第25話「今日からお前の名前は『妖獣教室』だ」
文字数 4,461文字
工場前まで辿り着くと、最初に来た時とは異なり、入口から明かりが漏れていた。
そんな変化を気にせずにルナが先に進むので、裕太も急ぎ足でその後に続く。
壁をぐるりと取り巻くように設置された夜間の道路工事などで使われる照明によって、工場の内部は不自然な程の明るさを保っていた。
足を踏み入れると、錆と埃と油がブレンドされた臭いが鼻につく。
辺りには、元が何だったのかわからない壊れた機械や、出所がどこなのかわからない廃材や鉄屑、そんなものが無秩序に打ち捨てられている。
「エウリュスが負けたか」
ロフト構造の二階部分から、セイの声が降ってきた。
見上げると、曖昧なシルエットが目に映る――足元にある塊は何だろうか。
裕太が目を細めて確かめようとする横で、ルナは傲然 と言葉を返す。
「ザヒールとその手下連中も、だ」
「もう少し足止めしてもらって、別働隊が戻るのを待つ手筈だったんだけど……さすがは『テロス』、見事な性能だね」
「……テロスって?」
「あたしやイオには、アルケーの監視や暴走時の破壊って仕事がある。王や皇帝を打倒する存在、って意味でコードネームは革命家の名前が由来。そして、始まりを意味するアルケーとの対比で、終わりを意味するテロスだ」
相変わらず筋の通った中二センスだが、もうツッコむ余裕もない。
「ちなみに、あたしの『フレイ』はレーニンが使ってた偽名の一つ。レーニンも本名じゃないけどね。イオは『レオン』――トロツキーの名前レフの欧風読み。英語だとライオンて意味」
話を聞きながら、その伊織はどうしたんだ、という不安が裕太の胸を過る。
「そうそう、忘れる前に返しておこうか」
セイは、足元の塊を掴んで放り投げる。
それは裕太とルナの前に、厭な音を立てて落下してきた。
虚ろな瞳は何も見ておらず、口の周りは赤黒く汚れ、髪は粘った液体で濡れている。
人の形は留めているが、それも胸から上だけだった。
「おい、何だよこれ……なぁ! おぉい!」
裕太は喚き、ルナは無言で歯軋 りを立てる。
セイが投げ落としたのは、伊織――だったものだ。
「――っ! おぉっ、お前がやったのか! お前ぇっ!」
「勘違いしないで、兄さん。そいつもフレイと同じく一度死んでて、もう人間じゃない。わかりやすく言うとサイボーグ。だから……殺したんじゃなくて壊したが正しいんじゃないかな。それと、こっちにも随分と犠牲者が出てるんだけど、そこは気にならないのかな?」
裕太のはらわたを絞るような絶叫に、セイは冷笑混じりに応じてくる。
伊織の上半身が晒す無惨な断面からは、血肉に混ざって機械部品らしい金属やコードの類が零れ、セイの言葉を裏付けている。
「ル、ルナねぇは全部知って、知ってたのか?」
「ああ。裕太には黙っててくれ、って言われてたんでな」
「何で――」
「簡単だよ。自分がどうしょうもなくバケモノだって事実は、なるべく忘れていたかったんだろうね」
セイが会話に割って入り、ルナは舌打ちしながら階上を睨み付ける。
「お前も同じバケモノだろ、ってメッセージ性がダイナミックに伝わってくる、いい面構えだね。でも安心して、すぐにそこで転がってるポンコツと同じく――」
拳銃の連射音が響き渡り、セイの演説を強制的に断ち切った。
空のマガジンを交換しながら、ルナは裕太の方を見ずに早口の小声で指示を出す。
「セイの能力は未知数だ。でも、ワザワザ照明を用意してるってコトは、暗視はできない可能性が高い。あたしがセイの相手をしてる間に、裕太は電源をどうにかして」
照明がなくなるとルナも困るのでは――と反論しかける裕太だが、改造で視力も強化されているのだろうと判断する。
小さく頷き返した裕太は、その場から静かに離れた。
「中々の演説テクニックで人を煽ってくるな、セイ。ヒトラーの尻尾にでもなるつもりか?」
「そんな意味不明な存在になる予定は、今のところないね」
何歩か前に出たセイが、ロフトに取り付けられた鉄柵に両手をつく。
そこを目掛けて、ルナは再び拳銃を全弾発射した。
