第22話「疲れる生き方だねぇ」

文字数 2,760文字

 混戦になると、狙撃手が厄介だ。
 そう判断した伊織は、ルナや裕太とは逆に工場方面へ移動していた。
 走り出した伊織をセイが追い、何者かの銃撃も執拗(しつよう)に続く。

「随分、腕が良いねぇ――誰を連れて来たのぉ?」

 頭部を狙って放たれた二発の弾を最小限の動作でかわしながら、追ってくるセイに訊く。

「ザヒールだよ。元はイラク軍のスナイパーだったんだけど、知らなかった?」
「あの垂峰の警備主任、かぁ。軍人上がりだったとは、ねぇ」

 足下を狙った一発を跳んで避けながら、伊織は言う。
 工場に隣接した倉庫の影へと入り、(ようや)く狙撃から逃れて伊織は一息吐く。
 しかしセイを振り切ることはできず、ここでケリを付けるしかないと覚悟を決める。

「自ら陣頭指揮で突撃とは、セイ君らしくないなぁ」
「らしもらしくないも、僕についてどれだけ知ってるの?」
「いやぁ、イメージ的な話だけどねぇ」

 伊織は相変わらず暢気(のんき)な口調だが、喋りながらトレンチナイフを取り出す様子は極めて剣呑(けんのん)だ。
 しかしセイに動じた気配はなく、その能力の不透明さは伊織を落ち着かなくさせる。

「そもそもキミってぇ、総大将より軍師が似合ってそうなんだけどなぁ」
「他人に任せて失敗されるより、全部を自分で背負った方が気が楽なんでね」
「……疲れる生き方だねぇ」
「黙々と命令に従って、知りもしない相手を殺し続けるよりはいいさ――『レオン』」

 久々に呼ばれたコードネームが、伊織の表情を曇らせる。

「指令を無視したフェイ、施設から逃げ出した実験体、研究資料を持ち出した研究員……これまで何人消した? いくらコードネームがレオンだからって、頑張りすぎじゃないの」

 最後まで研究所の狂気を糾弾し続けた若い女、泣きながら命乞いをしてきた少年、妻か娘であろう女性の名前を呼び続けていた中年男――そんな顔が浮かんでは消えていく。

「それについては言い訳のしようがない、かなぁ」
「言い訳なんかいらないよ。ただ、自分が他人様に偉そうに意見を言えるような、上等な存在じゃないってのを思い出して欲しかったんだ」

 精神的な揺さぶりをかけるつもりが、思わぬ反撃を受けてしまった伊織は、気持ちを立て直そうと話題を変える。

「セイ君の生き方はわかったけどぉ、戦い方はどうかなぁ?」
「すぐにわかるだろうけど……基本は『なるべく楽に勝つ』、かな」
「へぇ。どういう風にぃ?」
「こういう風に」

 冷笑を浮かべたセイの言葉が終わらない内に、倉庫の薄い壁を突き抜けてグレネード弾が飛び出してくる。

「しまっ――」

 セイとの会話に気を取られ、ザヒールの存在を失念していたのに気付く。
 伊織は身を捩って直撃をかわそうとしたが、遅延信管を使った弾はその反射神経を無視し、至近距離で盛大に炸裂した。



 爆炎に巻かれて地面に崩れた伊織に、セイが歩み寄る。

「ぁが……うぅ……」
「流石に頑丈だ。でもこれじゃあ、もう終わりだな――ザヒール、ここは片付いた。次はフレイの始末を手伝ってきてくれ」

 ヘッドセットと暗視ゴーグルを装着したザヒールは、セイの持つ小型無線機から届く指示に従い、エウリュスを援護するためにその場を離れていった。
 セイは、(まだら)に焦げた体を地面に横たえ、荒い息を吐いている伊織を見下ろす。

「酷い有様だね。体の中身まで丸出しになってるよ」
「ここまで……見せるのはセイ、君が……初めてだねぇ」

 大きく穿(うが)たれた腹部の傷口からは、伊織の内側が赤裸々に曝け出されている。
 だが、青白い光にボンヤリと照らされたそれは、血に塗れて肉色にぬらめく内臓ではなく、血と血に似たものに塗れて銀色にきらめく金属製の何かだ。

