第19話「この戦いが終わったらオシャレ雑貨の店を開こうと思うんだ」
文字数 3,684文字
黙り込んでしまった裕太を見て、伊織は短く溜息を吐く。
「そんなに難しく考えなくてもいいけど、自分の身を守るのは、同時に『イグノラムス・イグノラビムス』を守るって意味でもあるから、そこを忘れないでねぇ」
「……そう、ですね」
伊織の言葉で、裕太は自分の頭の中にある研究データの存在を思い出す。
これが奪われればコブールみたいな連中が量産され、ついでに自分は廃人になるか死ぬかの二択。
そんな傍迷惑な事実は積極的に忘れたいのだが、残念ながらそうもいかない。
「自己犠牲の精神は立派でも、度が過ぎれば単なる自殺行為だからな。まぁアレだ、慈善事業を主催している連中は、基本的に他人の金しか使わない、ってのを参考にしとけ」
「そこは……見習っていい部分なのか?」
「おとぎ話の『幸福な王子』がやたら気前良かったのもぉ、自分を飾る宝石や金箔の出所が他人の財布だったから、かも知れないねぇ」
「それは斬新な解釈だ」
二人の主張に裕太が気圧されていると、ルナは更に衝撃の事実を放り込んできた。
「ついでにあの話、王子に頼まれて貧乏人にパーツを届けてたツバメは、ボランティアに夢中になり過ぎて南国に移動するのを忘れて、そのまま冬を越せずに衰弱死するってオチなんだわ」
「マジでか。そんな鬱エンド?」
有名な話ではあるが原典を読んだ覚えがない裕太は、本気で驚かされる。
「その後には神サマがミラクルパワァを使ってハッピーエンド風、みたいな救済が用意されてるけど、そんな奇跡を起こせるなら最初から神サマが直 で貧乏人を何とかしろってんだよ」
「それは全くもって同意だが、段々と話の趣旨が変わってきているような」
「何はともあれ、今夜セイ君を倒せば問題の大部分はまとめて解決だよぉ」
「だな。とりあえず、腹ごしらえもしとくか。あ、食欲ないなら帰ってきてから軽く食べられるように、パインサラダとか作っとくけど」
「それは大変に危険な感じがするから中止で頼む」
ルナが食事の支度をすると言うので、裕太はその間に流星錘の基本的な使い方を教えてもらうために、伊織と共に道場へと向かった。
伊織の自宅に併設された道場は、裕太にとっては通い慣れた訓練場だ。
近所の子供や奥様方に合気道ベースの護身術を教える場でもあり、月謝が安く教え方が丁寧なのが受けているのか、最近ではそれなりに生徒も増えている。
「さて、流星錘の使い方なんだけどねぇ」
「はい」
稽古用のジャージに着替えた裕太は、道着姿の伊織と相対していた。
右手に流星錘の鎖を巻きつけ、左手で鉄球をブラつかせながら何となく構える。
「基本的には、前に教えた鎖分銅 なんかと一緒だよぉ」
「えーと、それ習ったのが三年くらい前なんで、ちょっと感覚とか覚束ないんですけど」
「そっかぁ……じゃあ、動いてる相手の頭を狙う練習だけしとこうかぁ。ゆぅ君の動体視力なら何とかなる、といいんだけどねぇ」
「いや、最後で投げやりになるの、オカシくないですか」
ともあれ裕太は、伊織が用意した使い古しのバレーボールを叩き落とす訓練を開始する。
振り回して錘に遠心力を乗せろ、という鎖分銅の時に言われたアドバイスを思い出しつつ、伊織がランダムに放るボールを狙って錘を投げるのだが、これが笑える程に当たらない。
錘部分の重量があり過ぎて、コントロールが困難極まるのが原因だろう。
「ふぅ……エルメルはどの程度扱えたんですかね、こんなの」
「あの子も器用だけどねぇ……さすがにこのピーキーさだと、三日で飽きるか諦めるかしたんじゃないかなぁ」
そんなところか、と思いながら裕太は重たい鉄球をブン回す。
何度も何度も空振りを反復する内に、伊織がフワッと投げたボールに、上から叩き付けるように振り下ろした錘が命中する。
瞬間、ボールは楕円形を通り越して円盤形にひしゃげ、鈍い音と粉を撒き散らして盛大に破裂した。
「おおっ、コレは!」
「それだけ重さがあると破壊力は凄いねぇ。流星錘はショートからミドルレンジで全方向に対応できるから、錘を蹴ったり鎖を体に巻き付けて軌道を変えたりの技術を身に付けて、ある程度のスピードと精度が確保できるようになれば、拳銃持った素人程度が相手なら楽勝だよぉ」