銃弾はセイの体の中心部に向かって行ったが、その全てが空中で叩き落とされる。
「なるほど、そういうカラクリか」
「そう……これが僕の能力」
セイの背部からは、金属と生物が気紛れに混ざり合ったような、直径五センチ程の触手が無数に伸び、それらが盾となって銃弾を全て防いでいた。
「自動防衛システムとして子供の頃に埋め込まれた、寄生虫ベースの合成生物だよ」
そんな説明をしながら、セイはロフトから何気なく飛び降りる。
普通の人間ならば、捻挫や骨折は免れない高さだ。
しかし、伸びた触手が衝撃を和らげ、軽やかにセイを着地させていた。
マガジンを再び交換しつつ、ルナは目の前の異様な存在を眺める。
「……よし、今日からお前の名前は『妖獣教室』だ」
「勝手な名前で呼ばれるのは、もう飽き飽きなんだけどね」
苦笑いで暴言に対応するセイだが、そんな最中にも束になった触手は幾つかに分かれ、ルナの手足を掴もうと猛スピードで伸縮を繰り広げている。
「防衛――って言いながらっ! 相当っ――アグレッシヴだなっ!」
「無意識下への刷り込みで、防御の概念を拡張したんだ。『攻撃は最大の防御』って言うだろう?」
左に跳び、落ちていた薄い鉄板を拾って投げ、右に転がり、銃弾を撃ち込んで触手をかわしながら問うルナに、セイはどこまでも平らなテンションで答える。
触手から逃れて工場内を走り回る中、床に転がっていた塩ビ製のパイプに足を取られ、ルナは体勢を崩して前のめりに倒れ込む。
その隙を狙って無数の触手が殺到してくるが、それは全て計算された動きだ。
「こんがり仕上がれ、『淫獣教室』野郎!」
体勢を素早く立て直したルナは、自分で命名したのと微妙に違うニックネームを叫びながら、迫り来る触手にノズルを向ける。
そして、米軍のM2を小型にしたような火炎放射器が、文字通りに火を噴いた。
少し間の抜けた燃料噴射音と共に、うねる赤色が周辺を染め上げる。
焔 に巻かれた触手は黒く炭化して焼け崩れ、ちぎれた断片は大型ヘビ花火の如く地面で蠢 く。
「うおぉだらぁ!」
ルナは身を低くして吼えながら走り、距離を詰めて再び火炎放射器を作動させる。
火炎の舌はセイを舐め食らおうとするが、触手が集まって防火壁を形作り、灼熱をその身にまでは届かせない。
「迷いのない果敢な攻めだ――けど、まだ甘いね」
放射の途切れた瞬間、触手の壁は消えて大口径のリボルバーを手にしたセイが現れる。
そして間髪を入れず、ルナの背負った燃料タンクを撃ち抜いた。
しかし、中身の大半を使い切っていた上に、耐火服でグルグル巻きにされていたタンクは、ルナを黒焼きにする程の破壊力を発揮せずに小爆発で燃え尽きる。
「パーマはあんまり好きじゃないんだけど」
焼け焦げてチリチリになった赤茶色の髪を一房摘みながら、ルナは笑う。
その言葉が終わらない内に、髪は元の金色と直線を取り戻していた。
「本当に無茶苦茶な体質だね」
「その文句は、自分の親父に言ってくれ」
話の途中でルナは手榴弾を投げる。
「あの世か来世で」
セイはそれを弾き飛ばそうとするが、ピンを抜いて数秒経ってから投げられた物騒なボールは、触手が触れるより早くに炸裂した。
触手達は防御を優先したのか、撒き散らされる破片に反応してセイの身を守る。
ルナは、自分の体に突き刺さる諸々を無視して突撃する。
「あらっしゃぁあ!」
そして至近距離から、セイの顔面に9ミリパラベラム弾をありったけ叩き込む――
それで全ては終わるはずだったが、ルナが銃爪を引くよりも半瞬早く、触手の一群が束となり、強烈なボディブローでカウンターを仕掛けてきた。
「んごっ――ふっ」
痛みはなくとも、衝撃によって行動と呼吸は強制停止を余儀なくされる。
立ち直る間もなく、別方向からの触手達が銃を持ったルナの右手首を掴み、その全身をコンクリの床に何度も何度も打ち付けた。
血塗れになりながらも逆襲のチャンスを窺うルナだったが、不穏な気配を感じたセイは四肢を触手で拘束し、その体を地上二メートル程の高さに固定する。
そして再びリボルバーを構えると、表情も変えずにルナに向けて五発撃つ。
