第96話 閑話 マダムキラー

文字数 3,512文字

 私の名はタニア、グランディ伯爵の妻。
 今年で43歳になるわ。
 
 アバンス商会のオルエッタさんとは旧知の仲だ。
 そんなある日、夢のようなところがあるから一緒に行きませんか、と誘われた。
 聞いてみるとキャシー子爵夫人も誘っていると言う。

 伯爵夫人といっても、自由になるお金はそんなにもない。
 貴族と言っても所詮は地方の役職。
 ましてキャシー子爵夫人などは、伯爵の副官と言う地位でしかない。

 立場を超えてキャシー子爵夫人と、オルエッタさんとは仲が良かった。
 断るはずがない。

 約束した日、アバンス商会にみんなで集まり目的地に向かう。
 なんでもオルエッタさんのご主人が、とても敬愛している方のお屋敷とか。
 素敵な設備があり遊びに行けば『綿』という、まだ一般に市販していない柔らかい生地の物を頂けるという。
 それが欲しくて伺う訳ではないけど、代り映えの無い退屈な日々。
 たまにはいいかな、と思った。

 目的地は繁華街の奥にある屋敷だと言う。
 馬車3台で道を進んで行く。

 すると突然、景色が変わる。
 3m以上はありそうな、高い塀が突然連なる。
 
 大きな門の前で、一番先頭のオルエッタさんの馬車が止まる。
 こんな大きなお屋敷があるなんて、聞いたことが無い。
 どこかの大貴族のお屋敷??
 それに門番もいないなんて。
 オルエッタさんの使用人がドアノッカーを叩く。
 すると若い少年の様な青年が扉を開けた。
 使用人かしら?

 大きな扉が開き馬車が門の中に入る。
 すると見たことも無いような作りの3階建ての建物が目の前にそびえる。

 オルエッタさんが馬車から降りる。
 続いてキャシー子爵夫人と、私も降りた。

 このお屋敷は、どうなっているのだろう?
 1階から3階までの各部屋には、ガラス窓になっている。
 こんな豪華な屋敷は見たことが無い。
 王族ならこんなお屋敷に住めるのだろうか?
 
 オルエッタさんとキャシー子爵夫人をみると、呆然とした顔をしている。
 きっと私と同じなのだろう。

 すると先ほど扉を開けた青年が挨拶をする。
 か、彼がこの屋敷の主人のエリアス様?!
 思っていたより若く可愛い。
 そしてオルエッタさんに言われたことを思い出す。
 エリアス様の件は、あまり詮索しないほうがいいと。
 国の保護下にある、最重要人物の可能性があると言うことだった。

 最重要人物て、なに?
 
 彼はすでに成人しているらしく、奥様2人を紹介してくれた。
 そして1人は獣人だった。
 キャシー子爵夫人が肋骨に嫌な顔をした。
 それを私が(たしな)めた。
 招かれておいて、それはないだろうと。

 どうやら建物は本館と、別館があり私達は別館に向っているようだ。
 オルエッタさんは、本館ではないことを残念がっていた。

 設備の説明をされたけど、聞いたことが無い名前ばかりだった。
 そして向かったのは1階のお風呂。
 私は今まで木桶を使った温浴しかしたことがない。
 他の人達もきっとそうだろう。

 ここには大浴槽があって、みんなで入浴すると言う。
 いくら親しいからと言って、裸になるのは抵抗があった。

 お風呂に入るには手ぬぐい、タオル、バスローブというのが必要となり、入ればそれがもらえると言う。
 するとオルエッタさんの目の色が変わった。
 オルエッタさんの紡績店で、今度扱う綿と言う生地でできている物らしい。

 触ってみると素晴らしい触り心地の良さ。
 こんな柔らかい生地は、今まで見たことが無い。
 オルエッタさんが言うには、この綿と言う素材はとても貴重で、市場にはまだ出回っていないと。

 そして販売価格を聞いて驚いた。
 バスローブだけでも、物凄い金額になる。
 手ぬぐい、タオル、バスローブ3点なら、我が家の月の経費の何ヵ月もの金額だ。
 それが入浴すれば、頂けると言う。
 
 突然、キャシー子爵夫人が、脱ぐと言い始めた。
 その言い方は違うと思ったけど、私の口から出たのは私もです、だった。
 オルエッタさんも、私も負けてはいられません、と言い始める。

 いったいどうしたのだろう?
 エリアス様は幼く見えるが、結婚しているなら15歳にはなっているだろう。
 この国では成人の15歳で結婚をすることもある。
 貴族なら12~13歳くらいから、許嫁が居ることも多い。
 そして30歳の時には、子供は12~15歳くらいが普通だ。
 43歳になった私には、10歳と8歳の孫がいる。

