第83話 カレー記念日

文字数 4,068文字

 アバンス商会を出て、そのまま『なごみ亭』に向った。
 時間も9時を過ぎ、丁度落ち着いた頃だろう。

「こんにちは」
「いらっしゃい!」
『なごみ亭』の看板娘、10歳のアンナちゃんが迎えてくれる。
「お父さん、エリアスお兄ちゃん達が来てくれたよ」
「おう、待っていてくれ」
 ビルさんの声が厨房の奥から聞こえる。

「まあ、御免なさいねエリアス君。また来てもらって」
「いいんですよ、サリーさん」
 奥さんのサリーさんに席を勧められて、俺達3人はテーブル席に座った。

「エリアスお兄ちゃん、その女の人はだあれ?」
「アンナちゃん、この人はアリッサさんだよ」
「また新しい女を作ったのね、私と言うものがありながら」
 アンナちゃんが頬っぺたを膨らませている。
 どこで覚えたんだ?そのセリフ。
「まあ、この子ったら。許してあげてねエリアス君」
 サリーさんは笑っている。

「待たせたなエリアス君」
 そう言うと奥からビルさんがやってきて、向かいの席に着いた。
「娘はやらん!!」
 そう言う話なのか?

「それで相談があるそうですが、なんでしょうか?」
「実は店のことだが、段々と客が引いていてね」
 あぁ、やっぱり。
 料理の味付けは『味元(あじげん)』だけでは弱かったか。

「そうですか」
 俺はそう言うと考えた。
 調理を教えても良いが、思い付くことがあった。

「調理を教える代わりに1つ条件があります」
「お、教えてくれるのか?その条件とはなんだい?」
「ビルさん達だけ特別扱いはできません」
「あ、あ、そうだな」
「そこでアンテナショップになってもらいます」

「「「 アンテナショップ?! 」」」
 その場に居た全員が首を傾げる。


 俺はビルさん達に説明をした。
「俺は(おろし)の店、エリアス商会を立ち上げました」
「卸の店かい?」
「そうです、ビルさん。そこで扱うのは調味料です」
「『味元(あじげん)』だね」
「その他にソースと醤油が増えました」
「ソースと醤油?」
「えぇ、それと醤油(蒲焼)タレというのを特許を取り公開しています」
「ほう、具体的にはどんなものだい?」

「今からお見せします。そして調理方法はビルさんには無償で教える代わりに、調味料を実際に使い宣伝してほしいのです」
「それはいい考えだ。調味料は食べてみないと、美味しさは伝わらないからな」
「そうです、調理方法も後で特許を取っておきますから」
「それもそうだな」
「では実際に作ってみます。厨房に行きましょうか」


 俺はストレージから魔道コンロと油とフライパンを出した。
「おぉ、凄いなエリアス君は」
 ビルさんが驚いている。
 驚くのはそこではありませんから。


 そこで簡単にソースと醤油の説明をした。
 まず調理は俺は油で揚げたオークカツを作った。
 キャベツを千切りにし平皿に盛り、カツを適当な大きさに切り載せた。
 そしてカツとキャベツに、ソースをかけた。
「ほう、これは面白いな」
「食べてみてください」

 ビルさん親子がフォークを使い食べ始める。
「美味しい」
「ほんと、美味しいね」
「このキャベツの千切りは、何の意味があるのかなエリアス君」
「はい、ビルさん。生の野菜なら煮るなどの手間がかかりません。それにその野菜が安い物なら、安い原価でお客はお腹が膨れることになります」
「なるほど、野菜を生で食べるなんてないからな。だがこのソースがあれば生でも食べられる」

「今度は、から揚げと言う物です」
 オーク肉を一口大に切りボールに、おろしニンニク、おろし生姜、塩こしょう、小麦粉、醤油を入れよく揉み込む。
 今回は塩ダレも良いけど醤油ダレにした。
 そしてフライパンでまた油で揚げる。

「これも美味しい」
「そうだな、これが醤油という物か」
 ビルさん親子が感心している。
「かけたり料理の味付けにも使えます」
「そうだな、工夫のし甲斐がある」


「そしてこれです!!」
 俺はそう言うとカレーの肉野菜炒めと、ゴロっと野菜のカツカレーを作った。
「こ、これは?!」
「凄い香ばしい匂い。でも美味しそうだわ!!」

 そしてビルさん親子は、食べ始める。
「美味しい!!」
「なんだこの味は?!」
「辛いけど美味しい!!」
 3人は今までに食べたことのない味に夢中だ。
 そしてその匂いは街中を駆け巡る!!

◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 こ、この匂いは?!
 あの大きなお屋敷から漂ってきた匂いと同じだ?!
 いったい、どこからだ!!
 どこだ?
 どこからなんだ?!

 1人が2人、3人、4人、5人と、どんどん人が増えていく。
 捜せ!!
 探すんだ!!

 どこだ?!
 どこなんだ?!

 み、見つけた!!
 遂に見つけたぞ!!

 ここだ?!
 みんな見つけたぞ!!
『なごみ亭』だ!!
 