それは中々に頼もしい威力だが、そこまで到達するにはかなりの時間がかかりそうだ。
裕太は、勢い良く戻し過ぎた錘をキャッチし損ねて鳩尾 を強打し、痛みを堪えて蹲 りながらそんなことを考える。
「大丈夫ぅ?」
「な、何とか……紙一重で」
「いや、避けられてないよぉ?」
骨や内臓には異常がなさそうなので、裕太は痛みを堪えて練習を再開する。
徐々にタイミングが掴めるようになり、五回に一回くらい命中させられるようになった辺りで、エプロン姿のルナが道場に顔を出した。
「おーい、出来たぞ」
「はいはーい。じゃあ、ゴハンにしようかぁ」
汗を拭いて居間に向かうと、テーブルの上にはルナの作った料理が並べられていた。
あり合わせの材料で作っただろうに、見た目も色鮮やかで香りも上々、仕上がりには文句の付けようがない――のだが。
「どういう判断が行われた結果、メニューが鶏飯 になったんだ?」
「冷蔵庫にあった今日が消費期限の鶏肉と、日本の出陣前の食事と言ったら湯漬け、っていう一般常識を組み合わせたら、コレ以外の献立が出てくる理由がないだろ」
「いや、普通は鶏飯のレシピとか知らないと思うが……」
「おぉ、美味しそうだねぇ」
道場の片付けを終えた伊織が戻って来たので、裕太は質問を切り上げて自分も席に着く。
緊張感で食も進まないかと思ったが、やや薄めの出汁と塩気が強めな具のバランスの良さ、そして茶漬けスタイルの食べ易さによって、鶏飯はスルスルと胃に消えていった。
思い付きで作ったように見えて、ルナはそれなり以上に気を回してくれた様子だ。
「それで、どうする?」
「……明日はカレーにしようかな、って思ってるけど」
「いや献立はどうでもよくて。計画とか、戦術とか、決めとく事柄は色々あるだろ」
食事を終えたルナと伊織はゆったりと茶を啜り、焦燥が滲み出し放題な裕太とは別次元の落ち着きを見せている。
「セイ君の出方が全くわからないからねぇ……とりあえず『プラン9』で行こうかぁ」
「そんなダメ映画っぽい話はいいから! もっとこう、敵の規模を予想してみたりとか」
「主力はセイの他にアルケーが一人か二人。それとフェイが何人か。多分、合計でも二桁には届かない。ゾンビもそんなに数は揃ってないだろうな。ついでに、普通の人間も戦闘員として数人。だから待ち構えてる敵の数は恐らく二十前後、最大でも三十ってとこだな」
ルナは緩んだ表情のままで、そんな分析を滑らかに語り出す。
「へっ? いつの間に調べたんだよ、ルナねぇ」
「調べるまでもない。これまでのセイの行動を考えれば、この程度は判断できる」
「どういう……?」
「メインの戦力は、先鋒の面子とさっきの襲撃チームからの予測だ。能力的に不向きな任務にコブールを送り込み、あんな頼りない連中に威力偵察を任せた辺り、敵の人材不足は明らかだな。ゾンビ作りは難しくないだろうけど、新鮮な材料集めは一苦労だ。普通の人間が参加してる可能性については、鈴森とかの存在が裏付けだな」
滑らかに語られるルナの説明に、裕太は納得しつつも疑問点を述べる。
「んー、そうまとめられると、確かにそんな気がしてくるな。しかしそれなら、セイってのは案外大したことないんじゃないか?」
「どうかなぁ。むしろ、少ない人数で行動を起こした理由は、それでも勝算が十分だったからって気がしなくもないねぇ」
「それは……」
「ゆぅ君一人を工場に呼び出さないのも、敵対勢力を早い段階で叩き潰しておこう、って意図がありそうだしなぁ」
裕太の楽観論に、ある程度セイの危険性を知っている伊織が釘を刺す。
「何にせよ、相手が正体不明過ぎるからな。ケースバイケースとキープマイペースで対応するしかなさそうだ」
「むぅ……いや、マイペースは諦めようぜ、ルナねぇ」
作戦会議っぽい話し合いはグダグダに幕を閉じ、三人は出撃に向けての準備に入った。
ルナはヴァルから譲り受けた武器類をチェックし、伊織は何かないかと倉庫を漁る。
裕太は二人を手伝いながら、自分は今夜どう立ち回るべきなのかを考え続ける。
「ゆぅ君、そう暗くならないでもっと楽しい事を考えようよぉ。例えば、戦いが終わったらまず何をしたいか、とかぁ」
「その話をすると、生存確率がガツンと下がりそうな――」
