4-2.待っていた彼女

文字数 1,026文字

沖津は熱海駅に着くと、そのまま山の方まで車を走らせた。


やがて、一軒の旅館の前で車を停めた。



1人の50歳位の男が沖津と美羽を迎えた。



「大変だったね、沖津君」

50歳位の男が右手を差し出した。沖津はそれを掴んで二人は握手を交わした。

「ありがとう、坂崎(さかざき)さん。彼女は無事ですか?」



「ああ、篠谷美羽さん、【彼女】は貴女を首を長くしてお待ちしていますよ」



彼女?誰だろう?
こんなところに私の知り合いなんて・・・。



沖津と美羽は、坂崎と呼ばれた50歳くらいの男に、【彼女】の待つ部屋へと案内された。



✳︎



「おばあちゃん!福江(ふくえ)おばあちゃん!!」



美羽は思わず声を上げた。長く会っておらず消息不明であった自身の母方の祖母がそこにいたからだ。



「美羽・・・か・・・よく来たね・・・」

福江は優しい笑顔で美羽を迎えた。



✳︎



沖津、美羽、坂崎と呼ばれた男、そして福江、4人は和室で顔を合わせた。


美羽の母美代子は神野家の美羽の祖父と愛人の間の娘であった。つまり美代子の母であるこの福江は、美羽の祖父の実の愛人にあたる。



「美羽や・・・お前には言っておかなければならないことがある」



「なぁに?」



久しぶりの祖母との再会に、美羽は心が弾んだ。



「お前はね、本当は、私と血が繋がった孫ではないんだよ。」


「・・・どういうこと?」

美羽が福江の発言を訝しげに聞いていると、坂崎と呼ばれた男は福江の言葉に被せるように話し始めた。


「美羽さん、貴女の叔母である神野清美は福江さんの娘。そして、事故死した貴女の母親美代子さんは、神野重工の始祖である神野(じんの)淳一(じゅんいち)と本妻である神野小夜子(さよこ)との間に生まれた子供だったんだ」



当惑する美羽に福江が続ける。



「私はね、とても、絶対にしてはならないことを当時してしまったんだよ・・・」



当時のことを福江はポツリポツリと語り始めた。



✳︎



戦後まもない頃、神野重工グループの始祖である神野淳一は、当時風俗で働く福江を気に入り、子を宿した。それが、福江の娘で、現神野重工グループの社長である神野清美であること。



神野清美より6日早く生まれた神野淳一と本妻小夜子の娘美代子が、美羽の母親であったこと。



そして・・・



「極貧だった私は、豪華に暮らす小夜子さんが羨ましく、自分の娘だけはこのような極貧の思いをさせまいと・・・我が子の清美を、美代子さんと、入れ替えてしまったんだ・・・」



福江はうなだれて話した。
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