対ムエタイ戦略を語る
文字数 3,001文字
翌日。
「トミーさん、タカ君。おはようございます。今日はどちらへ?」
「おはようございます。まあ特に予定はないけど街をぶらついてから、タカにムエタイを見せてやろうと思って」
中田さんは時計に目をやって
「いいですね。じゃあ私は仕事行ってきますんで。夜、帰ってきたら声かけてくれませんか?夜にね、プラーが来るんですよ」
「え?プラーが。。。」
プラーというのは、私と中田さんが共同経営していた土産物屋の店員をしていた女の子です。よく働くいい娘だったのですが、中田さんが手をだしちゃった。。。それからです。あの店が具合悪くなったのは。
プラーはどうやら「自分はオーナーの女である。だから他の店員よりも偉いのだ」・・・と思い込んでしまったようで、実際他の従業員に対して自分が上司であるかのように振る舞いだした。
また、売上金などを自分が管理しようとする。
それはそれで、経営側にたって働いてくれるので、まあいいか・・と思っていましたが、それもつかの間。
中田さんが店のほかの女の子に手を出すに至って、プラーのアイデンティティーは崩壊。
殺伐としたムードがつづき・・・ついにお店をつぶすことになったのです。
中田さんと別れたあとタカにこの話をすると・・・
「んじゃ、お店潰れた一番の原因て中田さんじゃないですか」
「うん。考えてみればそうなんだよな」
「中田さんて、やっぱりビジネスのパートナーには向かないんじゃ?」
「そうかなあ?でも顔広いしね。お店やるのもあの人の力なしじゃムリだったし・・それはそうと、いまさらプラー、何の用なんだろう?まあ、いいか。とりあえず今日はムエタイ見よう」
タカはもともとボクシングをやってましたので、非常に興味を持っています。
「早く見たいですね!」
「今日は・・ええと・・ラジャの日だな」
・・・・ムエタイ見物にラジャダムナン・スタジアムへGO!
バンコクの2大ボクシング・スタジアムのひとつ、ラジャムナン・スタジアムでは本日、ムエタイ・バンタム級のタイトルマッチがあるとかで、周辺はまるで縁日のような賑わいです。
会場に入ると当日のカードが書かれた紙を渡され、私たちはリングサイドの最前列へ。。。
「ボクシング会場で、こんないい席に座るのって初めてですよ!」
タカは早くも興奮気味です。
「ここなら、骨がぶつかる音まで聞こえるよ。まあ楽しんでくれ」
場内アナウンスもセレモニーもなく、淡々と進行するのがタイ・スタイルです。
リングに選手が上がると音楽が流れ「ワイクー」という戦いの踊りを踊ります。
これが一種のウォーミングアップなのでしょう。
試合は次々に進行していきます。
まるで子供のような顔をした、若者同士の戦いでは首相撲からの膝蹴りの応酬になりますが、ガツンとヒザが食い込むのが目の前で見えます。
「師匠、いまヒザがわき腹に直角に入りましたよね?何であいつ平気な顔して立っているんだ?」
「いや、多分効いてるんだけど、表情に出さないんだ。ムエタイはもう極限のガマン比べだから」
メインイベントのタイトルマッチでは、4ラウンドまで膠着した試合展開でしたが、5ラウンドに挑戦者が鮮やかな蹴りで主導権を握ります。
右ミドルキックの3連続蹴りです。パ・パ・パン・・と言う感じで瞬きする間に3発蹴る・・・・。
「し・・師匠!今のは・・速いよ。。速すぎる。プレディも速かったけど全然レベルが違う・・・」
タカはショックを受けています。
「プレディのようなライトコンタクトのスピード優先の蹴りと違ってね、あれは速いだけじゃなくて威力もあるんだ。しかも連中のスネはガチガチに硬いから・・・こう、ブロックしてもバットで殴られたみたいなもんで、堪らないよまったく。アザができる」
「え?師匠。ムエタイ選手と戦ったことあるんですか?」
タカが驚いたように尋ねます。
「ん・・まあ、一応」
「え?え?マジですか・・?で、どうなの?勝った?」
「あの頃は中川先生から『外国で戦ったら、絶対負けるな』って至上命令が出てたから・・・かなりムリっぽかったけど、何とかしたよ」
「どうやって勝ったんですか?」
タカは本当に驚いたようで、食いつくように質問します。
しかたがない。試合を見ながら対ムエタイ戦法のレクチャーでもするか。。
「リングの上でやったら、普通は絶対勝てない。空手じゃ勝てないんだ。空手が弱いわけじゃないけど、ああいうスタイルには向かないんだと思う」
リングを指差します
「でも、どうしても勝たなきゃならないときには、奴らにも弱点はあるんだ。およそ、付け入るスキは二つある。まああれを見てみろ」
