第11話「メガネをかけると隠された宇宙人の洗脳メッセージが見える」

文字数 4,244文字

 それからは特に何事も起こらず、いつも通りの放課後がやってきた。
 裕太が帰り支度をしていると、順が声をかけてくる。

「じゃあね、裕太……と、ルナ。また明日」
「ああ」

 順は二人に手を振って足早に教室を出て行く。
 また絡んでくるかと思われた今野も、去り際にねっとりとした視線を送ってはきたが、特に仕掛けてはこない様子だ。

「ジュンとは一緒に帰らないのか?」
「あいつは部活があるから。電子機械部」
「電子機械……ロボット相撲とかそういうのか」
「そこまで本格的なことはしてない、と思う。単なるパソコン部だな」

 裕太の答えに、ルナが納得した様子で頷く。

「なるほど。昨日言ってた友達のスーパーハカー、ってのはジュンだったのか」
「そんな誇大広告をした覚えはないけどな。でも、パソコンやらネット関係だったら、あいつに訊けば大体のことは教えてもらえる」

 裕太は、その他の部活についてルナに語りつつ、昇降口へと向かう。
 そして校門を出る辺りで、気になっていた点について質問してみた。

「あのさぁ、ルナねぇ。あそこまで今野を煽る必要、あったのか?」
「んー、あのガキが鬱陶しかったのは紛れもない事実なんだけど、自己紹介との併せ技でもって、あたしの地雷キャラを確立するのに丁度いいかな、と思って」
「にしてもアグレッシヴすぎるだろ。もっと穏当にキャラを立てられんのか」
「確かに……まずは特殊語尾とか面白挨拶とか、基本ラインから固めるべきだったかも」
「一番後回しでいいやつだな、それは」
「好物の設定も、もっとメジャーなのにしとくべきだったか。牛丼とかハチミツとかドラ焼きとか(そな)えミラクルクラッシャーとか」
「最後のは何なんだよ……そもそも、そんな設定は必要なのか?」

 裕太からのツッコミを受け流し、ルナの戯言は続行される。

「じゃあメガネを外すと空前絶後の美少女で、メガネをかけると隠された宇宙人の洗脳メッセージが見える、とか」
「現在メガネじゃない時点で全ては手遅れだし、メガネをかけるかけないで謎の格闘戦が繰り広げられる、みたいな珍イベントがありそうなんだが」

 着地点の見えないブレインストーミングを行っている内に、裕太の家が近付いてくる。

「で、ルナねぇはやっぱり俺の家に住むのか?」
「ああ、裕太を護衛するなら近くにいないとね。超絶セクシー美少女との同居生活、なんていう夢物語が具現化してドギマギするの仕方ないが、さっさと慣れてもらわないと」
「いや、そういうのはいいから。しかし、俺を守ってくれるのは有難いし、同居に反対する理由もないんだが、それはそれとして色々と準備が」
「……心の? それとも体の?」

 無駄に蠱惑的(こわくてき)な上目遣いをしてくるルナから目を逸らし、裕太は吐き棄て気味に言う。

「同居すんなら、純粋な少年を惑わす発言は今後控え目にしてもらえるか。何ていうか、もっと物質的な準備だよ」
「ダブルベッドか」
「いらん!」
「ダブルビームライフルか」
「もっといらん! ていうか、日常生活の中での使用場面が思い浮かばんのだが」
「用もないのに床下に換気扇を設置したがったり、不用品を買い取るフリで貴金属を買い叩こうとしたり、実態がないインチキ会社の社債を売りつけたりする連中の迎撃用に」
「相手が詐欺師にしても殺意が(ほとばし)りすぎだろ! ……何にせよ、買い物には行っとこう」



 通学鞄を置いて着替えを済ませた二人は、最寄駅である欅沼(けやきぬま)の駅前へと向かう。
 とりたてて名所も名産もない欅沼は、世間では無個性な量産型ベッドタウンと認識されている。