両肩、両腿、左胸に弾丸が命中し、派手に血飛沫を散らせはするが、潰れた弾丸はすぐに体外に排出され、少し遅れて傷も塞がって血も止まった。
「さて、と。どうしたものかな……」
空薬莢を捨て、ローダーで弾を込めながらセイは呟く。
有効距離で手榴弾の爆発に巻き込まれ、麺類のように捏 ねられた挙句に五発の銃弾を受けたルナは、薄笑いを浮かべてセイを見下ろしている。
「諦めてあたしに倒されてみる、ってのはどうかな?」
「意外性は抜群だけど、残念ながら却下だ」
ルナと数秒間視線を合わせるセイ。
「そうだ――要するに、再生能力を超えるダメージを与えればいいんだね。なら、フレイには今後末永く強酸の風呂に浸かり続けて貰うとしよう」
「美少女を風呂に沈めるとか、正体を現したなエロス野郎め」
「昭和のヤクザと一緒にしないでくれるか……とりあえず、五体満足な状態だと運び辛いし、ちょっとバラさせてもらうよ」
セイはリボルバーをゆっくり持ち上げ、ルナに銃口を向けて右腕の付け根を狙う。
銃で傷を負わせ、そこを切り口に手足を引っ張ってもぎ取る、という雑な分解方法をセイが採用したと悟ったルナは、渾身の力を込めて右手を引き抜く。
普通ならば激痛によって不可能な行動だが、痛覚が抑制されているルナには可能だ。
続けて、砕けた手根骨が回復するのも待たず、握ったままの銃をセイに向ける。
「のぅらあああっ!」
珍妙な気合を入れつつ、銃爪を繰り返し引く。
触手達は本体を守ろうと、拘束していたルナを手放す。
体の自由を回復したルナは、弾切れのベレッタを放り捨てると、ザヒールから奪った大型ナイフを取り出す。
「君はどうにも面倒な奴だな、フレイ」
「その言葉、綺麗にラッピング――いや、煮玉子トッピングして返すぜ、セイ!」
「何で無理に間違えるの」
無駄口の応酬が終わると同時に、様々な角度から数十本の触手がルナに殺到する。
鉈のようなナイフを振るってそれらを叩き斬りつつ、反撃のチャンスを窺ってみるものの、きっかけが全く掴めない。
ルナは明かりが消えるのを待ちながら、斬られても再生しながら追ってくる触手と、そこに混ざってくる銃撃から逃れるために、終わりの見えない撤退戦に身を投じた。
そんな変化を気にせずにルナが先に進むので、裕太も急ぎ足でその後に続く。
壁をぐるりと取り巻くように設置された夜間の道路工事などで使われる照明によって、工場の内部は不自然な程の明るさを保っていた。
足を踏み入れると、錆と埃と油がブレンドされた臭いが鼻につく。
辺りには、元が何だったのかわからない壊れた機械や、出所がどこなのかわからない廃材や鉄屑、そんなものが無秩序に打ち捨てられている。
「エウリュスが負けたか」
ロフト構造の二階部分から、セイの声が降ってきた。
見上げると、曖昧なシルエットが目に映る――足元にある塊は何だろうか。
裕太が目を細めて確かめようとする横で、ルナは
「ザヒールとその手下連中も、だ」
「もう少し足止めしてもらって、別働隊が戻るのを待つ手筈だったんだけど……さすがは『テロス』、見事な性能だね」
「……テロスって?」
「あたしやイオには、アルケーの監視や暴走時の破壊って仕事がある。王や皇帝を打倒する存在、って意味でコードネームは革命家の名前が由来。そして、始まりを意味するアルケーとの対比で、終わりを意味するテロスだ」
相変わらず筋の通った中二センスだが、もうツッコむ余裕もない。
「ちなみに、あたしの『フレイ』はレーニンが使ってた偽名の一つ。レーニンも本名じゃないけどね。イオは『レオン』――トロツキーの名前レフの欧風読み。英語だとライオンて意味」
話を聞きながら、その伊織はどうしたんだ、という不安が裕太の胸を過る。
「そうそう、忘れる前に返しておこうか」
セイは、足元の塊を掴んで放り投げる。
それは裕太とルナの前に、厭な音を立てて落下してきた。
虚ろな瞳は何も見ておらず、口の周りは赤黒く汚れ、髪は粘った液体で濡れている。
人の形は留めているが、それも胸から上だけだった。
