リニア モウ ダメーダー

文字数 1,766文字

 地下鉄、それは地上の電車より逃げ場がなく、景色には変わりが無く、人身事故が起きた日にはその閉鎖的も閉鎖的な空間に閉じ込められることになる。だからこそ、地上のホームより飛び込み防止策が練られている。だが、そこはやはり地下。一度何かが起きれば、線路に降りて逃げるにも地上でよりは難しい。
 そんな危険が潜んでいても、便利さには変えられない。どの道、事件も事故も、何処でだって起こりうる。地下鉄ばかりを警戒していても仕方ないのである。

 そんな中、既存の地下鉄より早く、より深い層に新たな移動手段が計画されている。空へ向かうか地下へ向かうかの差はあれ、これはバベルの塔を想起させる。技術力の進歩により、自然を破壊し便利さを追求する。原発事故を経ても尚、人間は利便性の為に技術を発達させ様々な問題を無視しようとした。そして、それに対して異を唱える者。そう言った者が集まり、人の多い時間を狙ったテロが起き始めた。

 ラッシュ時、乗客の一人一人に持ち物検査をする余裕など無い。しかし、ラッシュ時こそ薬品を撒かれれば被害が大きく、騒ぎもまた大きくなる。
 撒かれた薬品に致死性は無かった。しかし、粘膜への刺激はかなりのもので、痛みを訴える乗客で地下鉄はパニックに陥った。救急車を呼んだとして、隊員が地下まで降りねばならない。そうでなくともラッシュ時の人数が人数である。救護しようにも、人が多過ぎてままならない。
 当然、救急車の他に警察が呼ばれ、薬品を撒かれた車両を調査し始めた。すると、薬品が入っていたと思しき容器へ、しっかりとした文字で文章が刻まれていた。

 ――リニア反対――

 それを見た警察は首を傾げ、尚も車両の調査を続けた。そして、この事件はほぼ同時刻に、複数の地下鉄で起きたことが明るみになった。

――地下に手を出すな――
――地下の危険を知れ――
――計画中止まで続行――

 事件のあった車両、そこに残されていた容器には、それぞれ別の文章。離れた主要都市でのほぼ同時刻に起きた事件。事件の起こった自治区だけで、捜査を進める訳にも行かない。

 しかし、犯人の手掛かりが一向に掴めないまま、どの地下鉄も運行を再会。そして、その半月後、今度は車両内でボヤ騒ぎが起きた。そして、その火元には、薬品の容器に刻まれていたものと同じ文章が、焦げ跡となって残っていたのである。

 一ヶ月内に起きた二つの事件で、地下鉄の利用者は減った。しかし、それは他の通勤手段を持つ者にしか出来ない。そうして、利用者は自分が被害にあうのを恐れながら、地下鉄を使い続けていた。

 それから更に半月後、事件解決に至らぬまま悲劇は起きた。その悲劇により多数の命が奪われ、それでも犯人を捕まえることは出来なかった。
 そうして、何も出来ぬまま、地下鉄より早い地下での移動手段、その為の工事が着工された。着工日から、全国的に雨になり、その雨量は増していった。そうして、この国では珍しいことではないが、雨で地盤が緩んだタイミングでの地震。それが、地下で工事が行われている場所を狙うかの様に複数の地域で起きたのだ。

 安全な筈の工事で多くの命が奪われた。大雨と地震、助けようにも人手にも危機にも限りがある。なにより、雨がやまぬ内に手出しをしては更に地面が崩れる可能性があった。
 そうして、生き埋めになった者達は呼吸出来ぬ苦しみを味わいながら生き絶え、工事責任者は会見で号泣してみせた。しかし、その涙は薄っぺらなものだと言うのが直ぐに知れた。ろくに供養の期間もおかずに工事を再開、安全性を問う声は無視された。

 しかし、亡くなった人々の恨みが、その遺族の恨みが何かしらの力になったのか、工事に上から関係していたお偉方は次々に不幸に見舞われた。
 ある者は心筋梗塞、ある者は悪性腫瘍、ある者は悪性新生物、ある者は脳溢血、ある者は原因すら不明の死……まるで、人外の何かに魅入られたかの様に次々に不幸が降りかかった。

 ここまで来ると、流石に工事を続ける訳にもいかず、資材もそのままに計画は放棄された。だが、もし、早い時期で計画を中止していたら……その結果は正しく神のみぞ知る。天災も原因不明の病魔も、未だ人間がどうこう出来はしない領域なのだから。
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