わせていたヴァルが、表情を少しだけ引き締めた。
「とりあえず、適当にその辺の木箱にでも座ってくれ。それと、何か飲み物を――裕太君は、緑茶とコゲ茶とビリジアンのどれがいい?」
「結構な確率でもって、絵具を溶かした水が出てきそうなんですけど」
「じゃあエルメル、コーヒーを淹れてきてくれ」
「はいはーい」
頼まれたエルメルは、小走りに部屋を出て行った。
せめて自分の提示した選択肢からチョイスしろよ、と声を大にして言いたい裕太だったが、また話が横滑りしそうなので黙っておく。
ルナと伊織はこういう流れに慣れているのか、自然体でスルーしている。
「それで、ヴァル。セイからの接触はあったか?」
「いや、ない。周辺がキナ臭くなってきた時点で私は避難したから、恐らくは所在を掴まれていないのだろう。二日前に同僚からの連絡があって、大体の事情は聞いた」
「何か新情報は?」
「研究所の内部がまだゴタゴタしているって報告の他は、クーデターの背後にDFIのスポンサー連中がいる疑惑がある、とかその程度だ」
「可能性は高そうだが……どこ方面だ? トップが死にかけてる、あの教団辺りか」
「そこまではわからん。黒幕が一人なのか複数なのかも不明だ」
ヴァルがそこで話を切ると、ルナと伊織は思案顔で黙り込んだ。
二人の様子から深刻さを察知した裕太も、得体の知れない敵への不安を募らせる。
後部座席の裕太はどうにも落ち着かず、その元凶の一つであるルナに問う。
「なぁ、ルナねぇ……何で当然のように運転してんだ?」
運転できるのは知っていたが、どう見てもハシャぎすぎた子供が運転席に座っているとしか思えず、絵面的にも道交法的にもアウトだ。
「ヴァルの隠れ家までは結構距離あるからな。イオに行きも帰りも任せるのは流石に悪いし。運転に関しては、もう十年以上も無事故無秩序無違反無免許だから安心してくれ」
「余計なのが二つ混ざってて安心できねぇ!」
そんな二人の会話に、助手席の伊織が加わってくる。
「心配しなくていいよぉ。ルナちゃんは運転、結構上手いからねぇ」
「まぁね。あたしは常に『かもしれない運転』だから。もし関ヶ原の戦いが長期化してたら、黒田官兵衛にも天下人のチャンスがあったかもしれない、とか」
「無駄にスケールでかいし、運転いっこも関係ないし」
車内では
本当に慣れているらしく、ルナの運転は全てにおいて的確で安定していた。
会話が途切れたタイミングで、裕太はこれまで何となくスルーしてしまっていた、ある基本的な疑問について訊いてみる。
「それで師匠。セイって奴は何者で、目的は一体何なんですか」
「セイ君かぁ……正直なとこ、よくわかんないんだよねぇ」
「いやいや、そんないい加減な」
呆れ気味な裕太の言葉を受けて、ルナが正面を見据えたまま語り始める。
「セイはな、研究所で改造された身でありながら、研究所の最高幹部と同等の待遇だった特殊なアルケーで、存在そのものが機密に近い扱いだったんだ」
「何度か見かけたけどぉ、いつもマスクとゴーグル着けてたからぁ……わかるのは外見は十代の男の子でぇ、何かしらの身体的な改造を受けてる、って程度だねぇ」
「あたしも、まともに話した覚えがない。アルケーとしての能力は未知数だけど、頭脳や技能に特化してた可能性もあるな、研究所での仕事内容だと」
「かもねぇ……まぁ、ばるばるから新しい情報を聞けると期待しとこぉ」
ルナと伊織はひたすらに能天気で、話していると気が楽になる。
それはいいのだが、副作用で真剣さや深刻さまで見失いそうになるのが危うい。
裕太はそんな感想を抱きつつ、窓の外を流れる景色を眺める。
変わらず大きい道を走り続けているが、徐々に道路沿いの店が減って緑が増えてきた。