「おい、何だよこれ……なぁ! おぉい!」
裕太は喚き、ルナは無言で
セイが投げ落としたのは、伊織――だったものだ。
「――っ! おぉっ、お前がやったのか! お前ぇっ!」
「勘違いしないで、兄さん。そいつもフレイと同じく一度死んでて、もう人間じゃない。わかりやすく言うとサイボーグ。だから……殺したんじゃなくて壊したが正しいんじゃないかな。それと、こっちにも随分と犠牲者が出てるんだけど、そこは気にならないのかな?」
裕太のはらわたを絞るような絶叫に、セイは冷笑混じりに応じてくる。
伊織の上半身が晒す無惨な断面からは、血肉に混ざって機械部品らしい金属やコードの類が零れ、セイの言葉を裏付けている。
「ル、ルナねぇは全部知って、知ってたのか?」
「ああ。裕太には黙っててくれ、って言われてたんでな」
「何で――」
「簡単だよ。自分がどうしょうもなくバケモノだって事実は、なるべく忘れていたかったんだろうね」
セイが会話に割って入り、ルナは舌打ちしながら階上を睨み付ける。
「お前も同じバケモノだろ、ってメッセージ性がダイナミックに伝わってくる、いい面構えだね。でも安心して、すぐにそこで転がってるポンコツと同じく――」
拳銃の連射音が響き渡り、セイの演説を強制的に断ち切った。
空のマガジンを交換しながら、ルナは裕太の方を見ずに早口の小声で指示を出す。
「セイの能力は未知数だ。でも、ワザワザ照明を用意してるってコトは、暗視はできない可能性が高い。あたしがセイの相手をしてる間に、裕太は電源をどうにかして」
照明がなくなるとルナも困るのでは――と反論しかける裕太だが、改造で視力も強化されているのだろうと判断する。
小さく頷き返した裕太は、その場から静かに離れた。
「中々の演説テクニックで人を煽ってくるな、セイ。ヒトラーの尻尾にでもなるつもりか?」
「そんな意味不明な存在になる予定は、今のところないね」
何歩か前に出たセイが、ロフトに取り付けられた鉄柵に両手をつく。
そこを目掛けて、ルナは再び拳銃を全弾発射した。
銃弾はセイの体の中心部に向かって行ったが、その全てが空中で叩き落とされる。
「なるほど、そういうカラクリか」
「そう……これが僕の能力」
セイの背部からは、金属と生物が気紛れに混ざり合ったような、直径五センチ程の触手が無数に伸び、それらが盾となって銃弾を全て防いでいた。
「自動防衛システムとして子供の頃に埋め込まれた、寄生虫ベースの合成生物だよ」
そんな説明をしながら、セイはロフトから何気なく飛び降りる。
普通の人間ならば、捻挫や骨折は免れない高さだ。
しかし、伸びた触手が衝撃を和らげ、軽やかにセイを着地させていた。
マガジンを再び交換しつつ、ルナは目の前の異様な存在を眺める。
「……よし、今日からお前の名前は『妖獣教室』だ」
「勝手な名前で呼ばれるのは、もう飽き飽きなんだけどね」
苦笑いで暴言に対応するセイだが、そんな最中にも束になった触手は幾つかに分かれ、ルナの手足を掴もうと猛スピードで伸縮を繰り広げている。
「防衛――って言いながらっ! 相当っ――アグレッシヴだなっ!」
「無意識下への刷り込みで、防御の概念を拡張したんだ。『攻撃は最大の防御』って言うだろう?」
左に跳び、落ちていた薄い鉄板を拾って投げ、右に転がり、銃弾を撃ち込んで触手をかわしながら問うルナに、セイはどこまでも平らなテンションで答える。
触手から逃れて工場内を走り回る中、床に転がっていた塩ビ製のパイプに足を取られ、ルナは体勢を崩して前のめりに倒れ込む。
その隙を狙って無数の触手が殺到してくるが、それは全て計算された動きだ。
「こんがり仕上がれ、『淫獣教室』野郎!」
体勢を素早く立て直したルナは、自分で命名したのと微妙に違うニックネームを叫びながら、迫り来る触手にノズルを向ける。
そして、米軍のM2を小型にしたような火炎放射器が、文字通りに火を噴いた。
少し間の抜けた燃料噴射音と共に、うねる赤色が周辺を染め上げる。
「うおぉだらぁ!」
ルナは身を低くして吼えながら走り、距離を詰めて再び火炎放射器を作動させる。