 だが、それだけに地元住民向けの施設は充実しており、特に駅周辺は大型ショッピングモールを中心に、それなりの賑わいを見せている。
 駅から離れるに従って、少子高齢化問題を煮詰めたようなオンボロ団地や、放置されたまま経年劣化を続ける廃工場群、そして住民の立ち退き交渉に失敗して寸断された新道といった、嫌な感じにうらぶれた風景も目立ってくるのだが。

「さて、と。何から買いに行こうか。純白のメルセデス? プール付きのマンション? 最高の女騎士とベッドでドン・コルレオーネからの贈り物?」
「どっかで聞いたことあるフレーズだし、異世界転移してそうなキャラと馬の首が混ざってるし……まずは金を下ろしてくる」

 裕太はルナに断って銀行のATMコーナーへ行き、キャッシュカードを取り出す。
 そしてパネルの『お引き出し』の部分に触れると、暗証番号の入力を求められる。
 番号について直接何も聞いていない裕太は、画面を前に腕組みしながら考える。

 あの動画で範章は「そっちかよって方のナポレオン」と言っていた。
 なので恐らく、暗証番号はナポレオン・ボナパルトとは無関係。
 酒も好きじゃなかったから、ブランデー絡みでもないだろう。
 マジシャンやトランプ遊びも違う――となると。
 裕太が映画『要塞警察』の登場人物であるナポレオンの囚人番号『1629』を打ち込んでみると、ディスプレイに希望金額の入力欄が表示された。

「まったくあの親父は、毎度毎度ややこしいことを……」

 当座の生活費として十万を下ろし、利用明細と一緒に財布に突っ込んでその場を離れようとした裕太だったが、そこで信じられないものを目にしてしまう。
 そして二十秒ほどその場で金縛った後、呼吸困難に陥りかけながらルナの所へ戻った。

「どうした裕太? 金の単位が円天とかガバスだったか?」
「いやいやいや! もっと! もっと一大事だって!」

 テンパった裕太が握り締めた明細を広げて見せると、ルナがその桁を数える。

「んー? 十万、百万、千万……おぉ」
「な! マジかよ? 何だってんだこりゃ!」

 裕太の名前で開かれた口座には、五億円を超える金額が入っていた。

「……よし、純白のメルセデスじゃなくてマイバッハ・ランドレーだな」
「無駄にバブリーな車は却下だ! ……だけど、そんなのも余裕で買える大金がどうして」
「博士がそれだけの仕事をしてた、って話だ」
「あ……あぁ、そうか。そうかもな」

 ルナの言葉が『それだけの大金を貰うに相応しい技能を要する仕事』を意味するのか、『それだけの大金が稼げるレベルの醜悪な犯罪』を指しているのか、裕太には判別できなかったので曖昧な返事で濁しておく。

「しかしまぁ世間一般では大金でも、イザって時には中古の戦闘機程度しか買えない額だし、そんなにビビる必要ない」
「その時が来ても、どこで戦闘機が買えるのかわからん……」

 平然としているルナに、裕太は疲れた声で応じた。



 それから二人はモール内を巡り、日用品や衣料品や食器類などを買い揃える。
 ルナは買い物を楽しんでいる様子だが、裕太の心はどうしても晴れずにいた。

「……どういうつもり、だったんだろ」
「何が?」

 裕太の発した疑問に、デカい中華鍋を振り回して使い勝手を確認していたルナが、興味なさげに反応した。

「親父だよ。こんなに金があるのに、どうして地味な生活だったんだ。一軒家の持ち家だけど中古だし、車も服も電化製品も高級品じゃなかったし」
「贅沢に興味なかったんじゃない?」
「だとしても、もうちょっとさぁ」

 食い下がる裕太に、鍋を棚に戻したルナが少し視線を鋭くして答える。

「もっと他の目的に使うつもりだったのかもね。ノーベル賞とか」
「そいつは金で買っちゃダメなものの代表格じゃないのか」
「現実的には、博士が独自の研究をする資金に回してた、って線が濃いかな」
「あぁ……それなら納得できる」