「ルナねぇ、目的地までは?」
「一時間はかからない……といいんだけど」
「質問に願望で返すのはどうなんだ」
車はやがて大きな道を外れて脇道へと入り、売り家の目立つ住宅街や寂れた商店街を越え、延々と畑が続くちょっと整備されただけの農道を抜けていく。
このままだと山奥にでも到着しそうだな、と裕太が思った辺りで伊織が声を上げた。
「……確かぁ、聞いてたのはこの辺だったと思うんだけどなぁ」
「人が住めそうな建物は見当たらんのですが」
「強いて言えばアレ、か?」
車を停めたルナは、放置された畑の傍らにある朽ちた小屋を指差す。
一応は調べておこうか――みたいな空気になったので、三人は車から降りた。
長々と運転していたルナは軽く背筋を伸ばし、伊織は携帯をいじっている。
手持ち無沙汰の裕太は、「まさかな」と思いつつ六畳ほどの広さの小屋へと入り込む。
誰かが生活しているような気配はなかったが、床に散らばる錆びた鎌や壊れたザルを蹴散らしてみると、取っ手の様な金具が設置されているのが発見できた。
「ルナねぇ、何か妙なのがあったぞ」
「んー、どれどれ」
裕太に呼ばれて、ルナが小屋の中へと入ってくる。
床の金具に目を止めたルナは、躊躇なしにそれを掴むとクイッと引っ張った。
隠し扉みたいな何かが出てくるとばかり思ったが、二人の目前で展開されたのは金具が自動的にグリグリ伸びていく、意表を突いた――というか意味がわからない光景だった。
「……何だこりゃ」
「あたしにもわからん。でもこのフザケた感じ、ヴァルが絡んでる気配が濃厚だ」
ルナと裕太の身長を超えて伸び続けた金具は、そのまま小屋の天井にまで達する。
最後は硬い物にぶつかったような、ガチャリという音を立てて止まり、その直後に天井と床下からモーターが唸るような音が、低く長く響いてきた。
「それで、ココからどうなる?」
「過去のパターンから推測すると、高確率でスライム的な何かが降ってくる」
「若手芸人の罰ゲームか」
「もしくは、スライムベス的な何かが降ってくる」
「待て、ジャンルと色が変わったぞ」
しばらく待ってみるが、小屋の中では何の変化も起こらない。
何かが出てくるのを警戒し、壁や床を軽く叩いてみたりするが、やはり反応はない。
「うはぁ」
外から不意に、伊織のどうにも形容し難い声が聞こえた。
何事かと小屋を飛び出した二人は、畑の奥にあった小さな竹薮が左右に割れ、その中心の地面にハンドル式の鉄扉が出現しているのを目撃する。
「こっ、これは」
「確実にヴァルの仕業だな」
「この頭悪い感じのカラクリ、間違いなくそうだろうねぇ」
困惑する裕太に構わず、ルナと伊織は真っ直ぐに竹薮へと近付く。
ルナは重そうなドアに手を伸ばすが、触れる前にハンドルが回って内側から扉が開く。
そして、中から十歳くらいの子供が顔を出した。
くすんだ金髪に碧の瞳――パッと見は戦闘モードのルナに似た雰囲気だが、この子の顔立ちは完全に北欧系の少年だ。
「アレが相馬博士……? 随分と若そうだけど」
「あの子はエルメル。ばるばるの助手だよぉ」
警戒している様子だったが、ルナの顔を見るとエルメルの表情はスッと和らぐ。
「おー、ルナ! 久しぶりだな!」
「久しぶり。ヴァルはいるか?」
「いるぞ――お、イオリも来たのか!」
「うん。元気ぃ?」
「絶好調だ! で、オマエは誰だ?」
エルメルがちょっと訝しげに裕太を指差すと、ルナがそれに答える。
「こいつは裕太。佐崎博士の息子だ」
「あー! ノリアキの子供か。そういや似てる……かな! よろしくな、ユウタ!」
「ん、あ、おぅ」