「あたし、この戦いが終わったらオシャレ雑貨の店を開こうと思うんだ……アジア系を中心の品揃えで」
「待てルナねぇ! それは発言的にも商売的にも危険すぎる死亡フラグだ!」
「そんなに難しく考えなくてもいいけど、自分の身を守るのは、同時に『イグノラムス・イグノラビムス』を守るって意味でもあるから、そこを忘れないでねぇ」
「……そう、ですね」
伊織の言葉で、裕太は自分の頭の中にある研究データの存在を思い出す。
これが奪われればコブールみたいな連中が量産され、ついでに自分は廃人になるか死ぬかの二択。
そんな傍迷惑な事実は積極的に忘れたいのだが、残念ながらそうもいかない。
「自己犠牲の精神は立派でも、度が過ぎれば単なる自殺行為だからな。まぁアレだ、慈善事業を主催している連中は、基本的に他人の金しか使わない、ってのを参考にしとけ」
「そこは……見習っていい部分なのか?」
「おとぎ話の『幸福な王子』がやたら気前良かったのもぉ、自分を飾る宝石や金箔の出所が他人の財布だったから、かも知れないねぇ」
「それは斬新な解釈だ」
二人の主張に裕太が気圧されていると、ルナは更に衝撃の事実を放り込んできた。
「ついでにあの話、王子に頼まれて貧乏人にパーツを届けてたツバメは、ボランティアに夢中になり過ぎて南国に移動するのを忘れて、そのまま冬を越せずに衰弱死するってオチなんだわ」
「マジでか。そんな鬱エンド?」
有名な話ではあるが原典を読んだ覚えがない裕太は、本気で驚かされる。
「その後には神サマがミラクルパワァを使ってハッピーエンド風、みたいな救済が用意されてるけど、そんな奇跡を起こせるなら最初から神サマが
「それは全くもって同意だが、段々と話の趣旨が変わってきているような」
「何はともあれ、今夜セイ君を倒せば問題の大部分はまとめて解決だよぉ」
「だな。とりあえず、腹ごしらえもしとくか。あ、食欲ないなら帰ってきてから軽く食べられるように、パインサラダとか作っとくけど」
「それは大変に危険な感じがするから中止で頼む」
ルナが食事の支度をすると言うので、裕太はその間に流星錘の基本的な使い方を教えてもらうために、伊織と共に道場へと向かった。
伊織の自宅に併設された道場は、裕太にとっては通い慣れた訓練場だ。
近所の子供や奥様方に合気道ベースの護身術を教える場でもあり、月謝が安く教え方が丁寧なのが受けているのか、最近ではそれなりに生徒も増えている。
「さて、流星錘の使い方なんだけどねぇ」
「はい」
稽古用のジャージに着替えた裕太は、道着姿の伊織と相対していた。
右手に流星錘の鎖を巻きつけ、左手で鉄球をブラつかせながら何となく構える。
「基本的には、前に教えた
「えーと、それ習ったのが三年くらい前なんで、ちょっと感覚とか覚束ないんですけど」
「そっかぁ……じゃあ、動いてる相手の頭を狙う練習だけしとこうかぁ。ゆぅ君の動体視力なら何とかなる、といいんだけどねぇ」
「いや、最後で投げやりになるの、オカシくないですか」
ともあれ裕太は、伊織が用意した使い古しのバレーボールを叩き落とす訓練を開始する。
振り回して錘に遠心力を乗せろ、という鎖分銅の時に言われたアドバイスを思い出しつつ、伊織がランダムに放るボールを狙って錘を投げるのだが、これが笑える程に当たらない。
錘部分の重量があり過ぎて、コントロールが困難極まるのが原因だろう。
「ふぅ……エルメルはどの程度扱えたんですかね、こんなの」
「あの子も器用だけどねぇ……さすがにこのピーキーさだと、三日で飽きるか諦めるかしたんじゃないかなぁ」
そんなところか、と思いながら裕太は重たい鉄球をブン回す。
何度も何度も空振りを反復する内に、伊織がフワッと投げたボールに、上から叩き付けるように振り下ろした錘が命中する。
瞬間、ボールは楕円形を通り越して円盤形にひしゃげ、鈍い音と粉を撒き散らして盛大に破裂した。
「おおっ、コレは!」
「それだけ重さがあると破壊力は凄いねぇ。流星錘はショートからミドルレンジで全方向に対応できるから、錘を蹴ったり鎖を体に巻き付けて軌道を変えたりの技術を身に付けて、ある程度のスピードと精度が確保できるようになれば、拳銃持った素人程度が相手なら楽勝だよぉ」
それは中々に頼もしい威力だが、そこまで到達するにはかなりの時間がかかりそうだ。
