さらに北へ・・

文字数 2,337文字

「まったく。。。空手なんかやる奴は皆んな野蛮人だぜ」

 和気藹々としたムードになったお茶会で、ひとりボヤいているのはピエールです。

「まあ、そういつまでもボヤくなよ。せっかく皆んなで仲良くお茶してるんだからよお」

 ニコラが言いますが、ピエールにしたら、私らと関わってから蹴られて蹴られて・・・ボヤきたくなるのも無理はありません。

 あ、いやもうひとり不機嫌なのが・・・

「結局全部その黒人の女の子が原因じゃない。その娘が誰にでも思わせぶりな態度するから悪いのよ。もう、トミーに近づかないでほしいわ」

 オームがエミリーを睨みながら言い放ちます。

「そんな・・私は誰にでも思わせぶりなんかしてません。どうしてあなたにそんなこと言われなきゃならないんですか?」

 エミリーもこわばった顔で応戦します。

「あのう・・・そんなにもめなくても、ほら、平和的に解決したんだしさ!」

 恐る恐る言うと・・

「トミーはオームよりこんな黒人娘のほうがいいの?どうして?オームのほうがずっときれいだし、心だってきれいなんだよ」

「いや、それはたしかにオームは・・うん。きれいだよ」

「ちょっと待ってください。トミー先生は、私を今晩の夕食に誘ってくださいましたけど・・・あれはどういうつもりだったんですか?」

「えーと。。僕はエミリーのことがもっと知りたくて、その。。」

「トミーっ!トミーはやっぱりその娘が・・・!」


「なんだ?トミーがやけに苦戦してるじゃねえか?」

 外野のニコラが笑っています。

「押忍。師匠はいま、多分生涯で一番オンナにモテている瞬間ですね。でもこの調子じゃ、もうダメそうですねえ」・・解説するな。タカ。


「じゃあ、そろそろこのへんで宿に戻りますよ」

「ああ、オレたちもそろそろ行くか」

 和気藹々とした(?)お茶会もそろそろお開きです。


「エミリー!また夜にでもホテルに寄るよ。会えるかな?」

 私は何とかエミリーに繋ぎを作ろうとしますが。。

「いえ。私は今日出て行くつもりでしたから。トミー先生に連れて行ってもらおうとおもってたんだけど・・先生はお忙しいようですし。サヨナラ」

 と言うと、背中を向けて足早に去っていきます。

 ・・・あああ。。。(ひゅううう~)

 

 皆を見送って、あとには私とタカ、静子さんとオームだけが残りました。

「ああ、結構面白かったですね。師匠・・あれ、師匠どうしたの?なんか泣きそうな顔してさ」

「うるさい。なんでもないやい。。」


「さて!トミーちゃんたちは今夜も泊まっていくでしょう?」

 静子さんです。つづけてオームが。。

「トミー、今日はスキ(鍋料理)にするね。エビも買ってくるから。オーム特製のスキはおいしいよ!」

 ・・・うるせえ。。。
 

「いや、静子さん。せっかくなんですけど、そろそろこの旅も急がなくちゃいけません。予定通り北に向かって立ちます。メコン川を観に行くんです」

「え?また急にどうしたの?エミリーちゃんにフラれたから?」

 ・・図星っぽいですが・・

「違います!!最初からの予定なんですって。北に行って僕らの旅を完結させなきゃ、次のスタートが切れないんですよ。急がなきゃ」

「わかった。行ってきなさい。行って古いあなたたちにサヨナラするのね」

「はい。そうです。何かとお世話になりました。また仕事に目鼻が付いたら報告に来ます」
 

 オームはそれを聞いて急に塞ぎこみました。
 私は声をかけます。

「オーム、そういうわけで行くから。また来たらご馳走してくれよな」

「トミー。。2年よ。2年たったら来てね」

「うん。わかった18になったオームに会いに来るから」

「約束したよ」

「うん。約束した」


 ・・・・・・1時間後・・・・・・


 私とタカは、ソンテウ(乗り合いトラック)を捕まえて聞きます。

「どこか北のほうに行く?」

「ああ、チェンセンに行く」

「OK!タカ乗るぞ!」

「押忍!」


 タイの道路は地方に行っても舗装されていますので、ソンテウでもそれほど大きくは揺れません。今日も天気は良い。旅立つには最高の日和です。


「師匠、どれくらい乗ったらチェンセンですか?」

「さあ?ルートによるけど、着くのは夜中じゃないかな?」

「え!まだお昼になったばかりですよ!!」

「のんびり行こうや」

「・・・急ぐって言ってたくせに。。。」

 田舎風景のなか、どこまでも続く道をソンテウは北に向かいます。


「師匠はしかし、オームのどこが気に入らないのかなあ。すごくもったいなかったと思うんですけど」

「いや、気に入らないわけじゃないんだけどさ。子供のころから知ってるもんだから、オンナって感じがしないんだよね。でももしかしたら18才になったら、僕も惚れ直しちゃうかもよ。あれは結構美形ではあるから」

「お楽しみは2年後に取っておくわけですね」

 途中で何度か休憩を取り、食事を取って、更に北へ・・・。

 いよいよこの旅もラストラウンドに向かいます。      


【後日談】

 この旅が終わって2年を待たずに、私は静子さんの訃報に接することになりました。
 静子さんは、私たちがお邪魔した頃には、すでに病に冒されていたのです。
 一連のチェンマイ編は、在りし日のカッコイイ静子さんを思い浮かべながら書きました。

 同時に静子さんの家で働いていたオームは、その後の消息が分からなくなりました。
 もともと私は彼女の実家も、本名(オームというのは愛称です)も知りませんから、手がかりも有りません。
 私はとうとう、18才のオームに会うことは出来ませんでした。

 2018年現在、すでに彼女も40近い歳になったはずです。
 どこかで母親になって暮らしているかもしれません。

 幸せであって欲しいと思うと同時に、あの夜のことはタカの言うとおり「一生後悔」するんだろうなあ。。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み