選手がお互いにらみ合ってスキをうかがっています。
「足に注目。前後に足踏みするみたいにリズムをとってるだろう?あれがタイ人の民族的リズムなんだ。それ!蹴りが出た。後ろ足だ。ムエタイは威力あるケリは後ろ足でしか出せないんだ。つまり奴らがケリを出す瞬間は読める」
「なーるほど!!読めれば防ぐことは容易ですね」
「いやいや、残念ながら、これが防げないんだな。とにかく速すぎるんだよ。受けが間に合わない。また上手く受けても、さっき言ったようにバットで殴られる衝撃だ。ダメージを負うのは防げない」
「じゃ、どうやって・・・?」
「奴らの第一の弱点。奴らのケリは空手のように引き足を考えていないんだ。だからスピードと威力が両立している。連打する場合も相手に当たった反動でケリを戻して連打するんだ。だから、バックステップでなんとかかわせば、クルンと後ろ向きになっちゃう。その背中に飛びついて・・バックドロップ」
「は?バックドロップ??それ、空手じゃないじゃん」
「でも、これは結構むずかしい。とにかく速すぎるんだよ、奴らは。そこでスピードで対抗する方法だ。タカ、クイズです。空手のケリで一番速いのは何ーんだ?」
「んーーー?横蹴り・・・ですか?」
「ブー!!違います。答えは『金的蹴り』。奴らの回し蹴りってのは、見てろ蹴る瞬間かなり体が開くんだ。股間がらあきだろ?これが第二の弱点。猫足立ちに近い立ち方で、ケリの出るタイミングを待って、前足でヒザ下のスナップを使った金的蹴りを合わせる。タイミングが合えば必ずこっちの技が一瞬早く入る。一撃必殺だ。でも、ちょっとでも遅れたら負け」
「・・・あの。。それって、反則なんじゃ?」
「だから言ったじゃん。リングでは空手じゃ勝てない・・・って」
その瞬間、リングでは挑戦者のケリがチャンピオンのアゴにモロに入りました。ガチ・・とアゴの鳴る嫌な音がして、さすがのチャンピオンも溜まらずダウンします。タイトル移動です。
「ダメだ。。。リングじゃなくても、オレ絶対勝てないと思う」
・・・ん。タカよ。それが分かれば良いのだ。そうやって自分の弱さを知ることからすべては始まるのだ。
それが分かれば、私の師としての今回のレクチャーも実りあるものとなるでしょう。
あ、そういえば、私が戦ったムエタイってのは正確には選手じゃなくて、12歳くらいの子供の練習生で、体重40kgもなかった・・・というのを言い忘れていたが。。。これはまあいいでしょう。
ムエタイ見物もおわり宿に戻ります。
「そーいえば中田さん、声かけてって言ってたな。ちょっと部屋寄って行こう」
しかし、そこでは・・・凄絶な修羅場が繰り広げられていたのでした!
「トミーさん、タカ君。おはようございます。今日はどちらへ?」
「おはようございます。まあ特に予定はないけど街をぶらついてから、タカにムエタイを見せてやろうと思って」
中田さんは時計に目をやって
「いいですね。じゃあ私は仕事行ってきますんで。夜、帰ってきたら声かけてくれませんか?夜にね、プラーが来るんですよ」
「え?プラーが。。。」
プラーというのは、私と中田さんが共同経営していた土産物屋の店員をしていた女の子です。よく働くいい娘だったのですが、中田さんが手をだしちゃった。。。それからです。あの店が具合悪くなったのは。
プラーはどうやら「自分はオーナーの女である。だから他の店員よりも偉いのだ」・・・と思い込んでしまったようで、実際他の従業員に対して自分が上司であるかのように振る舞いだした。
また、売上金などを自分が管理しようとする。
それはそれで、経営側にたって働いてくれるので、まあいいか・・と思っていましたが、それもつかの間。
中田さんが店のほかの女の子に手を出すに至って、プラーのアイデンティティーは崩壊。
殺伐としたムードがつづき・・・ついにお店をつぶすことになったのです。
中田さんと別れたあとタカにこの話をすると・・・
「んじゃ、お店潰れた一番の原因て中田さんじゃないですか」
「うん。考えてみればそうなんだよな」
「中田さんて、やっぱりビジネスのパートナーには向かないんじゃ?」
「そうかなあ?でも顔広いしね。お店やるのもあの人の力なしじゃムリだったし・・それはそうと、いまさらプラー、何の用なんだろう?まあ、いいか。とりあえず今日はムエタイ見よう」
タカはもともとボクシングをやってましたので、非常に興味を持っています。
「早く見たいですね!」
「今日は・・ええと・・ラジャの日だな」
・・・・ムエタイ見物にラジャダムナン・スタジアムへGO!
