スリランカを去る

文字数 2,007文字

 この一件の後、私たちはスリランカを去ることにしました。
 プレディは突然私が「帰る」と言い出したので驚いています。

「シショー、どうしたんですか?コロンボに戻るんじゃなくてスリランカを出るって事ですか??もう少し居てくださいよ!!」

「いや・・悪いけど、いつまでもは居られないんだ。僕らはほら、なにしろ失業者だしね・・・仕事探さなきゃ」

「コロンボの先生のところに居れば、食うには困らないでしょ?それでいいじゃない!!」

 一方、タカのほうを見ると・・・顔を伏せて泣いているスジャータをなぐさめています。
 ・・・って、しかし!この話やたらタカのほうがいい役じゃないか!

 なにしろこのスジャータちゃんてのは、スリランカでは珍しいデニムの似合う、めちゃくちゃ垢抜けた美少女なのだ。
 なのにこっちはヤローの相手だ。。

「ま、とにかく・・また来る機会もあるだろうし。プレディもそれまでがんばってよ。な?」

「・・・・オス。。」渋々納得したようです。

 とりあえず私とタカ、プレディの3人でコロンボに向かいます。

 スジャータたちは家にのこり駅までは来ませんでした。何かを吹っ切ろうとしているのかもしれません。

「タカ、スジャータちゃん、かわいかったな」

「押忍。そうですね」

「でも、しょせん旅先の恋だぞ。旅先で終わらせるもんだ」

 私にも苦い思い出があります。

「・・・・押忍。わかってます」
 
 ・・・・

 コロンボの**ホテル。

 デワにこのあとすぐにタイのバンコクに行くことを伝えると

「センパイ、今回は短かったですね。前のときみたいに強い奴らと対決してまわらないんですか?」

「馬鹿言うなよデワ。前回だってできればやりたくなかったんだよ!あのときは空手普及の任務があったから、仕方なくやったんじゃないか。保養に来てまであんなことやってられるかよ」

 この会話を聞いたタカが興味深そうに言います。

「デワ先生、昔の師匠ってそんな対決とかやってたんですか?」

 デワがまるで自分のことのように得意げに言います。

「そりゃもう、センパイは当時スリランカに居た、バケモノみたいな空手家たちを次々に撃破してまわったんだよ。おかげで今この道場が存在しているのさ」

「へええ本当に?・・なんか信じられないな」

 ・・・タカ、師匠の実力に疑問を持っているな。しかしそれは正しい。

「デワは大げさなんだよ。デワ、わるいけど空港まで送ってくれないか?」

 デワのクルマに送られて空港に到着した私たちは、国際空港にしてはやけに狭いロビーに向かいます。
 見送りにデワとプレディもロビーまで入ってきます。

「シショー。。きっとまた来てくださいね」と、プレディ。

「うん。また近いうち・・きっとな。デワ、プレディのことをよろしくたのむ」

「押忍。センパイ!」

 別れの挨拶をかわし、私とタカはチェックインを済ませました。

 そしてイミグレに向かおうとすると・・・・

「タカ!」

 振り返るとそこには・・・いつものデニムにTシャツではなく、赤い花の刺繍をほどこしたパンジャビ・ドレスに身を包んだスジャータが。。。

 何か荷物を載せたカートを押しています。

 そのときのスジャータの姿は、私が今までの人生で見た最も美しい女性だったかもしれません。
 が、もちろん彼女は私のことなんか見てないんだな。

 スジャータはカートを押しながら一直線にタカのもとへ。
 そのカートに乗せてあったものは・・・黒いギターケースです。

「タカ・・・プレゼント・・・フォーユー。。」

 考えてみれば、スジャータがちゃんと英語で喋ったのを私は初めて聞いた気がします。
 あまり喋らない娘だったな。。。

 タカは黙ってギターケースを受け取ると、ケースを開けギターを取り出します。軽く爪弾きながらチューニングを直し・・・

「スジャータ!プレゼント・フォーユー!」と言うや・・

『アルハンブラの思い出』です。

 美しい旋律が空港ロビーにこだまします。

 たちまち、ロビーにいた人たちが集まり始め人だかりが出来ます。

 空港職員が走ってきます。制止されるのかと思いきや・・・彼らも聞き入っている。。。

 演奏は突然終わり、タカは黙ってギターをケースに収めます。

 集まっていた群衆はあわてて拍手をタカに送ります。

 スジャータは大きな瞳をウルウルさせていますが、泣くのをこらえているようです。。

「サンキュー・・スジャータ」

 タカは彼女にやさしく声をかけ、ギターケースを肩に担ぐと、くるっと背中を向けてイミグレーションに向かって歩き出します。
 そして振り返りもしないで左手を高く挙げて

「師匠!行こう!!」

 ・・タカ・・・お前・・・それ、かっこ良すぎるよ。。。

 バンコクに向かう飛行機が離陸し、窓からの風景がどんどん小さくなります。
 バナナのジャングルがどんどん遠ざかっていく。。

「師匠」

「ん?なに?」

「結局、バナナ、食べてませんね」

「・・・・・・・・・そうだな。」
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