ルネッサンス期の絵画に出てくる天使みたいなルックスなのに、クソガキ感あふれる雰囲気を振り撒くエルメルに戸惑いつつ、裕太は差し出された小さな手を握し返す。
エルメルに案内されて梯子を下りていくと、内部は意外な程に広くて明るかった。
どこかから勝手に引っ張ってきているのか、ちゃんと電気も通っているらしい。
要所要所で鉄筋や木材による補強がされていて、とりあえずの安全性には問題なさそうだ。
「ココは相馬博士が造ったのか?」
「いや、元からあった穴をイジっただけ。前はここら辺の畑で採れた野菜の貯蔵所だったんじゃないか、ってヴァルは言ってた」
裕太の質問に答えながら、三つ並んだドアの真ん中でエルメルは足を止める。
「おーい、ヴァルー! ルナとかが来たぞー」
「ああ、わかってる」
ドアの向こうから、重々しい響きの声が返ってきた。
十畳ほどの広さがある室内は、真新しい木材や剥き出しの
装飾らしい装飾のない殺風景さは、いかにも『アジト』といった雰囲気を醸し出している。
そんな部屋の奥に置かれた机に向かい、中年男が凄い速度でキーボードを叩いていた。
エルメルに似た髪色をした男は、音高くエンターキーを叩いてからこちらに向き直る。
「無事だったか、ルナ。それに伊織も……えっと、君は?」
「俺は佐崎裕太といいます。佐崎範章の息子、です」
「ああ、確かチアリーダーのジェシカと付き合ってる、フットボール部の――」
「それは俺じゃないですね。多分、アメリカのリア充な高校生だと思います」
男は流暢に日本語を使いこなしているが、ルナの予告していた通りの面倒な性格は裕太にも一発で理解できた。
「おいヴァル、初対面の人間をイキナリ煙に巻こうとすんな」
「もうちょっと、真面目にやってみようかぁ」
「そう怒るな。悪気は余りないんだ」
ルナと伊織にツッコまれながら、ヴァルは反省の色ゼロな笑顔を浮かべた。
「で、急な訪問の理由は何だね? 料理の感想で『やさしい味』って単語が出てきたら、それは味がメッチャ薄いってことだと気付いた、って報告?」
「そういう日本語言い換え集はどうでもいい!」
ああ、これはダメな大人だ、と裕太は目の前にいる彫りの深い顔をした男を認識する。
「それはそれとして、用件は?」
「こんな状況であんたに用といったら、もうアレしかないだろ」
「……そうだな」
ふざけ半分の気配を漂わせていたヴァルが、表情を少しだけ引き締めた。
「とりあえず、適当にその辺の木箱にでも座ってくれ。それと、何か飲み物を――裕太君は、緑茶とコゲ茶とビリジアンのどれがいい?」
「結構な確率でもって、絵具を溶かした水が出てきそうなんですけど」
「じゃあエルメル、コーヒーを淹れてきてくれ」
「はいはーい」
頼まれたエルメルは、小走りに部屋を出て行った。
せめて自分の提示した選択肢からチョイスしろよ、と声を大にして言いたい裕太だったが、また話が横滑りしそうなので黙っておく。
ルナと伊織はこういう流れに慣れているのか、自然体でスルーしている。
「それで、ヴァル。セイからの接触はあったか?」
「いや、ない。周辺がキナ臭くなってきた時点で私は避難したから、恐らくは所在を掴まれていないのだろう。二日前に同僚からの連絡があって、大体の事情は聞いた」
「何か新情報は?」
「研究所の内部がまだゴタゴタしているって報告の他は、クーデターの背後にDFIのスポンサー連中がいる疑惑がある、とかその程度だ」
「可能性は高そうだが……どこ方面だ? トップが死にかけてる、あの教団辺りか」
「そこまではわからん。黒幕が一人なのか複数なのかも不明だ」
ヴァルがそこで話を切ると、ルナと伊織は思案顔で黙り込んだ。
二人の様子から深刻さを察知した裕太も、得体の知れない敵への不安を募らせる。