バンコクの2大ボクシング・スタジアムのひとつ、ラジャムナン・スタジアムでは本日、ムエタイ・バンタム級のタイトルマッチがあるとかで、周辺はまるで縁日のような賑わいです。
会場に入ると当日のカードが書かれた紙を渡され、私たちはリングサイドの最前列へ。。。
「ボクシング会場で、こんないい席に座るのって初めてですよ!」
タカは早くも興奮気味です。
「ここなら、骨がぶつかる音まで聞こえるよ。まあ楽しんでくれ」
場内アナウンスもセレモニーもなく、淡々と進行するのがタイ・スタイルです。
リングに選手が上がると音楽が流れ「ワイクー」という戦いの踊りを踊ります。
これが一種のウォーミングアップなのでしょう。
試合は次々に進行していきます。
まるで子供のような顔をした、若者同士の戦いでは首相撲からの膝蹴りの応酬になりますが、ガツンとヒザが食い込むのが目の前で見えます。
「師匠、いまヒザがわき腹に直角に入りましたよね?何であいつ平気な顔して立っているんだ?」
「いや、多分効いてるんだけど、表情に出さないんだ。ムエタイはもう極限のガマン比べだから」
メインイベントのタイトルマッチでは、4ラウンドまで膠着した試合展開でしたが、5ラウンドに挑戦者が鮮やかな蹴りで主導権を握ります。
右ミドルキックの3連続蹴りです。パ・パ・パン・・と言う感じで瞬きする間に3発蹴る・・・・。
「し・・師匠!今のは・・速いよ。。速すぎる。プレディも速かったけど全然レベルが違う・・・」
タカはショックを受けています。
「プレディのようなライトコンタクトのスピード優先の蹴りと違ってね、あれは速いだけじゃなくて威力もあるんだ。しかも連中のスネはガチガチに硬いから・・・こう、ブロックしてもバットで殴られたみたいなもんで、堪らないよまったく。アザができる」
「え?師匠。ムエタイ選手と戦ったことあるんですか?」
タカが驚いたように尋ねます。
「ん・・まあ、一応」
「え?え?マジですか・・?で、どうなの?勝った?」
「あの頃は中川先生から『外国で戦ったら、絶対負けるな』って至上命令が出てたから・・・かなりムリっぽかったけど、何とかしたよ」
「どうやって勝ったんですか?」
タカは本当に驚いたようで、食いつくように質問します。
しかたがない。試合を見ながら対ムエタイ戦法のレクチャーでもするか。。
「リングの上でやったら、普通は絶対勝てない。空手じゃ勝てないんだ。空手が弱いわけじゃないけど、ああいうスタイルには向かないんだと思う」
リングを指差します
「でも、どうしても勝たなきゃならないときには、奴らにも弱点はあるんだ。およそ、付け入るスキは二つある。まああれを見てみろ」
選手がお互いにらみ合ってスキをうかがっています。
「足に注目。前後に足踏みするみたいにリズムをとってるだろう?あれがタイ人の民族的リズムなんだ。それ!蹴りが出た。後ろ足だ。ムエタイは威力あるケリは後ろ足でしか出せないんだ。つまり奴らがケリを出す瞬間は読める」
「なーるほど!!読めれば防ぐことは容易ですね」
「いやいや、残念ながら、これが防げないんだな。とにかく速すぎるんだよ。受けが間に合わない。また上手く受けても、さっき言ったようにバットで殴られる衝撃だ。ダメージを負うのは防げない」
「じゃ、どうやって・・・?」
「奴らの第一の弱点。奴らのケリは空手のように引き足を考えていないんだ。だからスピードと威力が両立している。連打する場合も相手に当たった反動でケリを戻して連打するんだ。だから、バックステップでなんとかかわせば、クルンと後ろ向きになっちゃう。その背中に飛びついて・・バックドロップ」
「は?バックドロップ??それ、空手じゃないじゃん」
「でも、これは結構むずかしい。とにかく速すぎるんだよ、奴らは。そこでスピードで対抗する方法だ。タカ、クイズです。空手のケリで一番速いのは何ーんだ?」
「んーーー?横蹴り・・・ですか?」
「ブー!!違います。答えは『金的蹴り』。奴らの回し蹴りってのは、見てろ蹴る瞬間かなり体が開くんだ。股間がらあきだろ?これが第二の弱点。猫足立ちに近い立ち方で、ケリの出るタイミングを待って、前足でヒザ下のスナップを使った金的蹴りを合わせる。タイミングが合えば必ずこっちの技が一瞬早く入る。一撃必殺だ。でも、ちょっとでも遅れたら負け」
「・・・あの。。それって、反則なんじゃ?」
「だから言ったじゃん。リングでは空手じゃ勝てない・・・って」
その瞬間、リングでは挑戦者のケリがチャンピオンのアゴにモロに入りました。ガチ・・とアゴの鳴る嫌な音がして、さすがのチャンピオンも溜まらずダウンします。タイトル移動です。
「ダメだ。。。リングじゃなくても、オレ絶対勝てないと思う」
・・・ん。タカよ。それが分かれば良いのだ。そうやって自分の弱さを知ることからすべては始まるのだ。
それが分かれば、私の師としての今回のレクチャーも実りあるものとなるでしょう。
あ、そういえば、私が戦ったムエタイってのは正確には選手じゃなくて、12歳くらいの子供の練習生で、体重40kgもなかった・・・というのを言い忘れていたが。。。これはまあいいでしょう。
ムエタイ見物もおわり宿に戻ります。
「そーいえば中田さん、声かけてって言ってたな。ちょっと部屋寄って行こう」
しかし、そこでは・・・凄絶な修羅場が繰り広げられていたのでした!