7-2.最後の試験問題

文字数 1,156文字

「どうぞ・・・」



女性秘書が役員室に入ってきて、緑茶を沖津の立っている目の前のテーブルの上に置いた。



沖津は無言でそれを飲むと、深呼吸をして一息ついた。

沖津は篠谷美羽の事を考えていた。

美羽とあの時交わした最初で最後の口づけの感触が今でも忘れられなかった。

もう二度と会うこともあるまい。彼女は、これからは、彼女自身の手で新しい人生を切り拓いていくであろう。

わずか1週間程度会っただけの関係ではあるが、自分のような人間が、彼女の新しい人生に関わるべきではない。

沖津はもう一度深呼吸して気を取り直した。

その瞬間、視界がぐにゃりと曲がった。



驚き振り返って女性秘書の後ろ姿を見る。



「君・・・これ・・・」



秘書服姿の美羽も振り返ると、いたずらっぽい笑顔で沖津を見た。



「同じ手に引っかかってしまうのはちょっと注意力が足りないね!」



いつぞや沖津が美羽に放ったセリフを、そっくりそのまま見事に返され、ふらついた沖津は、気を失うとバタリと倒れた。



すると、深澤専務と坂崎室長が再び役員室に入ってきた。

気絶した沖津を見て二人はガッツポーズした。

✳︎




沖津が目を開けると、夜行バスの中だった。



隣を見ると鼻歌を歌いながら英単語帳を開く篠谷美羽がいた。


目を覚ました沖津を見て、にこやかに笑う。


沖津は何とかして記憶を思い出そうとした。しかし、役員室で倒れてからの記憶が全く無かった。

「これ、どこに向かっているんだ?」


「秘密。でも、少なくとも木の上じゃないよ」



しばらく夜行バスは走り続ける。

乗客は居ないようだ。沖津は状況が分からず窓の外を見つめる。


チクッと何か胸に感触を感じた。胸ポケットをみると、一通の封筒。

中を開けた。

入っていた一通の通知用紙には一行、

【貴殿を、本日付で、神野重工那覇支部への異動を命じる】

とだけ書かれていた。

(北海道の次は沖縄かよ・・・)

沖津は深くため息をついた。

✳︎

「試験問題です!」



美羽は英単語帳を閉じると、突然声を上げた。



「私といるならば君は幸せになれる。私といることは正解!私と離れれば君は不幸せ。私と離れることは不正解!」



美羽は英単語帳をスーツケースにしまいこみ、グラスと、あのワイン瓶を取り出すと、目の前の背面テーブルに置いた。そして、ワイン瓶のコルク栓をオープナーで開けた。

グラスにワインを注ぎ込む。




「私といるならば正解!離れれば不正解!」



グラスを沖津に差し出した。



「さ、どっち選ぶ?」



「・・・そうだな、君と一緒にいてみたい・・・」



沖津は美羽の手からグラスを受け取ると一気に飲み干した。

✳︎







「ところで、これには睡眠薬入っていないよな?」



「・・・さあ・・・?」

受験生と暗殺者の長かった

1週間が終わった。



以 上
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