 それがなぜかエリアス様に見つめられたい。
 気を引きたいと言う、気持ちに駆られる。

 他の2人も同じなのでしょう。
 オルエッタさんやキャシー子爵夫人の、エリアス様の気を引きたいという行為が過熱していく。
 普段なら絶対に言わない様な事を言い始める。
 私も我慢するのがやっとだった。

 この衝動はなんなのだろう?
 孫にも近い年齢の少年なのに。

 そしてお風呂に入った。
 信じられなかった。
 こんなに大量の水が、ましてそれがお湯なんて…。

 流れるプールと言うのが凄かった。
 高いところからお湯と一緒に大浴場に滑り落ちていく。
 
 日々の飲み水でさえ、井戸水で汲みに行くのが大変だと言うのに。
 こんな贅沢が出来るなんて。
 
 このお屋敷は私の知らない物ばかりだわ。
 シャンプーとボディソープ。
 とても良い匂いがして綺麗になる。
 シャンプーには殺菌効果、髪の保湿、浸透力の為に、あのハチミツが使われているとか?!
 そんな馬鹿な…。


 それから紅茶や緑茶、ウーロン茶という初めて飲むお茶が美味しかった。
 飲み比べてみてわかったわ。
 水がこんなに美味しいなんて。

 そしてシャワートイレや魔道具の照明器具。
 シャワートイレは、あうっ!と言う新しい喜びの発見。

 水道という蛇口を捻ると、お湯や水が豊富にでる。
 
 ここは夢の世界。
 こんな屋敷に住んでいるエリアス様のご実家はいったい?

 そして帰り際に奥様のアリッサさんに相談することにした。
 アリッサさんはキリッとしているけど、『奥様』と言った途端ポンコツになる。
 エリアス様の『奥様』と言われるのが、それほど嬉しいのね。
 恋愛結婚をしていない私には、とても理解できない悦びだわ。
 羨ましい。

 買えるかどうかわからないけど、欲しいものを伝えたわ。
 するとアバンス商会に、卸してくれると言う。
 私とキャシー子爵夫人は、とても喜んだわ。
 卸してもらえるオルエッタさんもね。

 エリアス様は商会を立上げたばかり。
 でもそれほど売ろうと言う気が無いという。
 なぜかと聞くとすでに調味料や家具製造などで、十分に暮らしていけると。

 だからアリッサさん、オルガさん、それにエリアス様のお顔が穏やかなのね。
 その歳ですでに生活の心配が要らないなんて信じられない。
 私に年頃の娘が居たらエリアス様に嫁がせるわ。
 だって優しそうだし、お金に困らない。
 奥様も飾らない人達だから、きっとエリアス様を狙う人が多いと思うわ。

 でもある意味、エリアス様より奥様方に認められないと駄目かもしれないわね。

 魔道具などの贅沢品は高く売り、取れるところからお金は取る。
 調味料などの庶民相手の物は、安く売りみんなが豊かになればそれで良いと言う。
 なんという考え方かしら。

 金持ちになればなるほど、自分が良ければ良いと言う人が多い。
 でも慈悲の心がある人は少ない。

 自分だけが良くなるのではなく、みんなで良くなればいいという考え方。
 素晴らしい。

 これだけのもてなしを受け、無料と言う訳にはいかない。
 キャシー子爵夫人とオルエッタさんと相談し、10万円を置いて行くことにした。
 するとアリッサさんは『そんなお気遣いは』と言われてしまった。
 押し問答をしていると結局、私達の分だけ払い侍女達の分は不要と言う。

 信じられないようなお風呂や娯楽施設。
 ハチミツや砂糖を使った高価なお菓子。
 手ぬぐい、タオルと、バスローブとジャージのお土産。
 これだけでも10万円なんて安すぎる。
 申し訳ない様な金額だわ。

 それなら私達は彼らを陰ながら応援していきましょう。
 この場所を宣伝しお友達を連れて参りましょう。
 そうすれば彼らの売上に繋がるでしょう。

 それにエリアス様は、母性本能をくすぐる青年なのだわ。
 身内なら可愛いと溺愛したくなる青年。
 でも他人だからそれができないから気を引きたくなる。


 エリアス様と関わり合う中年の女性は、ときめきと憤りを感じるのでしょう。
 そして思う、もっとあなたを知りたい、というこの気持ちに気づきたくないと。
 
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登場人物紹介

★主人公


・エリアス・ドラード・セルベルト


 男 15歳


 黒髪に黒い瞳 身長173cmくらい。


 35歳でこの世を去り、異世界の女神により転移を誘われる。

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