 昨日連れて行かれた施設の様子からして、設備投資に必要な金が桁外れなのは想像できた。
 それはそれとして、研究所から離れて行う研究とは何だろう――と考えながら、裕太はルナの後について調理器具コーナーを出る。
 やや上の空で歩いていると、不意に立ち止まったルナの背中にぶつかりかけた。

「っと、急に止まんなって」
「裕太、ちょっとココ寄っていいか」

 そう言ってルナが指差したのは、各種スパイスや輸入食材を扱う店のようだ。

「いいけど、何か要るのあったっけ?」
「要るモンだらけだよ。あの家、調味料の『さしすせそ』すら揃ってないし」
「ああ、何か聞いたことあるけど……」
「再仕込み醤油、白醤油、酢醤油、せうゆ、ソイソースの五種類だね」
「全部混ぜても、ちょっと酸っぱい醤油じゃねえか」

 裕太に無駄口を叩きつつ、ルナは様々な品物を買い物カゴに放り込む。
 やけに値が張る缶詰や、使い道の見当が付かない謎めいた粉末も混ざっているが、金の心配は当面なさそうだし、自分は作って貰う立場になるんだし、と思って裕太は文句を言わずにおく。

「しかし、ルナねぇがまともな料理スキルを所有してるとは意外だったよ。キャラ的には平然と殺人料理作って食わないとマジギレ、とかそんなお約束な感じっぽいのに」

 素直な感想を口にしてみた裕太は、ルナから鋭く睨まれる。

「味見しながらレシピ通りに作れば、味蕾(みらい)を耕すような爆裂メニューになる可能性はほぼゼロだ。それにあたしは、料理は昔から好きだったからな。スパイスだけでカレーを作ったり、専門店で出されるチャーハンを再現したり、いらないザルと竹ひごとシーツでカネゴン作ったり」
「最後のは料理関係ない……っていうか、何歳なんだよルナねぇ」

 際限なく話を横滑りさせながらも、二人は大量の調味料と香辛料と謎の食材を購入して売り場を出た。

「コレで買い物は一通り終わり?」
「あとは肉とか骨とか野菜とか」
「骨はあるかどうか知らんが、普通の食材なら近所のスーパーの方が安いと思う」
「そうか。じゃあそこ寄ってこう」

 買い物袋を提げ、ルナと取り留めのない話をしながら歩く帰り道は、危うく自分の置かれた状況を忘れそうになる程に平和だった。
 マンガや小説の主人公が、せっかく面白トラブルに巻き込まれているのに、平穏な日常に拘り続けているのが裕太には昔から不思議だったが、自分が似たような環境に放り込まれてみると、その気持ちがよくわかった。
 非日常が日常になるのは――精神的な息継ぎが上手くいかなくてキツい。
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登場人物紹介

佐崎裕太(ささきゆうた)

巻き込まれ型の主人公。高校生。

父親の遺した“あるモノ”のせいで日常生活が崩壊し、美少女と同居生活を開始したり改造人間に誘拐されたりゾンビの群れに自宅が襲われたりする。

ルナ

非常識な戦闘能力と再生能力を有する少女。見た目は10歳くらいだが年齢不詳。

格闘・射撃・投擲・刀剣・ナイフなどをオールマイティーに使いこなす。

羞恥心や道徳心に多大な問題があり、どんな違法行為だろうが必要と判断すれば躊躇なく実行する。

塙邑伊織(はなむらいおり)

裕太の格闘術の師匠に当たる女性。見た目は若いが年齢不詳。

おっとりとした喋り方と振る舞いが特徴だが、戦闘に関してはルナの同類。

セイ

裕太が巻き込まれている異常事態の元凶。

小柄な少年という目撃証言があるが、それ以外は謎に包まれている。

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