火炎の舌はセイを舐め食らおうとするが、触手が集まって防火壁を形作り、灼熱をその身にまでは届かせない。
「迷いのない果敢な攻めだ――けど、まだ甘いね」
放射の途切れた瞬間、触手の壁は消えて大口径のリボルバーを手にしたセイが現れる。
そして間髪を入れず、ルナの背負った燃料タンクを撃ち抜いた。
しかし、中身の大半を使い切っていた上に、耐火服でグルグル巻きにされていたタンクは、ルナを黒焼きにする程の破壊力を発揮せずに小爆発で燃え尽きる。
「パーマはあんまり好きじゃないんだけど」
焼け焦げてチリチリになった赤茶色の髪を一房摘みながら、ルナは笑う。
その言葉が終わらない内に、髪は元の金色と直線を取り戻していた。
「本当に無茶苦茶な体質だね」
「その文句は、自分の親父に言ってくれ」
話の途中でルナは手榴弾を投げる。
「あの世か来世で」
セイはそれを弾き飛ばそうとするが、ピンを抜いて数秒経ってから投げられた物騒なボールは、触手が触れるより早くに炸裂した。
触手達は防御を優先したのか、撒き散らされる破片に反応してセイの身を守る。
ルナは、自分の体に突き刺さる諸々を無視して突撃する。
「あらっしゃぁあ!」
そして至近距離から、セイの顔面に9ミリパラベラム弾をありったけ叩き込む――
それで全ては終わるはずだったが、ルナが銃爪を引くよりも半瞬早く、触手の一群が束となり、強烈なボディブローでカウンターを仕掛けてきた。
「んごっ――ふっ」
痛みはなくとも、衝撃によって行動と呼吸は強制停止を余儀なくされる。
立ち直る間もなく、別方向からの触手達が銃を持ったルナの右手首を掴み、その全身をコンクリの床に何度も何度も打ち付けた。
血塗れになりながらも逆襲のチャンスを窺うルナだったが、不穏な気配を感じたセイは四肢を触手で拘束し、その体を地上二メートル程の高さに固定する。
そして再びリボルバーを構えると、表情も変えずにルナに向けて五発撃つ。
両肩、両腿、左胸に弾丸が命中し、派手に血飛沫を散らせはするが、潰れた弾丸はすぐに体外に排出され、少し遅れて傷も塞がって血も止まった。
「さて、と。どうしたものかな……」
空薬莢を捨て、ローダーで弾を込めながらセイは呟く。
有効距離で手榴弾の爆発に巻き込まれ、麺類のように
「諦めてあたしに倒されてみる、ってのはどうかな?」
「意外性は抜群だけど、残念ながら却下だ」
ルナと数秒間視線を合わせるセイ。
「そうだ――要するに、再生能力を超えるダメージを与えればいいんだね。なら、フレイには今後末永く強酸の風呂に浸かり続けて貰うとしよう」
「美少女を風呂に沈めるとか、正体を現したなエロス野郎め」
「昭和のヤクザと一緒にしないでくれるか……とりあえず、五体満足な状態だと運び辛いし、ちょっとバラさせてもらうよ」
セイはリボルバーをゆっくり持ち上げ、ルナに銃口を向けて右腕の付け根を狙う。
銃で傷を負わせ、そこを切り口に手足を引っ張ってもぎ取る、という雑な分解方法をセイが採用したと悟ったルナは、渾身の力を込めて右手を引き抜く。
普通ならば激痛によって不可能な行動だが、痛覚が抑制されているルナには可能だ。
続けて、砕けた手根骨が回復するのも待たず、握ったままの銃をセイに向ける。
「のぅらあああっ!」
珍妙な気合を入れつつ、銃爪を繰り返し引く。
触手達は本体を守ろうと、拘束していたルナを手放す。
体の自由を回復したルナは、弾切れのベレッタを放り捨てると、ザヒールから奪った大型ナイフを取り出す。
「君はどうにも面倒な奴だな、フレイ」
「その言葉、綺麗にラッピング――いや、煮玉子トッピングして返すぜ、セイ!」
「何で無理に間違えるの」
無駄口の応酬が終わると同時に、様々な角度から数十本の触手がルナに殺到する。
鉈のようなナイフを振るってそれらを叩き斬りつつ、反撃のチャンスを窺ってみるものの、きっかけが全く掴めない。
ルナは明かりが消えるのを待ちながら、斬られても再生しながら追ってくる触手と、そこに混ざってくる銃撃から逃れるために、終わりの見えない撤退戦に身を投じた。