地上最低のカラテ

文字数 2,500文字

「さあ、これでもめごとも一応、片付いたようね。じゃあ、みんなでお茶にしましょう。さあ上って・・あ、そこの背の高い・・ニコラ君だっけ、そのひっくり返ってるハンサムな子を連れてきてあげて」

 ここで静子さんがまとめに入ります。平和的な解決だ。よかったよかった。。


 静子さん宅のリビング兼バルコニーは急に賑やかになりました。
 皆の分のお茶とタイスィーツをオームが運んできます。
 いつもなら、オームはすぐに台所に戻るのですが、エミリーが私の側に座っているのを見て、その間にむりやり割り込んで座り込みます。


「師匠、なんか今日は両手に花ってやつですね」

 タカが日本語で言います。

「そのわりに針のムシロに座っているような気分なのは、どういうわけだ?」

 私は苦笑するしかない。。
 

 緊張が解けたので、ジョンはニコラに盛んに話しかけています。
 どうやらジョンもニコラのことを何かで知っていたようで、興味あるようです。

「ニコラさんは、確かフランスでチャンピオンを狙ってたんですよね?それがなんでスリランカなんかに行って、トミー先生と知り合ったんですか?」

 ニコラがぼつぼつと話ます。。
 

「ああ、全仏で三位になったあとさ、突然オレの先生が連盟を除名されたんだよね。ワケありでさ。なもんで、オレももう大会には出れなくなったわけよ。しかたないからさ、どこか海外に出ようとおもったんだが、ウチの姉妹道場というのがスリランカにしかなくて、ま、とりあえず行ったんだよ」

「当時のスリランカというのは、とんでもない空手ブームでさ、とにかくまあ世界中のありとあらゆる空手流派の見本市みたいだった。巨大組織から聞いたことも無い流派まで。群雄割拠で・・どうしてあんなちっぽけな島に世界中の空手流派が集まっていたかと言うと、みんなインドを狙ってたんだね。あそこの市場はでかいからさ。その足がかりにブームが盛り上がっているスリランカで勢力を伸ばせば、弱小流派でも一気にメジャーにのし上がれるかも・・そんなムードがあったわけよ」


「それでスリランカの道場に行ってみたら、これがショボいんだ。ウチはフランスではそこそこ知られた名門道場だったのに、生徒は10人くらいしか居ねえし、レベルはお遊戯みたいなもんだし・・ガッカリしてね。落ち込んでたのよ。どーしてオレはこんなところに都落ちしてきたんだろうって」

 
「そんなあるとき、オレがコロンボのビクトリアパークをうろついていたら、なにか人だかりが出来てるんだ。何だろうと思って覗いてみたら、やせっぽちの東洋人が道衣きて、空手のデモンストレーションをやってるんだ。見てたら笑えるくらいインチキ臭くてさ(笑)。あんまり面白いんで話しかけたら、こいつが日本人だという。それからまあ、同じ都落ちの境遇でウマがあったのか仲良くなったわけだ。それがトミーだよ。聞いてみるとトミーは近くのホテルで教えてるっていうから、ときどき遊びに行ったりしてた。まあ、そんな縁だな」


「ちょっとちょっと!」静子さんが口を挟みます。

「ねえ、さっきアナタはトミーは特殊なタイプだからあまり闘いたくないって言ってたけど、つまりトミーちゃんはそんなに強かったということ?」
 

 ニコラは苦笑いします。

「いやいや。強いというのは違う。オレはトミーが相手でルールのある試合なら、100回やれば100回勝つ自身があるね。ただ、さっきみたいなケースだと、トミーはちょっと侮れなくなるんだな」


 今度はタカが・・・

「つまり、師匠は実戦に強いタイプということですか?」

「うーーん。。ちょっとそれも違うんだけど。。ようするになあ、トミーってのはさ・・一口で言うなら卑怯なんだよ。こいつは絶対まともには戦わないんだ。最初は何のカンの言って戦いを避けようとするんだけど、どうしてもやらなきゃならなくなると、とんでもない作戦を思いつくんだよ。これが読めないんだ。しかもおそろしく卑怯な作戦なんだよ。だから、多分こいつは実戦では負けたこと無いんじゃないか?トミー、どうよ?」

「うん。負けたこと無い。全勝だよ」

 私が答えます。これはウソじゃない。
 

 こんどはタカが私に尋ねます。

「じゃあ、師匠。さっき・・ニコラさんが襲ってきた場合ですけど・・やっぱり何かその・・卑怯な作戦を考えてたんですか?」

「うん。まあ最初はスマイル作戦で闘わない手だね。それが上手くいったじゃない(笑)。でも、もしそれが上手くいかなかった場合は考えてたよ」

 ニコラが身を乗り出します。

「オレも聞きたい。あの場面でオレとどう闘うつもりだったんだ?」

「ええとね・・・まずニコラが突っ込んできたら後に走って逃げる。この家の真下がね、高床下になってるんだ。そこで戦う」

「なんで、この家の下なんだ?」

「ここの床下は高さが、僕の身長でギリギリなんだよ。ニコラが入れば頭がつかえるだろ?そうしたらかなり前傾姿勢になるよね」

 ・・・ふーん。。。ニコラがちょっと考える。

「しかし、確かに前傾にはなるけど、オレの方が力があるぜ。力任せに捕まええたら、あとはなんとでも出来るぞ」

 私は最後のタネを明かします。

「そこには縁台みたいな木の長椅子が置いてあるんだ。ニコラが床下にもぐりこんできたら、それを足元にポーンと蹴飛ばす。ニコラはそれに足をとられる。前傾姿勢だから間違いなく前に転ぶだろ?そこを狙って顔面に膝蹴りだな。カウンターになるから、ニコラでも一発で倒せると思うよ」

 ニコラは口をポカーンと開けて聞いています。

 そして、あきれ果てた・・という口調で

「・・・・・な?こいつとやるのは面倒くさいだろ?普通にやれば絶対にトミーには負けないんだけど、こいつは四六時中そういう作戦を考えてるんだ」

 へー。。とジョンが感心したように

「そんな空手もあるんですねえ。。。知らなかった」

 すぐにニコラが切り返します。

「ねえよっ!!そんなもん空手じゃねえ。トミーはとにかく勝てばなんでもいいんだよ。だからやりたくねえんだ」

 そうニコラは言いましたが、私は自分の先生にそう習ったのでしかたがない。

 私の流儀はそれなんだよ。。。
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