裕太は、勢い良く戻し過ぎた錘をキャッチし損ねて
「大丈夫ぅ?」
「な、何とか……紙一重で」
「いや、避けられてないよぉ?」
骨や内臓には異常がなさそうなので、裕太は痛みを堪えて練習を再開する。
徐々にタイミングが掴めるようになり、五回に一回くらい命中させられるようになった辺りで、エプロン姿のルナが道場に顔を出した。
「おーい、出来たぞ」
「はいはーい。じゃあ、ゴハンにしようかぁ」
汗を拭いて居間に向かうと、テーブルの上にはルナの作った料理が並べられていた。
あり合わせの材料で作っただろうに、見た目も色鮮やかで香りも上々、仕上がりには文句の付けようがない――のだが。
「どういう判断が行われた結果、メニューが
「冷蔵庫にあった今日が消費期限の鶏肉と、日本の出陣前の食事と言ったら湯漬け、っていう一般常識を組み合わせたら、コレ以外の献立が出てくる理由がないだろ」
「いや、普通は鶏飯のレシピとか知らないと思うが……」
「おぉ、美味しそうだねぇ」
道場の片付けを終えた伊織が戻って来たので、裕太は質問を切り上げて自分も席に着く。
緊張感で食も進まないかと思ったが、やや薄めの出汁と塩気が強めな具のバランスの良さ、そして茶漬けスタイルの食べ易さによって、鶏飯はスルスルと胃に消えていった。
思い付きで作ったように見えて、ルナはそれなり以上に気を回してくれた様子だ。
「それで、どうする?」
「……明日はカレーにしようかな、って思ってるけど」
「いや献立はどうでもよくて。計画とか、戦術とか、決めとく事柄は色々あるだろ」
食事を終えたルナと伊織はゆったりと茶を啜り、焦燥が滲み出し放題な裕太とは別次元の落ち着きを見せている。
「セイ君の出方が全くわからないからねぇ……とりあえず『プラン9』で行こうかぁ」
「そんなダメ映画っぽい話はいいから! もっとこう、敵の規模を予想してみたりとか」
「主力はセイの他にアルケーが一人か二人。それとフェイが何人か。多分、合計でも二桁には届かない。ゾンビもそんなに数は揃ってないだろうな。ついでに、普通の人間も戦闘員として数人。だから待ち構えてる敵の数は恐らく二十前後、最大でも三十ってとこだな」
ルナは緩んだ表情のままで、そんな分析を滑らかに語り出す。
「へっ? いつの間に調べたんだよ、ルナねぇ」
「調べるまでもない。これまでのセイの行動を考えれば、この程度は判断できる」
「どういう……?」
「メインの戦力は、先鋒の面子とさっきの襲撃チームからの予測だ。能力的に不向きな任務にコブールを送り込み、あんな頼りない連中に威力偵察を任せた辺り、敵の人材不足は明らかだな。ゾンビ作りは難しくないだろうけど、新鮮な材料集めは一苦労だ。普通の人間が参加してる可能性については、鈴森とかの存在が裏付けだな」
滑らかに語られるルナの説明に、裕太は納得しつつも疑問点を述べる。
「んー、そうまとめられると、確かにそんな気がしてくるな。しかしそれなら、セイってのは案外大したことないんじゃないか?」
「どうかなぁ。むしろ、少ない人数で行動を起こした理由は、それでも勝算が十分だったからって気がしなくもないねぇ」
「それは……」
「ゆぅ君一人を工場に呼び出さないのも、敵対勢力を早い段階で叩き潰しておこう、って意図がありそうだしなぁ」
裕太の楽観論に、ある程度セイの危険性を知っている伊織が釘を刺す。
「何にせよ、相手が正体不明過ぎるからな。ケースバイケースとキープマイペースで対応するしかなさそうだ」
「むぅ……いや、マイペースは諦めようぜ、ルナねぇ」
作戦会議っぽい話し合いはグダグダに幕を閉じ、三人は出撃に向けての準備に入った。
ルナはヴァルから譲り受けた武器類をチェックし、伊織は何かないかと倉庫を漁る。
裕太は二人を手伝いながら、自分は今夜どう立ち回るべきなのかを考え続ける。
「ゆぅ君、そう暗くならないでもっと楽しい事を考えようよぉ。例えば、戦いが終わったらまず何をしたいか、とかぁ」
「その話をすると、生存確率がガツンと下がりそうな――」
「あたし、この戦いが終わったらオシャレ雑貨の店を開こうと思うんだ……アジア系を中心の品揃えで」
「待てルナねぇ! それは発言的にも商売的にも危険すぎる死亡フラグだ!」