1-4.知らない

文字数 1,946文字

しばらくの間、二人の間に沈黙が流れた・・・。

「・・・ふ・・・ふふふ・・・」

美羽は堪えられなくなってきた。

「あははは!おじさん最高!」

美羽は腹を抱えて笑い出した。

そして沖津から差し出されたお茶を飲むと、また笑いが込み上げてきた。

「何それ!アクション映画の1シーンじゃん!めっちゃ面白い!あははは!」

美羽は笑いが止まらなかった。沖津もそんな美羽をみて微笑んで言った。

「ツボにハマったかな?面白かった?
君が明るい子で良かったよ!やっぱり女の子は明るい笑顔が一番だね!さて、ちょっと失礼するよ」

美羽は笑い転げている。その美羽の前を沖津が通り、運転席の方に進む。

涙目になりながら美羽が沖津に尋ねる。

「おじさん、どこ行くの?」

「ちょっと、最後の悪い奴が開けた運転席から外に安全に出れるか見てくるよ!」

美羽は笑いを必死に堪えつつ沖津の後ろ姿を見つめていた。

✳︎

沖津が運転席に座る。



美羽は笑いながら、若干落ち着いてきた。



(はぁ・・・笑った笑った)



受験失敗してからかなり塞ぎ込んでいたが、久しぶりに大笑いしてスッキリした。

夜行バスの中はシンと静まり返っていた。



(・・・なんか・・・やけに静かね・・・このパーキングエリア・・・)



美羽は深呼吸して、沖津の後ろ姿を見ていた。
すると、ガタンとバスが揺れた。



(な・・・なに?)



そして大きく左に傾く。


ドンっと音がして隣のサングラス大男が通路に倒れた。



(・・・え?)



サングラス大男は起きない。



ドドッ、

と音がして、

サングラス大男の後ろに座っていた50代男も通路に転げ落ちた。



(・・・ええ?・・・えええ?)



今度は夜行バスが右に大きく傾くと、前の女がズズッと滑って逆の壁にぶち当たった。死んだ女の見開いた目の視線と美羽の視線が合う。



「きゃ・・・きゃああああ!」



美羽は、傾いた夜行バスの中を座席シートを掴みながら、運転手席の方に必死に駆けた。

胸を弾丸で貫かれた運転手が血溜まりを作っている。



「ひ・・・ひいい!」



沖津は冷静に運転席のドアから大樹の枝を選んでいた。

美羽はその沖津の左腕にすがるように掴まった。



「し・・・死んでる!みんな死んでる!!」



「やあ、美羽ちゃん、ちょっと失礼するよ」



沖津は美羽を左腕で抱きかかえ直すと、右手で一本の大樹の枝を掴んだ。



「ちょっと目を瞑っていてくれるかい?」



美羽は言われるがままに必死に目を固く瞑る。



ジェットコースターで急落下したときのような、フワリと無重力になり身体が浮く感じがした。



「もう目開いていいよ」



目を開くと沖津に抱きかかえられた状態で大樹の上に立っていた。



ズズズズズ、、、

轟音を立てて夜行バスは大樹の上から落ちていく。

そして、ドオンという大きな音がして夜行バスが地面に落下した。



「間一髪だった。良かった良かった」



沖津はパンパンと美羽の身体の埃を払った。

✳︎

美羽がパニックになって枝から落ちそうになったのを沖津が抱きかかえた。



そのままジャンプして下の枝に飛び乗る。


「きゃああ!!」



美羽は沖津の首をがっしりと掴んで目を瞑る。

沖津は構わず美羽を抱えたままどんどん下に降りていく。



「きゃあ!きゃああ!」



ほぼ垂直落下している速度で沖津は大樹を駆け降りていった。

美羽は目を固く閉じている。



「着いたよ」



美羽が恐る恐る目を開けると、地面に立つ沖津に抱きかかえられていた。



「大丈夫かい?」



沖津は美羽を立たせた。膝がガクガク揺れて、美羽は上手く立つことができなかった。今にも倒れ込みそうな美羽を沖津の両手が支えた。



「はあっ、はあっ、はあっ、、、」



美羽は軽い過呼吸状態になった。



「大丈夫、落ち着いて僕の目を見て」



「はあっ、はあっ、はあっ、、、」



美羽が沖津の目をじっと見つめる。
すると急に眠気が襲ってきた。



「やっと効き始めたか」



沖津の顔がぐにゃっと曲がる。



「何を・・・飲ませたの?・・・さっき・・・」



かくんとひざが折れて後ろに倒れそうになるのを沖津が再び支え直した。



「いいかい?よく聞いて、君は、僕のことは知らない。誰から何を聞かれても、一切知らない、それだけを答えるんだ」



「知らない・・・?」



「もしかしたら君にとても悪い奴らが近づいてくるかもしれない。特にそいつらには、絶対僕のこは知らないと答えるんだ」



「悪い・・・奴ら・・・」



目の前が暗くなる。



「いいね、美羽ちゃんと僕だけの秘密の約束だ」



「秘密の・・・約束・・・」



「そうだ。いい子だ、おやすみ」



その沖津の声を最後に、目の前が真っ白になると、美羽は気を失った。
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