「想像以上にメカ指数が高いね」
「サイ、ボーグ化……された時は……今の傷よりヒド……かっ、たからなぁ」

 自分の状態を確認し、伊織は力なく笑う。
 そんな光景を眺めているセイは、不自然な程に表情を消して佇んでいる。

「ねえレオン――自分がそうなった時、どう思った?」
「嘆き悲し……むとか、そういうのは違うねぇ……諦める、が……近い、かなぁ」
「自分を実験材料にした、研究者達への怒りはなかった?」
「それは……全くない……と、言えば……嘘に、なるけどねぇ……」

 意識が飛びそうになるのを抑えながら、伊織はセイに答える。
 あの日、伊織はDFI幹部の指示に従い、施設を逃亡した少女の捕獲に向かっていた。
 逃げた少女はフェイだが、ただ肺機能を強化してあるだけ。
 そんな説明だったので、訓練がてら新人の部下二人を連れて捜索に出た。

 しかし逃亡したフェイは、運動能力の向上や水中行動の特化が目的ではなく、『猛毒ガスの容器』として呼吸器官を改造されていたのだ。
 発見したターゲットを拘束し、研究所へと戻ろうとしていた車中で、絶望したフェイは体内に仕込まれていた毒ガスを放出した。
 狭い空間はマスタードガスをベースにした猛毒の気体で充満し、改造途中だった少女は放出と同時に死亡、部下二人も恐らくは何が起きたかわからないまま即死した。

 伊織は咄嗟に車外に飛び出したが、それでも皮膚と内臓の大部分を失う結果になった。
 なのに、そんな惨劇の元凶である幹部は全てを連絡ミスの一言で済ませ、不運な事故という扱いで事件は内部処理されたのだ。

「何があったのか、大体は聞いてる。悲惨な境遇に同情したいのは山々だけど、僕も他のアルケーやフェイも、悲惨さはレオンと五十歩五十二、三歩だね」
「キミは……復讐、をする……つもりぃ……?」
「復讐やら報復が行われるとしても、それは副次的なものでしかない。主要目的はね、連中に自分達が何をしたのかを思い知らせる事だよ」
「……何を……した、のかぁ……?」
「奴らは、命をオモチャに倫理を無視した遊びに耽った挙句、人の領域を超える存在を生み出してしまった。僕らにすれば『誰も生んでくれなんて頼んでねぇよ』とか、思春期真っ只中な発言の一つもしたくなる状況だよ。でも、人間以上の生物として創られたからには――それに相応しい働きをしないと、ね」

 セイがそう言って笑い、伊織はその凄惨な笑顔を直視できず目を逸らす。

「何はともあれ、まずは裕太の身柄を確保しないと。そんなこんなでそろそろお別れの時間なんだけど、何か遺言は?」
「神様に……なろうと……した奴の、最後は……現実でも……物語でも大抵……悲惨だよぉ」
「忠告は肝に銘じておくよ――じゃあね、レオン」

 ぼやける伊織の視界の中で、セイの姿が急速に歪んで(かす)れていった。
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登場人物紹介

佐崎裕太(ささきゆうた)

巻き込まれ型の主人公。高校生。

父親の遺した“あるモノ”のせいで日常生活が崩壊し、美少女と同居生活を開始したり改造人間に誘拐されたりゾンビの群れに自宅が襲われたりする。

ルナ

非常識な戦闘能力と再生能力を有する少女。見た目は10歳くらいだが年齢不詳。

格闘・射撃・投擲・刀剣・ナイフなどをオールマイティーに使いこなす。

羞恥心や道徳心に多大な問題があり、どんな違法行為だろうが必要と判断すれば躊躇なく実行する。

塙邑伊織(はなむらいおり)

裕太の格闘術の師匠に当たる女性。見た目は若いが年齢不詳。

おっとりとした喋り方と振る舞いが特徴だが、戦闘に関してはルナの同類。

セイ

裕太が巻き込まれている異常事態の元凶。

小柄な少年という目撃証言があるが、それ以外は謎に包まれている。

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