「「「 ウォォ~~~!! 」」」

 その時、世界が揺れた。
 テーブル席が5つしかない狭い店の中に人がなだれ込む。
 
「ひぃ」
「怖いよ~、お父さん」
 アンナちゃんとサリーさんが怖がる。

 厨房に集まっていた俺達は突然、大きな声を聞いた。
 するとたくさんの人が店に押し掛け、殺気立った人達を見ているしかなかった。
「お、俺が行こう」
 ビルさんが勇気を出して店のフロアに出た。

「な、何の用だ。こんなに大勢で押し掛けて来て」
「出せ!」
「えっ?」
「早く出せ!!」
「金か、見たらわかるだろう。こんな小さな店で…「この匂いの元の料理を出せ!」
「カレーのことか?」
「この匂いはカレーと言う料理なのか?」
「カレーを食べさせてくれ、頼む…」
「そうだ、俺も食べたい」
「こんなに街中に匂いを振りまいておいて、食べさせない気か?」
「ちょ、ちょっと待っていろ」

 ビルさんが戻って来た。
「どうだったの、あなた?」
「カレーを出せと言いやがる」
「カレーを?」
「あいつら、カレーの匂いに誘われて集まって来たらしい」
 カレーの匂いは風向きによっては、遠くに居ても匂うだろうな。
 この世の人達は、初めて嗅ぐ匂いのはずだ。

「「「カレー!!カレー!!カレー!!カレー!!カレー!!カレー!!」」」
 ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!

 店の中に入った客達が一斉に足を踏み鳴らす。
「怖いよ~お母さん」
 サリーさんが、ますます怖がる。

 このままでは不味い。
 カレーを食べたいと言う、集団心理は抑えられないだろう。
 このままでは、暴動が起きる。

「仕方ありません、ビルさん。カレーを作りましよう」
「良いのかい?」
「ええ、このままでは彼らは帰らないでしょう。アスケルの森でしか採れない香辛料なので、今はそんなに手持ちがありません。アリッサさんと、カレー香辛料の売りの金額を相談してください」
 ビルさん達は店なので、俺が売る時も店頭で販売される金額と同じにしている。
 だが卸してもいないものに、金額を付けるのは難しいと思うが…。
「なんだと、アスケルの森でしか採れないだと。そんな高価な物を…」

 その大きな声がフロアに聞こえたのかお客が騒ぎ始める。
「アスケルの森でしか採れない…、高価な物…」
「食べたい」
「一度で良いから食べてみたい」
 人々の期待は高まる。

 ビルさんとアリッサさんが売値の交渉を始める。
 すぐに交渉は終わり、ビルさんがフロアのお客に言う。

「カレーは数量限定だ。しかも高いぞ。それでも食べたいか~!!」

「「「 おぉ~!! 」」」

「どんなことをしても、食べたいか!」

「「「 おぉ~!!食べたい、食べるぞ、おれは食べる!! 」」」

 それを聞きながら俺は心の中で「ニューヨークへ行きたいか!」、「罰ゲームは怖くないか!」と、なんとなく思っていた。
 そんなTV番組が、昔あったな?

「エリアス君、なにを現実逃避しているのよ」
 アリッサさんは商談が終わったようだ。
「いや~ごめん。ついいつもの癖で」
「なによ、それ。早く香辛料を出して」
「わかったよ」
 俺はストレージから、カレーの元の香辛料を出してビルさんに渡した。

 それから店は凄かった。
 匂いが客を呼び、喧騒(けんそう)に包まれた。


 そして遂に、それは告知された!!
「カレーの肉野菜炒めは後2人前、ゴロっと野菜のカレーは1人前で終わりだよ」
「「「 えぇ~~!! 」」」

 行列に並んでいた人達は不満の声をあげる。
 絶望のあまり、道にしゃがみ込む人も居る。
「それなら、また明日くるよ」
 並んでいる人達が言う。

「ビルさん、毎日分の量は採れないよ。せめて週一が限度かな」
「週一かい?」
「俺が居た国(世界)では、毎週金曜日が(自宅では)カレーの日でした」
「毎週金曜日か、わかった」

 ビルさんがフロアに出て行く。
「いいかいお客さん。カレーの香辛料はアスケルの森でしか採れない貴重品だ」
 そして一呼吸置く。
「だから毎日は提供できない。出せるのは毎週金曜日だ!!」
「金曜日か!」
「これから毎週金曜日は食べにくるぞ」
 ちなみに今日は月曜日だった。



 その後『なごみ亭』は、アレン領のカレー専門店第一号となった。
 宿屋を辞め食堂一本に専念した。
 カレーだけに頼らず平日はタレを使った、カレー以外の美味しい料理を提供した。
 それまで誰も知らなかったソースや醤油を、いち早く使い美味しい料理を作った。
 そして毎週金曜日には、店の前は長蛇の列ができたと言う。

 アレン領には人がたくさん移住し、無数の食堂ができ賑わった。
 街道の道が広がり、治安が良くなり人の往来がしやすくなったからだ。
 食文化が発展し、消費が多くなり雇用率が上がった。
 そして生活が安定したことにより、子供の出生率が増えた。

 人々は好景気に浮かれた。
 第一次ベビーブームの到来だった。


 その中でもっとも領の発展に、貢献した料理がカレーだ。
『あなたが旨いと言ったから、毎週金曜はカレー記念日』、そんな詩集が(ちまた)で人気になった。
 いつでもカレーが食べられる時代になっても、その当時の人達は大人になった今でも金曜の夜にはカレーを食べる習慣が抜けないとか。

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登場人物紹介

★主人公


・エリアス・ドラード・セルベルト


 男 15歳


 黒髪に黒い瞳 身長173cmくらい。


 35歳でこの世を去り、異世界の女神により転移を誘われる。

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